33 ゴーレムマスターは帰ってくる
「二人だけとは、寂しいもんだな」
「出迎えてやってるんだからもっと感謝しなさい」
「フ……。ああ、ありがとうな、アリス」
「……どういたしまして」
リーフが魔の森から帰ってきたのは、すでに日も暮れた後だった。もともと戦闘用ではないヘルハウンドを、しかも動作試験も行わず急に戦闘機動を行ったため、魔の森へ急行したような速度を出せなかったのだ。それでも即席のゴーレムよりは早く、2時間ほどで町まで帰ってこれた。
そうしてリューエンの門まで帰ってくれば、肩にドゥーズミーユを乗せたアリスが、ソワソワしながら立っていたのだ。リーフが戻ってくるのを門の前でずっと待っていたのだろう。妙なところで心配性なアリスにリーフは思わず苦笑し、同時に少しだけ温かいものを感じた。
「よし、戻るか。ずいぶん待たせただろうから腹が減ってるだろう? 飯は俺が奢ってやるよ」
「ホント! やったわ! ドゥーズミーユ、町で一番高いところ検索して!」
「かしこまりました」
「……お礼をするといっておいてなんだが、躊躇が全くないな……」
「言質を取ったからね!」
「検索結果出ました。中央区の『金満亭』が最も高く評価の高いレストランになっております」
「じゃ、そこで決定! お腹いっぱい食べるわよ!」
「……まあ、好きにしてくれ」
喋りながら町へ入っていく。
すると町の中央のほうからなにやらにぎやかな音が聞こえてきた。
「なにか祭りでもやっているのか?」
「さぁ……。私もずっと外で立ってたから……」
「データベースには、この時期の祭りの情報は存在しません」
「行ってみるか」
その音に釣られるように行ってみれば、中央の広場で冒険者たちを集めたどんちゃん騒ぎが催されていた。
近くを歩いていた男を捕まえて聞いてみると、どうやら町を守ってくれたお礼に町民たちが企画したもののようで、防衛に参加した冒険者たちはタダで飲み食いができるらしい。ついでに、飲食店は企画のこともあり閉まっている、ということも教えてくれた。
「……どうやら、奢りは無しになりそうだな」
「むぅ~そうね……。しょうがない、貸しにしといてあげる!」
「記録しておきます」
「勘弁してくれドゥーズミーユ……」
そんな、いざ行こうとするリーフたちに声がかかる。
「おおう! おそかったなぁ~、りぃ~ふぅ~」
ザナックだ。完全に酔っぱらっているのかろれつが回っていない。
「飲みすぎじゃないか? ザナック」
「いいんだよぉ~。ただ酒ただ飯! なにせ、冒険者やってきて今日が一番しんどかったからなぁ~!」
ザナックの顔や腕には、多くの傷跡が残っている。治癒魔術、もしくはポーションで治療した痕だろう。低級の魔術やポーションでは痕は完全に消せないのだ。その痕が、ザナックが最前線で戦ったことの、何よりの証左だった。
「いやぁ~しかしよぉ~。ボルガさんはギルドの秘密兵器なんて言ってたけど、あのゴーレムってりーふのだろう? いやぁ~さすがだねぇ。もちろん、助けてもらったときからすごいとは思ってたけどねぇ~」
べらべらと喋りながらリーフの背中をバシバシ叩く。
正直うざい。リーフは素直にそう思った。なので、即刻その場から逃れようと一計を案ずる。
「それもそうだが、途中にすごい火柱が上がっただろう? あれはアリスがやったんだ。今日の勝利に大きく貢献したのはアリスなんだ」
「えっ?」
こっちに振るのかといった表情でアリスはリーフを見る。さっとリーフは目をそらした。
そんな二人の様子に気が付かないのが酔っ払いである。
「へぇ~、そうなのかぃアリスちゃん~」
「え、えっと……そ、そうだけれど……」
アリスは素やとっさの場面では嘘がつけないタチであった。故にうっかり答えてしまい、それにザナックが目ざとく反応する。
