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追放されたゴーレムマスターはのんびり旅をしたかった  作者: もあい
第一章 旅立ちとスタンピード
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31 ゴーレムマスターと強敵 その1


 魔の森へ続く道を、リーフを乗せたヘルハウンドが駆ける。道といっても、ギルドによるトラップ群と二度にわたる魔物の軍団の通過によって、もはや荒地である。そんな地面をものともせず、ヘルハウンドは軽快に走っていた。

 

 魔の森へ急ぐ傍ら、リーフはボルガに風魔術で連絡を取る。まだ魔物があふれ出る可能性否定があるため、それについての警告だ。万が一、冒険者たちが撤退したタイミングで魔物が襲来したら、これまでの苦労は全て水の泡になってしまう。


 さらに、すでに魔の森への道中で、リーフはすでに何匹かの魔物と交戦している。それらは例外なく、魔の森の魔物であった。


「ボルガ」


「おおリーフ君! 今回の勝利の立役者! 今どこにいるんだい? 君と話したいことがあってね」


「俺もだ」


「まさかの相思相愛!? 気が合うねぇ」


 先ほどまでの真剣なボルガはどこへ行ってしまったのか。彼の軽薄な口調に微かな苛立ちを覚えるが、こんなところで怒っていたら話が進まない。


「ふざけている場合じゃない。俺は今魔の森へ向かっている。二度目のスタンピードの原因が、森に存在するかもしれんからな。すでに数匹、Bランクと思われる魔物が外に出ている。三度目があるかもしれんぞ」


「……まさにそのことで話があったんだ。俺も報告で聞いてるよ、散発的に魔物が出ているってね」


 一転、ボルガは真面目な口調になる。

 それなら最初からふざけるな。口元まで出かかったその言葉を、リーフはとっさに飲み込んだ。


「けどリーフ君がすでに行っているのなら問題ないだろう。確認しとくけど、君が残していったあのゴーレムたち、まだ動くんだよね?」


「完全に破壊されてもない限りな」


 リーフののゴーレムはまだ稼働している。随分と数は減らされたが、あと数時間は動くはずだ。


「助かる。じゃあ、吉報を待ってるよ」


 そこでボルガとの通話が切れた。


「最後は丸投げかよ……!」


 ため息をつきながら、リーフは呟いた。



 ヘルハウンドはリーフが工房で作り上げた総魔鉄製の移動用のゴーレムである。リーフ謹製の魔導炉によって得られる高い出力を移動のために費やしている。もちろん、特化型を好まないリーフである。最低限の武装を取り付けてあり、戦闘能力ではBランクと同等以上はあった。


 ともかくとしてヘルハウンドは、普段の即席ゴーレムの何倍もの速度と機動力を誇っている。それが全力稼働した結果、徒歩では半日、ゴーレムでも数時間かかる道を、わずか30分足らずで走破していた。


「さて、恐らくは中心部。嫌な気配だが……こいつが原因か……?」


 リーフの直感が、森の中心部に何かの気配を感じ取る。それは、ボルガと似た気配、すなわち強力な力を持った存在の気配であった。


「……なんにせよ、接近しなければラチが明かないか」


 その存在が何であれ、まずは確認してみないと始まらない。そう判断したリーフは、ヘルハウンドを木に飛び乗らせる。地を行く魔物と合わないためだ。


「風よ。さざめき波立てる連環の風よ。我がマナに従い波を沈めよ。“凪風(サイレントエア)”」


 凪風の魔術は、自身の周囲の風を操り気配を消す、隠密系統の魔術である。感知系統魔術は、どの属性に置いても何らかのゆらぎを感知する。しかし、隠密魔術はその揺らぎを隠蔽できてしまう。敵であろう存在に気が付かれないための策である。


 木の枝を器用に飛び移りながら、気配へと近づいていく。時折、地面を魔物が走っていくが、リーフに気がついた魔物は一体もいなかった。それどころか、一心不乱に走っていく。まるで何かから逃げるように。


