34 ゴーレムマスターは報告する
ボルガの言葉に顔をしかめながら、リーフは口を開く。
「魔族がいた。それもとびきりのやつだ。戦ったが、恐らくあんたより強い」
リーフは、ジントニックを受け取りながら言う。彼はこのバーに何度か来ており、特にジントニックはお気に入りだった。マスターもそれを覚えているので、注文しなくてもジントニックが出てくるのであった。
「そいつはおっかない。特徴とか分からないのかい?」
「そう急かすな。水を操る若い……いや、魔族は亜人族と一緒で見た目と年齢が一致しないんだったか? まあ、若そうな女の魔族だった。アネシュカ……そう、確か水のアネシュカと自分で言っていた」
「水の……なるほどねぇ」
ボルガもまた、麦酒を受け取るとグビリと飲み、それからため息をついた。
「なにか心当たりが?」
「そうか。君らの世代は魔族との戦争を経験してないからね。知らないのもしょうがない」
「戦争……魔王軍か?」
「さてね。そのアネシュカというやつは俺も知らない。けど、その名乗りをする魔族は知っているよ。四天王と呼ばれるやつらだね。昔、水を名乗っていたのはウェパルだったっけか」
「四天王……」
その言葉に、ボルガは渋い顔をつくる。
「魔王軍における最高戦力だよ。連中は自分たちを地水火風になぞらえて名乗るのさ」
「なるほど……手強いわけだ」
「当時はかなりの苦戦を強いられたよ。あいつらのせいで覆された戦場は、両手じゃきかないほどだ。あの戦争のあと、もともと同じようなのを持ってた聖王国以外の国は、こぞって似たくくりの制度を作ったくらいには影響力が強かったんだ」
目には目を、特記戦力には特記戦力を、ってね。そう呟いたボルガは一気に麦酒をあおると、カウンターにドスンと叩きつける。すると、さっとマスターは新しい麦酒を出し、開いたグラスを下げる。その麦酒を受け取りながらボルガはため息をついた。
「まあ、それは置いといてだ。何か目的とかは分からなかったのかい?」
「ああ。どうも焦っていたようだったが……」
「魔族が、それも四天王が人間の領内で焦るほどの用事、ねぇ……。正直、皆目見当がつかないなぁ。とりあえずギルドの上層部に話回しておくかぁ」
ぼんやりとそう呟いて、ボルガはまたグビリと麦酒を飲んだ。
「ところで……だ」
暗い顔を明るく変えて、ボルガはリーフに向きなおる。
「あれだけのことをしてもらったんだ。君に……そう君たちに特別褒賞を上げたいと思ってね。近日中に出ていくんだろうし、今のうちに聞いておこうと思って。何か欲しいものはないかい?」
「欲しいものを選べるのか?」
リーフの疑問にボルガはにこやかに答える。
「君たちは町を救った恩人だからね。できることなら何でもさせてもらうよ」
「それはありがたいことだ。そうだな……」
顎に手を当て、リーフはしばし考える。そうしてジントニックを一口飲んだ後、口を開いた。
「馬車が欲しい。できればそこそこ積載量がある頑丈なやつだ。それと少量でいいから魔鉱の融通をしてほしい。魔鉄か、できればミスリル鉱、エグゾイド鉱あたりが欲しいな」
「オッケーオッケー。ミスリルもエグゾイドも、確か在庫があったはずだから、希望通りにできるよ」
「それと、これが一番の頼みなんだが……。軍のバカ貴族……ティンケといったか。あれについてのフォローを頼みたい。俺はまあ、最悪どうにでもなるが、アリスがな……」
真剣な表情でリーフは言う。その言葉に、ボルガも得心したように頷く。
「あの火柱……。やっぱりアレ血統魔術だよね。基本魔術である火の、おそらく上位互換……。アリスちゃん、もしかしたら名のある魔術師の出かもね」
