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閑話 アリスの食卓

※注意

 微妙なキャラ崩壊

 妙にメタい地の文



 

「ふんふんふ~ん」


 鼻歌を歌いながら、アリスは鍋へ向かっている。鍋の中身はぐつぐつと煮こまれ、時折ヘラでかき混ぜられている。それは本日のリーフ一行の夕食である。アリスが作りたいと志願したのだ。


 そんなご機嫌な彼女の後ろ姿を、不安げに眺めるのがリーフだ。アリスの熱意に押され承諾してしまったが、彼は若干後悔を始めていた。

 リーフのアリスという人間に対しての評価は、真面目で律儀だがそそかっしく調子に乗りやすい、というものだ。料理などすれば、絶対になにかミスをするに決まっている。


「……なあドゥーズミーユ。まともなものが出てくる確率を出してみてくれ」


 アリスに聞こえないように、そんなことまで聞く始末である。


「データが足りませんので、不可能です」


 当然である。ドゥーズミーユに記録されている数多の書物、資料の中に、素人が料理に成功する確率を示すデータなど存在しない。いや、古今東西でそのようなものが存在するのかも怪しい。


「腹を決めてはいかがですか?」


「く、くそ……こんなことなら、勢いに押されて頷くんじゃなかった……」


 人は知らないものを恐れる。しかも、自身の経験や知識から、いかにそれが恐ろしいものか自分で補完をしてしまい、余計に恐怖心を募らせるものだ。妖怪の正体見たり枯れ尾花、ということわざがあるが、逆に言えば、正体を知らなければ枯れ尾花にすら恐怖を感じるのだ。リーフの心境はまさにそれであり、アリスの料理がうまいまずいどころか、毒物、劇物の類に変貌するのではとすら思っていた。


 実際の話、非常に失礼ではあるが。


 そんな恐怖に苛まれる時間が続くこと三十分。ついにその時が訪れる。


「できたわよ。はい、リーフのぶん」


 アリスが器によそってリーフに差し出したのは、野菜や肉がゴロゴロと入った茶色い汁モノだった。


「やっぱり旅にはシチューよね。一回作ってみたかったの」


 そんなことを呟きながら、アリスはスプーンでシチューをすくうとパクリと食べる。そして、少しだけ微笑んだ。


 そこまで確認して、ようやくリーフはにおいをかいでみる。温かな湯気が運んできたのは、意外にも香ばしく食欲をそそるものであった。


 だがリーフは信じない。においが良くても味がダメ、というのは往々にしてありうるものだ。

 もっとも、食べないという選択肢はない。それはさすがにダメだろうと、リーフの常識がささやいたからだ。彼の常識は変なところで律儀らしい。


 スプーンで少量すくい、口元まで運ぶ。先のスタンピード、アネシュカとの戦いですら流さなかった冷や汗が額を伝い、背筋にゾクリと緊張が走る。


 いつまでも食べないというわけにはいかない。意を決して口に含む。そして――


「うまい……だと……」


 口腔に広がったのは、香ばしさと肉の旨み。さらに野菜由来であろう甘味に塩味が押し寄せる。なんといえばいいのか、まろやかかつコクがあり、素材それぞれの味が重なり合った芳醇さと重厚さが確かな満足感を生む。自然に組みあがったもののように思えて、実のところ極めて緻密に構築されたのでは、と思わざるを得ないほど、素晴らしいものであった。


「え? 美味しい? 良かった、口にあって」


 アリスは安堵したように言った。


「ああ、うまい。正直なところ、食べれないものが出てくるものかと……」


「そんなわけないでしょ? エマさんにレシピ貰って、その通りに作ったんだから」


「い、いやアリス。お前なら物足りないとか言ってアレンジを加えるかとな?」


「はあ……私だって魔術師なのよ。リーフだって分かるでしょ?」


 そこでリーフはあっと気づく。魔術師というのは、徹底的に魔術の基本を叩きこまれる。それは、高度な魔術が盤石の基礎によって成り立っていることを知っているからだ。緻密なマナコントロールや各属性の作用など、基本の知識や技術を反復することで、魔術師たちは己を磨き上げていくのだ。


 よく考えれば分かることであった。優秀な魔術師で、しかも真面目なアリスが、初めて作る料理で、基本を怠るわけがないと。


「……すまないな、アリス。お前のことを疑っていたよ」


 フッと笑ったリーフは、アリスに謝罪する。一方でアリスは、そんなに謝られることでもないのにと不思議顔だ。先ほどまでのリーフの非常に失礼な考えを知らないから当然ではあるが。


