35 そして“ゴーレムマスター”は旅立つ
「荷物は全部乗せたか?」
「うん! 大丈夫よ!」
「それじゃ、そろそろ出るか」
スタンピード終結から一週間後。リーフたちは町を出る準備をしていた。
「しかし、これはまたすごいものをくれたな……」
リーフが呆れたように言うのは、ギルドから褒賞でもらった馬車である。
ミスリル製のこの馬車は、その昔ボルガがギルド経由で魔導国家トリストメギスに発注をかけ、様々な技術をこらして作成されたものらしい。軽く、頑丈で汚れに強く、サスペンションのおかげで長時間乗っても尻が痛くなりづらく、万が一は搭載した魔術装備で攻撃もできる。まさに至れりつくせりだ。
ちなみに、なぜこんなものをくれたのかというと、作ったはいいが使わなかったかららしい。なんともボルガらしい理由だ。
「出すぞ」
アリスが乗ったことを確認すると、リーフは馬車を発進させる。
ガラゴロと馬車は大通りを進んでいく。引いているのはヘルハウンドだ。普通の馬と比べパワーが段違いであり、馬の二頭立てで走るよう設計されたこの馬車を、一体で軽々と引いていく。そもそもヘルハウンドは、このために造ったのだ。
そのため、指示を与えれば動いてくれるので御者も必要ない。とはいえ、リーフはあえて御者台に座る。それは流れる景色を楽しみたい、という理由であった。
そのまま門のところまで進むと、ボルガにエマ、ザナックが立っていた。
「どうした?」
「いやいや、どうしたも何も、見送りだよ。町の英雄のね」
ボルガはにこやかに。
「たった三人というのも、申し訳ないのですが……」
エマはすまなさそうに。
「なあ、もっとお前らが活躍したっていいふらしていいんだぜ? なんたって、町の救世主なんだから!」
ザナックは心底残念そうに、それぞれ言葉をかける。
リーフたちの活躍は、公的にはギルドの功績となっていた。それは目立つわけにはいかないリーフが、ボルガに頼んだのだった。なので、彼らの活躍はボルガたち三人にしか知られていない。
「どうしたのリーフ……って、ボルガさんにエマさんにザナックさん! 見送りに来てくれたの!」
荷台からのそのそ出てきたアリスが、三人の姿を認めて嬉しそうに声を上げる。
「もちろんさ、アリスちゃん。ところで、少しリーフくんとお話があるから、少し借りるね」
「? 分かりました」
ボルガの言葉に首をかしげるアリスだったが、すぐにエマやザナックとの雑談に興じる。
それをリーフはほほえましそうに見た後、歩いていくボルガの後をついていく。
「なんだ、急に」
「いやね、ティンケの件についてどうなったか言っておこうと思ってね」
「早いな。もう結果が出たのか」
リーフは驚いた。なにせまだ一週間だ。そんな短期間で、貴族に処分が決まるものなのか。
「いやぁね。ティンケのやつ、王都でも結構やらかしてるらしくてね、今回のことが決定打となったんだ。ま、公爵に目をつけられたらおしまいだよね」
心底楽しそうにボルガは言った。
「もうあいつの言葉なんて誰もまともに聞きやしない。アリスちゃんがこの国に狙われることは、まず無いだろうね」
ついでに君もね。ボルガはパチリとウインクをする。
「そいつは……良かった。恩に着るよ、ボルガ」
ボルガのその言葉に、リーフはほっとため息をついたのだった。
「いいっていいって。さ、みんなのところへ戻ろうか」
陽気にボルガは戻っていった。
「さぁ、そろそろ行こうか」
リーフは馬車に飛び乗ると、そう言った。
その言葉にアリスは、二度ザナックやエマを振り返り、名残惜しそうにゆっくりと馬車へ乗る。その目には涙を溜め、今にも泣きそうだ
「ずび……。エマさん、ザナックさん……またこの町に来るからね! それまで元気でね!」
アリスの涙の言葉に、エマとザナックもまた、目に涙を溜め頷いた。
「じゃあ、英雄たる“ゴーレムマスター”リーフくんと、アリスちゃんの旅の門出を祝おうじゃないか!」
ボルガが、湿っぽい雰囲気を吹き飛ばすように笑う。旅立ちの時が近づいている。
そしてリーフは流されなかった。
「ちょっと待て。なんだそのゴーレムマスターってのは」
思わず突っ込んだ。
ボルガはなにやらきょとんとしている。エマはさっと目線をそらす。そしてアリスはスカスカと、吹けもしない口笛を吹いている。訳が分かっていないのはザナックだけだ。
「アリス」
「な、なにかしら?」
「お前か」
「さ、さぁ?」
アリスを追及するリーフに、エマが観念したように白状する。
「実は、あれだけの功績を残したリーフさんに、せめて称号だけでも進呈しようとなりまして……」
「そうそう。といっても、俺の《到達者》と違って、国が認めたものじゃないけどね。ま、ギルド間で通じるあだ名、二つ名みたいなものさ」
いかにも、いい考えだろう的に胸を張るボルガ。その自慢気な顔を、リーフは張り倒したくなった。
「だからといって、ゴーレムマスターはないだろう! 一体誰が考えたんだ!?」
ボルガとエマ、二人の目線がアリスに向いた。
ギギギギギ……とリーフはアリスへ振り向く。