 そして、近づくにつれ強まる、肌がひりつくようなこの気配。


「……そういうことか」


 なぜ、高ランクの魔物達があふれ出てきたか、リーフは納得する。それは至極単純な話であった。すなわち、森の中心部に、Aランクの魔物すら恐れる存在が出現したのだ。しかも、こうも殺気が駄々漏れでは、魔物達が狂乱状態を起こすのも無理はない。


 そして、運悪くスタンピードの時期であった。狂乱した魔物達は森からあふれだし、町を目指したのだ。


 つまり、この気配をどうにかしない限り、スタンピードは終わらない。リーフはヘルハウンドの速度を上げ、気配へと急いだ。


 そして十数分後。ついにその存在を確認した。


 リーフは木の上からそっと様子を窺う。


 魔の森最深部。凶悪な魔物がひしめく、まさしく魔境といった場所に置いて、そいつは明らかに異質であった。


 深い青を湛えた腰まであろう長い髪、すらりとした手足は細くしなやかで、その顔はどこか憂いを帯びている。森の奥深くとは思えない、ドレスのような服を纏う、そんな一見かよわい女性であった。


 だが二点、明らかに普通の女性と異なる点がある。一つは、先ほどから感じているひりついた気配の中心にいるということ。そしてもう一つは、通常の人間族には存在しない部位があることだ。その女の頭部には、二本の渦巻く立派な角が生えていた。


「……魔族、なのか? こんなところで一体何を……」


 魔族。それは大陸の三分の一を支配する、人間族とは異なる種族である。身体的特徴として、角や尻尾が生えているほか、マナの保有量が他の種族に比べ格段に多い。三十年前の戦争で人間族と争い、その後痛み分けで終戦。以降はほとんど人間族の領地に姿を現していない。リーフも実物を見るのは初めてであった。


 そんな魔族が目の前にいる。その状況にリーフは思考の海に沈もうとする。だが瞬間。


 気配を消しているはずのリーフは、その女と目があった。


 直感的にまずいと感じたリーフは、ヘルハウンドとともにすぐさま枝から飛び降りた。それと、ほぼ同時に強烈な水流が先ほどまでリーフがいた場所へ放たれていた。水流は幹をきれいにくり貫く。もし回避が遅れていたら、穴が開いていたのはリーフであっただろう。


 それを放ったのは、当然、魔族の女である。彼女は、正面に降りてきたリーフを見やると、冷ややかに口を開く。


「のぞきとは、礼を知らない殿方ですこと」


「……それは悪かった。猛獣が潜んでいるかと思ってな」


「まあレディに向かって失礼な」


「あながち間違ってもないだろう?」


 軽口を叩きながら、リーフは女の動静に注目する。


 先ほどの水流は恐らく水魔術。だが、言葉を発していない、少なくともリーフは聞いていないことから無詠唱だろうか。だとすると厄介だ。無詠唱であのような強力な魔術を操るなど、人間族では考えられないことだ。


 対策を考えつつ、リーフは女に問うた。


「魔族がこの森に何の用だ。いったい何をしている」


「それをあなたに教える義理がありまして?」


「少なくとも、お前の放つ気配のせいで俺たちは被害を受けている。せめて気配を沈めろ。これほどの力を持っているんだ、容易いことだろう?」


「さて、容易いか容易くないかと問われれば、容易いかと。ただ私にも事情はありますしそれに――」


 女の体が淡く光る。すると大気から水があふれ出し、いくつもの水球がシャボンのように浮かび上がる。それらは女がスッと手を上げれば、鋭いランスへと姿を変えた。


「人間にここにいると知られるのは不都合です。死んでもらいましょう」


 女は軽く手を振ると、ランスは弾き飛ばされたようにリーフへ襲いかかる。


「身勝手なやつだな!」


 だがリーフはあえてそれに向かって突撃する。焔断にマナを込めると、向かってきたランスを切り払う。その勢いのまま、リーフは女に斬りかかった。赤く高熱を持った切っ先が女へ(はし)る。


 鋭い切っ先が女に迫る。だが、女はさも落ち着き払った様子で右手をかざす。すると、即座に水が薄い膜となって防御結界を構築し、剣戟を阻む。


 ギリギリギリ――!


