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追放されたゴーレムマスターはのんびり旅をしたかった  作者: もあい
第一章 旅立ちとスタンピード
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32 ゴーレムマスターと強敵 その2


「無駄にあがいて……しようのない殿方ですこと」


 リーフに哀れな目線を向ける女の周囲には、四つの巨大な水の銛が浮かんでいる。彼女が手を振りぬけば、強力な銛は目の前の男を刺し貫くだろう。


 そしていよいよ手を振り下ろさんとした時、リーフは鋭く叫ぶ。


「ヘルハウンド!」


 不意に女は背中に衝撃を感じて思わず膝をつく。


 慌てて振り返れば、そこには四つ足の奇妙なゴーレムが両肩部に砲身を展開していた。ヘルハウンドだ。リーフの指示で、水流を避けた時に回り込んでいたのである。


「ゴーレム使いの戦い方というのは、至極単純なものだ」


 そして、それが一瞬の隙となった。殺気を感じて再度リーフのほうへ向けば、すでにリーフは肉薄し、赤い切っ先が弧を描いている。


「くぅ……!」


 とっさに両手をクロスする。形成された水の結界が剣戟を防ぐ。


 だが、同時に腹部側面を襲った衝撃を防ぐことはできなかった。回り込んだヘルハウンドがタックルをかましたのだ。3メートル近い巨体の、しかもマナで強化され移動速度に特化した総魔鉄製ゴーレムだ。そんなものが全力でぶちかましをしてきたのである。


 あまりの衝撃に、文字通り女は吹き飛ばされる。


「文字通り。ゴーレムと協力して一心同体に戦うことだ」


 リーフの即席で造るゴーレムは優秀だ。加えて、着の身着のままで放逐されたので工房でゆっくりゴーレムを造るタイミングもこれまでなかった。故に、これまでは現地で即席のゴーレムを造り、傀儡魔術でさらに性能を底上げしていた。


 対してヘルハウンドは移動用とはいえ工房性である。工房製ゴーレムの特徴は、詳細に魔術陣を刻むことで細やかな動きやパターンを、自在に組み込めることである。これによって、超一流のゴーレム使いとゴーレムは、まさしく一心同体となって戦うことができる。


 加えて、多数の武器も装備できる。ヘルハウンドは両肩に衝撃圧(インパクトエ)風砲(アキャノン)、爪に熱爪剣(ヒートタスクブレード)を装備している。先ほど女を攻撃したのは、衝撃圧風砲だ。


 一心同体、そう言葉で表すのは容易い。だが、それをこなすにはゴーレムの動きを熟知し、緻密なパターンを組み込み、そしてそれを実行できるほどのボディを造らなければならない。それが出来るからこそ、リーフは超一流のゴーレム使いなのだ。


「このぉ……!」


 乱れた髪をかき上げて、女は起き上がる。強烈なタックルを喰らったというのにすこぶる元気に見える。


 だがそれは威勢だけだ。リーフが誘えばヘルハウンドが、ヘルハウンドが動けばリーフが。変幻自在に完璧なコンビネーションで動く。


 女にとっては、本来ヘルハウンドは無視してもよい程度の戦闘力だ。強烈なタックルにしても、察知さえできていれば結界で受け止めることが出来る


 それを許さないのがリーフの攻撃だ。正面戦闘でほぼ互角の、油断することのできない敵。そちらに集中すれば不意を打たれ、あるいは横やりを入れられリーフに集中することが出来ない。かといって、ヘルハウンドを先に倒そうとすれば、その瞬間、強烈な殺気とともに攻撃が叩きつけられ、そちらへ対応しなければならなくなる。


 女の魔術は彼らを捕らえきれず、被弾ばかりが増えていく。水の結界で防いでいるのだろう、決定的なダメージは与えられていない。だが、この状況が長引けば長引くほど、彼女は苛立ちのためか動きが精彩を欠いていく。そして精彩を欠くほど、よりリーフたちは捕らえにくくなる悪循環であった。


「く、グ……この…!」


 隙をつかれ、再度、ヘルハウンドの強烈なタックルを女はもらう。それは直撃したかに見えたが、吹き飛んだ女は、表情を怒りで歪めながらも立ってくる。


「……っこのぉ、人間風情が!!」


「その人間にやられるお前は、一体何なんだろうな」


 女が憎々しげにリーフを睨む。その様子からは、先ほどまでの余裕はどこにも見えない。


「強がるな。ダメージは蓄積されているはずだ。お前に勝ち目は、ない」


「ク……!」


 女が右腹部をかばうように覆い、目を伏せる。だが、次の瞬間には、目をカッと見開いて吼えた。


「だとしても、たかが人間のあなたに! これが防げまして!?」


 尋常でないマナが女から発せられる。あふれ出たマナが、大気に水を満たしていく。湖でもできるのではなかろうかというほどの大量の水が、女を中心に集まり、凝縮していく。


 まずい、そう感じたリーフは素早くヘルハウンドに飛び乗る。 


「ちっ! ヘルハウンド!」


「遅い! 水天逆巻く破壊の流撃よ! 我がマナに従え! そしてすべてを呑み込め! “極位(テラ)水天波衝(アクアブレイカー)”!!」


 女を中心に一気に水が波動となって広がる。強烈なその波動は木々をなぎ倒し、森の中心部が水に呑み込まれていく。まるで圧縮された大津波がさく裂したようなその威力が、放たれた魔術の凄まじさを物語っている。