「おお~! いやぁな! 確かにリーフもすごいすごいと思ってたけど、やっぱアリスちゃんもすごいのなぁ~! いやほんとうに! あんなすごい炎魔術? もう20年以上冒険者やってるけど初めて見たよ!」
リーフから離れたザナックは、今度はアリスの肩をバンバン叩く。
それを横目に見ながらアリスからさっとドゥーズミーユを回収すると、リーフはゆっくりとその場から離れていく。
「ちょっ……痛い痛い! リーフ! わ、私を置いて行くの!?」
「ギルドに行ってくる。ボルガに報告しなければいけないことがあったんでな」
すがるような目で見るアリスを、リーフは振り返らなかった。すたこらさっさと早足に逃げるのだった。
「リーフ! ちょ……ザナックさん痛いって! リーフ、置いてかないで! あ~~~~もう! 覚えてなさいよ、リーフゥーー!!」
アリスの叫びは響き渡ることもなく、悲しいことに喧騒のなかに飲み込まれていった。
・ ・ ・
ギルドの扉をくぐる。普段はどの時間でも活気のあるギルドも、今日はさすがに人が少ないようだ。外の企画に参加しているのだろうか。それでも、受付にはちゃんと人がいる。
「エマさんか。すまないがボルガはいるか?」
「ああ、リーフさん。お疲れさまです。すぐに呼んできますね」
ぱたぱたとエマは走っていく。その顔には隈や疲れが見えた。ギルドの職員も、この危機にあってずいぶんと働いたのだろうと、リーフは察する。
少し待っていると、ボルガが降りてきた。こちらもまた、疲れた顔をしている。が、雰囲気そのものはいつも通りの軽いものに戻っていた。
「おおうリーフ君。待っていたよ。よく俺がギルドにいると分かったね」
「どうせここにいるんだろうとな。なにせ町の危機だったわけだしな」
「そうそう。久々に暴れて疲れたよ。リーフ君も疲れたろう。話は酒でも飲みながら聞こうじゃないか」
さっそく移動しようとするボルガに、リーフは待ったをかける。
「その前にいいか?」
「何だい?」
「このギルドの資料をこいつに読ませてやってほしい。大丈夫な範囲で構わないから」
リーフは懐からドゥーズミーユを取り出す。ドゥーズミーユはぺこりとボルガに頭を下げた。
「ドゥーズミーユです。戦場ではお世話になりました」
「へぇ! あのゴーレムの! いやぁすごいねぇ! おじいさんもう60年ほど生きているけど、こんなゴーレムは初めて見た!」
ボルガはリーフの手に乗るドゥーズミーユをしげしげと眺める。そうして少しの間観察した後で、資料閲覧の許可を快く出した。
「ちゃんと記録して来いよ」
「全くゴーレム使いが荒いことです。そのうちグレますよ」
「だから一体どこでそんな言葉を覚えてくるんだ……」
呆れながらリーフは、ドゥーズミーユをエマの手渡す。かしこまるエマにドゥーズミーユは軽く手を挙げて挨拶をしていた。
「話の腰を折って悪かったな。さて、報告をしようか」
「そうだね。じゃあ移動しよう、といってもギルドのバーだけどね」
そう言うとボルガは、エマになにやら伝える。それを聞いたエマは、ドゥーズミーユを持ったまま走っていった。
リーフたちはバーに移動すると、ゆっくりと席に腰を下ろす。バーには相も変わらず不愛想なマスターがいたが、それ以外の人の気配が遠くなっていく。
「人払いを?」
「ちらっと話は聞いたけれどもね。さすがに公にするわけにもいかないのさ。ここのマスター、モルド君は口が堅いから大丈夫なんだけどね」
リーフは帰り際、ボルガに簡単な報告をしていた。その報告を受けてボルガは、しばらく森の監視を続け、第3波の兆候が見られないことからスタンピードの終息を宣言したのである。
「さて。じゃあ聞こうか。いったい魔の森で何があったんだい?」
軽い、しかし神妙な様子でボルガはリーフに聞いたのだった。