 剣と結界が競り合う。だが、長くは続かない。


 女が左手を優雅に振ると、危険を感じたリーフは素早く飛びのく。次の瞬間には、水流が大地を穿ち大穴を開けている。


 数度のバックステップを踏んだリーフの目の前に、追撃のランスが飛来する。再度それらを切り払ったリーフは、焔断を赤く染め上げると、風のマナを纏わせる。


「風よ! 裂き狂う紺碧の風よ! 我がマナに従い、敵を切り裂け! 中位(メガ)閃風刃(ウインドカッター)!」


 焔断を振り下ろすと、炎を纏った熱風の刃が女へと襲いかかる。


 女は両手を指揮者のように振ると、浮かぶ水球がいくつも集まり、盾となって刃を食い止める。蒸発した水が水蒸気となって視界を塞ぐ。


 防がれた、などと考える暇もなくリーフは横へと飛ぶ。水蒸気に風穴を開けて、いくつもの水の槍が、リーフの横を掠めていく。


 一瞬の油断が命取りだ。リーフは内心で悪態をつく。目の前の女は、少なくともボルガより強い。へまを打てばこちらがやられかねない。だが、ここまでの戦闘で一つの結論をリーフは下した。


「なるほど。無詠唱ではなく、常時魔術を纏っている状態なのか」


 無詠唱魔術は莫大な消費マナと全く釣り合わないほど威力が低い。だが、女の魔術は十二分な威力を持っていた。それはなぜか。それは常時魔術を纏っているからであるとリーフは考えた。


 基本魔術というのはそのプロセスとして、マナをその属性に変換しなければならない。だが無詠唱魔術はこの効率が極めて悪い。そのため、莫大な消費マナにかかわらず、極めて低威力の魔術しか放てない。


 しかし、マナを変換した状態で保てるのであれば話は違う。女は、常時マナを消費して水魔術を纏い、意識すれば即座に行使できるようにしているのである。つまるところ彼女は、水属性に変換したマナで身体強化魔術を使っている状態なのだ。


「マナの保有量に長けた魔族ならではだな」


「うふふ? どうでしょうね?」


 女は妖艶に笑いながら、今度は大量の水の矢を生成し、放つ。無論これも詠唱を発していない。


 とっさの回避では間に合わない密度の攻撃に、リーフはとっさに魔術を唱える。


「逆巻く風よ! 我がマナに従い障壁を為せ! “風障壁(ウインドウォール)”!」


 障壁魔術を唱え、矢をしのぐ。だが、中位(メガ)ですらない風の障壁は、容易に水の矢に貫かれてしまう。何とか耐えしのいだものの、いくつかの矢が体をかすめ、鋭い痛みが走った。


「あらあら、申し訳ありません。お顔に傷が入りましたわねぇ」


 うふふと女は笑う。その目は、強者が弱者をどう料理しようか考えている目だ。


「気に食わんな……」


 一つ吐き捨てる。リーフにとって、苦境に立たされることなど幾度もあった。だから現状、女へ傾いているこの戦況について感情的なものはない。リーフの癇に障ったのは、その奢りきった目である。


 なんでも自分の思い通りにできると思いあがっているその目にこそ、リーフはイラついた。


 ぐいと、帽子を深くかぶりなおす。


「いいだろう。ゴーレム使いの戦い方を見せてやろうじゃないか……!」


 赤銅色の鋭い目がギラリと、獰猛に光るのだった。


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