「ああ。たぶん、あいつは隠しときたかったんだろうが……アレを使わせたのは俺の失態だ。噂や伝聞はしょうがないとしても、国に付け狙われる、というのは避けたい」
血統魔術。それは血の流れによって受け継がれてきた秘術である。基本の属性にとらわれないものや上回るものも多く、強力なものは国が囲い込むことも少なくなかった。
もし、今回のことが公的に報告されたら、アスペル王国がアリスを拘束しようと動く可能性も否定できなかった。
ボルガは、その頼みに対して、にこやかに返事をする
「ま、そこらへんは大丈夫。もともとあいつらには文句入れるところだったし……それに、俺はこう見えても称号持ち、≪到達者≫のボルガだよ? 国や貴族、それも伯爵家以上の貴族とのつながりだってあるのさ。少し、彼らにはお灸をすえないといけないからね」
「すまん。恩に着る」
リーフは頭を下げる。だが、ボルガはそれを上げさせる。
「礼を言いたいのはこっちのほうさ。何度も言うけど、君たちがいなけりゃ、リューエンは今日で滅んでいたかもしれないんだ。そんな恩人に、礼を尽くすのはこちらのほうだよ」
ボルガはそう言ってフッと笑う。
「さぁ、硬い話はこれまでだ。ゆっくりたっぷり飲もうじゃないか! もちろん俺の奢りでね」
「フ……。そうだな、それじゃあ……リューエンの平和に」
「そして俺たちの勝利に。乾杯」
グラスをチン、と鳴らし、酒で疲れを洗い流していく。
そうして静かにゆっくりと夜は更けていった……
こともなかった。
ジントニックも二杯飲み、リーフはそろそろ別の酒を頼もうとボルガにおすすめを聞いていた。そのタイミングで、バタン! と大きな音を立ててギルドに入ってきたものがいた。
何事かとリーフたちが見てみれば、髪と同じように顔まで真っ赤にしたアリスであった。
「りぃ~ふぅ~……! あなたやっぱり……ヒック! やっぱりここにいたのねぇ! ひとにぃメンドーばっかりおしつけといてぇ! そーいうの! よくらいわよ!」
「アリス……。なんでそんなに酔っぱらっているんだ……」
「わたしぃ? あはははははははは! わたしらよってるぅ!? ばかなこといわらいで! り~ふもぉもっとのみなさいよぉ~!」
そこまで言って、アリスは大爆笑する。一体なにが面白いのか。
「あ~……。ボルガ、悪いが……」
「これじゃあしょうがないね。にしても、アリスちゃんって笑い上戸なんだね」
「あはははは! ぼるがさんなぁにいってるのぉ。わらしはずぇ~んぜん、よってらいでふよぉ~!」
そこで膝を叩いて大爆笑だ。何か変なものでも見えているのではないかと、リーフは少し心配になった。
「ほら、帰るぞ。まったく酒を飲むのも初めてじゃないだろうに……。じゃあボルガ、失礼する。ドゥーズミーユは明日にでも回収するから、悪いが置いといてくれ」
「オッケ~! じゃあね~リーフ君、アリスちゃん」
「ばいば~い! ぼるがさぁん!」
リーフに担がれたアリスは、ボルガに陽気に手を振っていた。
そのままギルドの外に出ると、アリスの宿までの道を進む。いちおう緊急のため、互いの宿のを知らせあっていたので、リーフは彼女の宿を知っていた。そこまでいけば、後は部屋に放り込むだけである。
「やぁ~! りーふぅおろしてぇ~! じぶんであるけるわよぉ~!」
「暴れるな。ただでさえ重いのに」
「むうう~、いまおんらろこにいっちゃいけないこといったぁ~! わらしおもくないもん!」
「はぁ……。静かに飲んでたのに、どうしてこんなことに……」
リーフはため息をつきながらも、どこか楽しそうにフッと笑った。そうしてゆっくりと、まだざわつきの残る道を歩いていく。
ふと空を見上げると、輝く二つの月が、少しだけ重なっていた。
次回、エピローグ!