 まさに天災。そう例えてもおかしくないほどの破壊を、女はもたらしたのである。


「ゼェ……ハァ……うふ、うふふふふふ……」


 肩で息をつきながらも、女は笑った。彼女の周辺には水と、奇妙に圧縮されてへし折られた木々しかない。もはや、生きた生物はいないだろうと見るだけで理解できた。


「うふふふふふふ! そうですわ! たかが人間ごときが調子に乗って! この水のアネシュカに勝てるとでも――」


「なるほど。お前の名はアネシュカか」


 ギョッと女――アネシュカは目をむく。当然だ。先ほど仕留めたと思った相手の元気な声が聞こえるのだから。


「ど、どこ!?」


「ここだ」


 その返事は空から降ってきた。同時に真っ赤に燃えた剣戟がアネシュカに届く。


 ――それは強者の勘とでも言うのだろうか。アネシュカは自身に切っ先が食い込む瞬間、奇跡的なタイミングで一歩だけ引いていた。故に袈裟懸けに振り下ろされたその剣は、アネシュカの表皮を切り裂くも、致命傷を与えるには至らなかった。それでも、アネシュカが大きなダメージを負ったことには間違いなかった。


「グ……クゥ……よくも、よくも私の体に傷を……!」


「それはお互いさまだろう?」


 自分の顔の傷を示しながらリーフは不敵に笑う。


「ど、どうやって……私の魔術から……」


 アネシュカが息も絶え絶えに、困惑の声を上げる。


「さてな。種を明かして勝ち誇る趣味は無いんでね」


 対するリーフは飄々とその問いを受け流す。そこには確かな余裕が見えた。


 大魔術で消費しさらに傷を負ったアネシュカと、いまだ余裕を見せるリーフ。勝敗はすでに決しているといっても過言ではなかった。


「さて、女を斬るってのは本当はごめんだが……ここに居られても面倒だ。ここで始末させてもらう」


 ゆっくりとアネシュカに近づくリーフ。それ対しアネシュカの反応は予想外のものだった。彼女は急にひざを折ると、戦意喪失したように呆然と言った。


「最後に……」


「なんだ」


「最後にあなたの名前を教えて。私を殺す、あなたの名前を……」


 急にしおらしくなったアネシュカに対しリーフは戸惑いを覚えるが、すぐに自分の名前を口にする。それは強敵に対するある種の尊敬であったかもしれない。


「……リーフだ。さらばだな、アネシュ――なに!?」


 アネシュカの問いに答えた瞬間だった。彼女を中心に霧が噴き出し、あっという間にその姿を隠してしまう。


「リーフ――リーフ! 貴公の顔も名前もこの屈辱も、決して忘れはしませんわ! 勝負は一旦預けます、私にはやらねばならぬことがあるのです! ですが次は、必ず殺します!」


 そんな捨て台詞とともに、声はどんどん遠ざかっていった。あっけに取られていたリーフが、気を取り直して風で霧を払うと、そこにはすでに誰もおらず、ひりつくような強大な気配も嘘のように消えていた。


「アネシュカ、か……。正直、二度と戦いたくはないな……」


 気の抜けたリーフはヘルハウンドを呼ぶと、その背中にどっかりと腰を下ろした。長時間の戦闘や百体のゴーレム展開、そしてアネシュカとの戦いで、流石の彼も疲れていた。

 ヘルハウンドに町を戻るよう指示しながら、リーフは先ほどの戦いを考えていた。


 アネシュカの大魔術(テラアクアブレイカー)を避けられたのは、正直運が良かったとしか言えなかった。とっさにヘルハウンドに飛び乗ったリーフは、すぐさまヘルハウンドを跳ばせた。さらに、両肩のキャノンを最大出力で放つことで距離を稼いだのだ。結果、ギリギリ魔術の攻撃範囲を飛び越すことができたのだ。もう少し決断が遅ければ、あるいはもう少し高さが足りなければ、リーフは死んでいただろう。


「しかし……いったい何が目的だったんだ?」


 結局、アネシュカの目的は分からないままだった。



・ ・ ・



 深手を負ったアネシュカは、何とか森を脱出すると、近くの水辺に移動する。そこには彼女が使っている隠れ家があった。水場は彼女の領域である。隠蔽はもちろんのこと、水場で彼女に敵う相手はほとんどいない。故に、ここまで来てやっとアネシュカはひとごこちつけたのだった。


 隠れ家に入るとアネシュカはすぐに空色のポーションを取り出し、少しづつ口に含む。すると徐々に切り裂かれた傷が塞がっていく。だが、その傷が普通の裂傷と違うのは、傷そのものが焼き潰されていたことだ。ポーションではその痕まで直すことはできなかった。


 その痕を忌々しげに指でなぞると、今度は常備してあるお気に入りのマナポーションを取り出し、飲み始める。それは甘い味付けをしてあり酒精も入った、どちらかといえば嗜好品よりのものである。そうしてふぅっと息をつくと、ゆっくりとソファに腰を下ろした。

 

「どこにいるのでしょう……魔王様……」


 漏れ出たつぶやきは宙へ消えていった。

 

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