「ま、いいわ。でも、確かに美味しくできたんだけど、私には少しパンチが足りないのよね……あ、そうだ」


 何かを思い出したようにアリスは自分の荷物を探ると、瓶詰を持ってくる。中にはなにやら赤いものが詰まっている。


「エマさんがくれたの。パンチを足す調味料だって」


 そんなことを言いながら瓶詰を開けたアリスは、一さじ分、赤いペーストをすくう。そして自分のシチューに混ぜ入れる。そして一口食べた後、満足そうに唸った。


「んー! 私としてはこっちのほうがいいわね」


 そんな彼女の様子を見たリーフは、がぜん赤いペーストが気になり始める。人間、他人がおいしいおいしいと絶賛するものには興味がわくものである。そして食べてみたいと思うのだ。しかも、紙面の先の見知らぬ誰かではなく、目の前の知る人物が、今目の前でおいしいと食べているのだ。ならば、これは試さない手はないだろう。


 もの欲しそうなリーフの視線に気づいたアリスは、「リーフもいれる?」と瓶を差し出してくる。それを受けとったリーフは、さじにこんもりとすくって、シチューに混ぜ入れた。そして、期待に胸を膨らませ口に含む。


「!?!?!?」


 一瞬でリーフの顔が赤くなる。そして静かに皿を置くと少し離れ、無言で地面にのたうち回った。叫び声を上げなかったのは、リーフの意地とプライドによるものである。妙なところでプライドが高いのだ。


「え、どうしたのリーフ!?」


 一体全体何事かと、アリスはリーフに声をかける。すると、リーフはピタリと動きを止め、涙目で顔を上げると一言呟いた。


「……辛い」


 そう、辛かったのである。シチューを口にいれた瞬間、口の中全体が燃え上がり、吐き出してなるものかと気合で飲み込めば、食道から胃にかけてまるで火の玉が通り抜けるかのような感覚を覚えた。しかも指すような痛みが延々と続くのである。リーフは今、地獄を味わっていた。


 その騒ぎに、低燃費モードになっていたドゥーズミーユが動き出すと、トテトテと瓶に近づき、中身を見る。


「これは、唐辛子をベースにした香辛料のペーストですね。刻印を見る限り、瓢炎堂(ひょうえんどう)の辛味ペーストだと考えます。他の追随を許さぬほどの辛さで人気、とリューエンの広報誌に載っています」


 アリスもまた瓶をのぞき込むと、納得の表情を作る。


「あー、これ入れすぎよ、リーフ。エマさん曰く、()()()以上入れると効きすぎるかもって」


 ちなみに一さじとは、すりきり一さじということである。決して、さじに山のように盛るのではないのだ。


「先に……言ってくれ……」


 水で口内を冷やしながらリーフは絞り出すように言った。


「その様子じゃ、これは食べれなさそうね……。しょうがないから、私のと交換してあげるわ」


 アリスのその優しさに、リーフはこれまでで一番の感謝の念を覚えた。


「すまない。助かった、本当に」


 リーフはアリスと皿を交換する。そして、アリスのものであったシチューを見て思う。


 先ほどは失敗した。せっかくのごちそうを台無しにしてしまったし、味など辛いだけで分からなかった。だが、これなら大丈夫なはずだ。アリスが目の前で食べて安全も確認している。しかも唸るほど美味しいみたいだ。


 今度こそ、期待に胸を膨らませてリーフはスプーンを取る。そしてシチューをすくい、口へと運んだ。それは奇しくも、アリスが食べるタイミングと同じであった。


 そして――


「あら、これもいいわね」


 嬉しそうなアリスの声と、


「グ、あああああああ!!!!」


 プライドだけではどうにもならなかったリーフの声が響き渡るのだった。





 旅はまだ、始まったばかりだ。







・ ・ ・






 ちなみに、その後、リーフによって、辛味ペーストは封印された。各種魔術で厳重に封印を施すリーフの眼は、まるで親の仇を見るかのようであったという。その後ろで、アリスが少し残念そうにそれを見ているのだった。



 

書いてて楽しかった。茶色い汁モノって書くと、途端にまずそうに見えるビーフシチュー。


リーフさんはずっと糧食と外食ばかりだったので、料理の基本を知りません。あと、極端に辛いのが苦手というわけでもありません。アリスが辛いのが好きなだけなのです。


次はなにを書きましょうか。

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