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閑話 ティンケのその後

※スタンピード その4、5で登場したアスペル王国軍の指揮官です。


「くそ……どうしてこうなったんだ……!」


 アスペル王国、王都オーリエ。そのゴシック風の町並みを悪態をつきながら歩く、一人のみすぼらしい男がいた。彼の名はティンケ。今やソージエ伯爵家から追放された、ただのティンケである。


「どれもこれも……全部あいつらのせいだ!」


 自らをコケにした赤褐色の髪の男と紅い髪の女、生意気にも国に訴えやがったドブネズミの大将のジジイ。彼らこそが自分をこのような境遇に追いやったのだと、ティンケは恨んでいた。

 怒りに身を任せ、路上のごみを蹴り上げようとする。だが怒りで狙いのぶれたその足は、一直線に外壁へと向かいゴチンと音を立てた。


「い~~~~~~……!」


 声にならない悲鳴を上げる。周囲からクスクスと笑い声が聞こえるようだ。それは実際ティンケの妄想なのだが、彼はそうであると決めつける。そして余計に、イライラを募らせるのだ。


「――クソ……!」


 やり場のない怒りを持て余しながら、彼は路上の隅っこにどっかりと座る。そして、なぜ自分がこうも惨めな思いをせねばならないのかと考えるのだった。




 スタンピードが終わったあと、ティンケ率いる部隊は追い出されるように町から出て行った。命を懸けて戦った戦士に対し、そして何より貴族たる自分に対し何たる無礼かとティンケは憤慨したが、行く当てもないので王都への帰路についたのだ。

 そこで待っていたのは憲兵隊。あれよあれよの間に連行され、裁かれ、放逐されたのだ。その期間、実に五日間。天地が創造されるより早く、彼はただのティンケになったのだ。


 当然、この仕打ちにティンケは顔をどす黒く染めて怒った。明確に罪を犯したのならともかく、わざわざドブネズミのために戦ってあげ、死地から帰った英雄に対しこの仕打ち。身に覚えのない罪で裁かれるほど理不尽なことはないと、彼は涙を流した。


 とはいえ、やりようがないのもまた事実。「絶対にビッグになって、見返してやるからな!」と捨て台詞を吐き、財布いっぱいの金と家宝のネックレスを持って飛び出していったのだった。



・ ・ ・



 そこから二週間ほど経った。持って出たはした金はすぐに底をつくし、やりきれない思いだけがドンドン募っていく。唯一の心の安定剤は、家宝のネックレスだ。黄金色に輝く宝玉が美しいそれを眺めている時だけ、自尊心が満たされるのだった。


 あくる日もまた、ティンケがそうやってネックレスを眺めていた時だった。何やら見覚えのある姿を、人込み中から目ざとく見つける。


「あれは……あれは……!」


 そこにはまさに、自分を追いやった赤褐色の髪の男と紅い髪の女が歩いていたのだ。


「ふ、ふふ……!」


 なんという僥倖か。もしや家宝のネックレスが自分の願いを聞き入れてくれたのか。これは天が自分に、理不尽に対する報復をせよとささやいているのだと、ティンケは考えた。


 ともあれ、自分の姿を見られるのはまずい。とりあえず、こそこそとティンケは後をつけていく。


「美しい町だな。一週間で見て回れるか」


「だったらもう少しいてもいいんじゃない? 急ぐ旅じゃないんでしょ?」


「うーん……。しかし、気候がオリザに近いから少し、な。もっとガラッと違う風景を見てみたいんだ。リューエンで予想外の長居をしてしまったしな」


「そう? まあいいけれど。とりあえず、冒険者ギルドね。観光するならなおのこと、さっさとノルマを終わらせちゃいましょ」


「そうだな」


 そんなことを話しながら、彼らは歩いていく。


 その会話を聞いたティンケは、とある妙案を思いつく。それは、クエスト中に彼らを奇襲して、倒してしまおうというものだ。


 確かに一度はやられてしまったが、自分の剣の腕なら、不意さえ打てば必ず勝てるだろう。その時は、一撃で急所を突かず、じわじわとなぶり殺してやろう。女のほうは、よくわからないがすごい魔術を持っている。ねじ伏せて持って帰れば、実家の連中も馬鹿にしてきた貴族たちも、きっと俺を見直すだろう。どうせならペットにしてやってもいい。ドブネズミだが、見た目は上等だからな。


 そんなことを想像して、ティンケはほくそ笑むのだった。そして、彼らが止まった宿を把握した後、計画の実行まで体を休めることにした。



・ ・ ・



 夜。


 王都の門の前で、ぼろぼろのティンケが門番と押し問答をしていた。


「な、なぜこの私を入れようとしない! 私はれっきとしたこの町の住人だぞ!」


「と、言いましてもねぇ。この時間は、きちんとした身分の冒険者や商人しか入れちゃいけない決まりでしてねぇ」


 薄く笑いながら言う門番に、ティンケは心底怒りを覚える。そして、あの二人にもだ。



 クエストに出かける彼らを、さっそくティンケはつけていた。街道にむかう彼らを見て、ティンケは街道の魔物討伐クエストだと思いいたり、にやりと笑った。魔物と戦い終わって疲れたところを背後からグサリ、だ。


 だが、そんなティンケの思いとは裏腹に、彼らは現れた魔物を簡単に倒してしまった。その姿には全く疲労が見えない。

 一瞬、どうすべきか考えるティンケだったが、なにやら食事を始めた彼らを見て、襲撃を決意する。そして勇ましく突撃しようとしたところで、横から魔物に襲われたのだ。必死に倒したころには、すっかり日は暮れて忌々しいあの二人は、すでに影も形もなかった。