「……アリス。お前は、ネーミングセンスはあると思っていたんだが……」
「い、いやね、違うのよ!」
慌ててアリスが首を振る。
「ボルガさんたちがね、なんかいい二つ名ないかなぁ~って悩んでたからね! 相談に乗ってあげたのよ!」
「バーでお酒飲みながらね。いやぁあの日は結構飲んだねぇ」
「ほぅ……酔っぱらいながら決めたのか……」
アリスは一瞬、なんでバラすのとばかりにボルガを睨みつけるが、肝心のボルガはどこ吹く風だ。アリスは心底イラッとしたが、すぐにリーフに向きなおり、弁解を続ける。リーフの放つ威圧感が、結構なレベルでヤバかったからだ。
「でね! その時パッとひらめいたのが、ゴーレムマスターだったってわけよ! もうこれしかないってね!」
「……なぜ、それでいいと思った」
「えー……と、その。リーフのセンスだったら? 喜ぶと思って……」
「…………貰えるのは嬉しいが……変えられないのか?」
リーフはゆっくりとボルガに確認する。
「そりゃあ無理だね! なんたって、もう各ギルドに通達しちゃったから!」
「そうか……」
怒るでもなく、リーフはがっくりと肩を落とした。そんな彼の懐からひょっこりとドゥーズミーユが顔を出して、小さな声で問うた。
「どのような二つ名がよかったのですか?」
「……そうだな。ゴーレムアルケミストフェンサー、みたいな感じが理想か」
「…………アリス様に感謝ですね」
呆れたようにそう言って、ドゥーズミーユは顔をひっこめた。
「二つ名ってのはいいよ! 顔は覚えてもらえるし、クエストなんかも優遇してもらえる! 扱い的にはA、Bの高ランクとほとんど変わらないからね!」
いい仕事をしたとばかりにボルガは言う。そしてリーフに顔を近づけてささやく。
「もちろん、広く外に情報を流すなってこと伝えたよ。君がギルドでどれだけ活躍しても外部に、特にあの情報が入らない国にはまず伝わらないよ」
気づかいは嬉しい。しかし、どこまでもにこやかで悪気のないボルガの顔を、リーフはぶん殴りたくなった。
そして、どうにもならないと観念したリーフは、ため息をついて肩を落とした。
「ほ、ほらリーフ! 新たな旅があなたを待っているわ! さあ、早く出発しましょう!」
「そう……だな……。行くぞ、ヘルハウンド……」
力なく、リーフは出発の号令をかける。馬車がガラゴロと動き始めた。
「じゃあね! また来てね! “ゴーレムマスター”リーフくん! アリスちゃん!」
「ボルガさん……! あ、その! 元気で、またいらっしゃってくださいね!」
「じゃあなリーフにアリスちゃん! “ゴーレムマスター”、俺はいいと思うぜ~!」
三人の言葉を背に受けながら、馬車は進んでいく。御者台でリーフがさらに肩を落としたのは、言うまでもない。
・ ・ ・
柔らかな風が、草原を吹き抜けていく。そんな街道を、ゴーレムが引く一台の馬車が走っていく。
「……ねぇリーフ。なんというか……ごめんね?」
申し訳なさそうにアリスが謝る。実のところ、彼女は本気でリーフが喜ぶと思っていた。なにせ、リーフのネーミングセンスは結構あれであると彼女は思っていた。そしてこの二つ名は、リーフそのものを指すのである。
なので、本人が名乗る時に、本人がカッコイイと思える二つ名がいいと考え、ゴーレムマスターという名を推したのだった。
アリスの謝罪に、リーフは苦笑しつつ答える。
「……まあ、いいさ。お前も悪気があったわけじゃないのは分かっている」
「そう言いつつも、よくよく考えてみたら案外悪くないとか、内心で思っているのだと考えます」
「……お前は黙ってろ、ドゥーズミーユ」
リーフは肩に乗ったドゥーズミーユを小突く。
「それならいいのだけれど。……そういえば、次の目的地は決まってるの?」
思い出したように、アリスはたずねる。
「さてな。どこにいこうか」
その問いに、リーフは飄々と答える。
「え、まさか決めてないの?」
「そうだ。なにせ、これは自由で気ままな旅だからな」
一人旅じゃ無くなったがな。リーフは小さな声で、しかし楽しそうに呟く。
「え、ホントなの? ちょっと、いつもはキッチリした性格なのに、なんで変なところでアバウトなのよ!」
「いいものだろう? 明日は明日の風が吹くのさ」
「なにくだらないこと言っているの! ちょっとドゥーズミーユ! あなたからもなんとか言ってよ!」
「そうですね。せめて、この道を進む間くらいは、のんびり行きましょう」
「さすがドゥーズミーユだ。分かってきたな」
「恐縮です」
「もぉおおおお! 旅ってもっと計画立てるもんでしょ!」
「肩ひじを張りすぎだぞ? もっと気楽にいこうじゃないか」
「むぅうううう!」
にぎやかな馬車は街道を行く。ゴーレム使いと魔術師とゴーレムを乗せて。
柔らかな風が吹き抜ける。雲一つない青々とした空には燦々と太陽が輝き、穏やかな陽気を生み出している。
季節は、春へと巡り替わっていた。
これにて一章完結です
面白いと感じていただけたら、モチベーションにもなりますので、ブクマや評価、感想をよろしくお願いします。