 そして、トボトボと帰ってみればこの有様である。この門番は、自分のことを知らないのであろうか。


「わ、私はソージエ家のものだぞ! 逆らったら、貴様の首がどうなるか思い知らせてやる!」


 ティンケのその言葉に、彼に応対していた門番とは別の門番が、思い出したように言った。


「ソージエって言やぁ、最近放逐されたってやつがいたなあ……確か、そうティンケだ!」


「ああ、あのバカ息子。ソージエんとこの当主もかわいそうだよなぁ。あんなのが自分の息子だなんて。跡取りじゃないだけましだろうが」


「で、あなたの名前は?」


 明らかに馬鹿にした表情で、門番たちは、ティンケに名前を聞いた。


「~~~!! もう良い! 朝になれば入れるんだろう!?」


「ええ、もちろん。保証がなくとも、金さえ払えば入れますよ? ()()()()さん」


 門番の言葉に、顔を真っ赤にして、ティンケは安全そうな寝床を探すため、門を後にするのだった。



・ ・ ・



 そこから一週間、仇である赤褐色の髪の男と紅い髪の女の後をずっとつけつつ命を狙ったが、さっぱり成功しなかった。それどころか、チンピラに絡まれたり、毒薬の偽物をつかまされてすっからかんになったり、ガキの作った落とし穴にはまったり、もうさんざんであった。収穫らしい収穫は、男の名前がリーフで女の名前がアリス、というのが分かっただけだった。


 そんな彼らとティンケは、現在王都に存在する展望台に来ていた。王都オーリエの名所であり、ここから眺める夕日は大陸一とさえ言われるほどだ。


 すっかり神経をすり減らしていたティンケは、ぼんやりとリーフとアリスの後ろ姿を見つめていた。美しい夕日でさえ、今の彼の目には入らない。この一週間で、ティンケはその日食べるものに困るほどまでになっていた。

 その上、今日が報復のラストリミット。それを逃せば、あのドブネズミどもはのうのうとこの町を出ていくだろう。

 だが、もはや何をしても成功しないのではないかと、ティンケは追い詰められていた。かつてあった自信など、一週間で粉々だ。唯一、彼の首元にかかるネックレスだけが、心の支えであった。


 いつ、仕掛けるか。黄金色に輝く宝玉を眺めながら、彼はタイミングを計っていた。すると、これが天の配剤か、リーフとアリスが大ゲンカを始めたではないか。その雰囲気に押されて、夕日を見に来ていた人も離れ始め、人目が少なくなっている。


 やるなら、今しかない。おもむろにティンケは立ち上がる。そして、猛然とケンカする彼らのほうへ走り出し――


「ぐわ!」


「おお」


 老人とぶつかり転んだ。その上に老人が重なるように倒れる。


 痛みにうめきながら見れば、リーフとアリスはケンカをしながら移動を始めている。焦って走り出そうとするも、老人が邪魔でもたついた。立ち上がるころには、彼らの姿は見えなくなったいた。


「く……く、このジジイ!」


 苛立ちを込めて、ティンケは老人に殴りかかる。だが、どこから割り込んできたのか、屈強な二人の男に阻まれてしまう。


「ご隠居が何も言わないから捨ておこうと思ったが……」


「手を出すなら容赦はせん!」


 声を上げる暇もなく、あっという間にティンケはボコボコにされてしまう。


「カークさん、スケルさん。それくらいでよろしいでしょう」


 老人は、そう言って男たちを止める。その胸元にはウルフを象った刺繍が輝いていた。


「その紋章……。ゴホ……ま、まさか、グラウクス公爵家……」


 グラウクス公爵家は、アスペル王国随一の武門である。そして、その隠居といえば、先の魔族との戦争で多大な戦果を上げた、コーランド・グラウクス将軍の他にない。


「その風貌、そして胸元の宝玉。おぬし、最近ソージエを追放されたティンケじゃのう」


 ここ数日話題になっとるぞ、とコーランドは笑う。


「大した武器も持たず街道に出たとか、チンピラと殴り合いをしたとか……。ほっほっほ、やさぐれておるのう」


「う、うるさい! あんたに私の何が分かるというのだ!」


「さてのう……。評判の悪い、クソガキとしか知らんが……ところで、何故そのネックレスを売らんかったのじゃ? それを売れば、向こう一年は遊んで暮らせたじゃろうに」


「この、この宝玉こそが私なのだ! チンケな町商人などが触れていいものではない!」


 それは、すっかり自信を失ったティンケに残された、最後のプライドであった。

 今のみすぼらしい自分が言っても滑稽だと、それは彼自身が一番良く知っている。だがそれでも、それだけは譲れなかったのだ。


「ふぅむ、なるほどのぉ……」


 コーランドはしばし考え、いかにも妙案だというふうな顔で手をポンと叩いた。


「なら、わしが貴様を、その宝玉にふさわしいように鍛え上げてやろう」


 ボルガには悪いかのう、まあええか。そんなことを呟く老人を、呆然とティンケは見ていた。


「さて、カークさん、スケルさん。彼を連れてきなさい」


「ご隠居も酔狂だなぁ」


「遊び道具が欲しかったんだろ?」


 やれやれと男たちは肩をすくめ、ティンケを左右からがっちりと拘束する。


「な、やめろ! 私をどこへ連れていくつもりだ!」


「グラウクス公爵家さ。そこでみっちりと鍛えなおしてやる。逃げ出せると思うなよ?」


「性根まで叩き直してやるからな。最初のほうは地獄だろうが大丈夫。じき慣れるさ」


「や、やめろおおおお」


「ほっほっほ。元気がいいのぉ」


 そうして、ティンケは連行されていく。その胸元で、宝玉は夕日を浴びて一層美しく輝いていた。


 

ちなみにリーフさんたちはティンケに全く気がついていません。


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