29 ゴーレムマスターとスタンピード その4
「ハァ……ハァ……」
アリスは戦場を駆ける。彼女は身体強化と風魔術をフルに使い、全力で目標まで移動していた。もともと卓越した身体強化魔術の使い手である。風魔術によるブーストもあって、混乱する戦場をスムーズに移動できていた。
やがてその視線の先に、肩を寄せ合って縮こまっている一団が現れた。アスペル王国軍である。兵士たちが、手にした盾や槍で魔物たちを必死に追い払っている。
「呆れた……ハァ……一体何をやっているの……!」
彼らの前方には大量の魔物と、それを押しとどめるゴーレムガードナーたちがいる。冒険者の姿はほとんど見えない。戦場の端ということ、そして何より手が足りていないのだ。つまり、守れはできるが駆除できる人員がいない。このままではいずれ、魔物達に食い破られるだろう。
一体のウルフ型魔物がゴーレムを飛び越える。そしてそのまま、王国軍のもとへ向かう。
「グルアアァアアアアア!」
「ひぃいいいい!」
先頭にたつ兵士が情けない悲鳴を上げ、やたらめったらに槍を振り回す。ウルフはそれに最初こそ構っていたが、目の前の人間に戦意が無いと見るや助走をつけて兵士たちを飛び越えようとする。
「ク……! 立ち上る火焔よ! 我がマナのもとに集い敵を貫け! 上位炎閃光!」
アリスは走りながら赤い熱線を放つ。それは飛び上がったウルフに見事直撃した。炭と化したウルフは勢いのまま地面に堕ちる。
「っ……!」
安堵を覚える間もなく、アリスは頭痛を覚える。すでに二十発以上、上位魔術を放っている。その上に、慣れない風魔術の全力行使によって、彼女のマナは少なくなっていた。加えて、自身と、そして他人の命を背負った長時間の戦闘は、彼女の精神を摩耗させていた。
だが、今はそんなことに構っている暇はない。アリスは風魔術を解くと、ガンガンする頭を抑えながら、兵士たちのほうへツカツカと近寄る。そんな彼女を、兵士たちは何か恐ろしいものを見るような目で見ていた。
やがて王国軍の正面まで来たアリスは、震える彼らに静かに問うた。
「……ねぇ……! あなたたちはなんで戦わないの……!」
「な、なんだ冒険者の小娘風情が! 栄えあるアスペル王国軍を、まさか愚弄する気か!」
奥のほうにいた、口ひげを生やした男が顔を真っ赤にして怒る。そんな男をアリスもまた、怒気をはらんだ目でにらみつける。ほかの兵士より上等な装備を着ているその男を指揮官だと判断したアリスは、努めて冷静に口を開く。
「ほかの場所じゃ、みんな必死に戦っている。町を守るために、命を懸けて戦っている。だというのにあなたたちは、国のために戦うと決めたはずのあなたたちは何故戦わないの? リューエンがどうなってもいいわけ?」
もっともなアリスの糾弾に、何人かの兵士はバツが悪そうに顔を背ける。だが、指揮官の男はますます顔を真っ赤にして吠える。
「そ、そうだ! 我々は国を守るために戦うと誓った! だがこんな辺境を守るために戦うと誓ったわけではない! こ、この町は貴様らが守ればいいだろうが! 薄汚いドブネズミは、自分たちの巣が無くなると困るのだろうからな!」
目を血走らせ、唾を飛ばす、必死の形相だ。アリスはそんな男を冷めた目で見る。
町を守れと軍が派遣されている以上、リューエンが壊滅したら彼らは責任を問われるだろう。だがそれでも、彼らはここでケガをしたり、まして死にたくなどないのだ。たとえ責任を問われても、ここで死ぬよりましだと考えているのだ。
「へぇ……そう。周りの人たちもそう思っているの? 戦おうとは思わないの?」
「…………」
アリスのその問いに誰も答えない。誰もが目をそらし、口をつぐむだけだ。
「そう――そう。分かったわ。期待した私がバカだった。臆病なあなたたちはそこでガタガタ震えてなさい。邪魔、だから」
「わ、分かったならとっとと戦え! 早く魔物どもを片づけんか!」
わめく男を無視し、アリスは魔物達へと向かう。
一分一秒が惜しかった。それでも彼らに協力を求めたのは、一緒に戦ってくれると信じていたからだ。リーフが聞けば青いと笑うだろう。だが、彼女は信じたかった。
そしてもう一つ、理由があった。
「しょうが……ないかな……」
アリスは自嘲気に呟くと、バシリと自分の頬を叩く。そして決意を込めた瞳で魔物の群れを睨みつける。
どの魔物も、血走った目で猛り狂っている。こんなやつらを、町に到達させてはならないのだ。
例え、己が秘してきた魔術を使うことになっても。
マナを脚部に集中させる。ボゥと足が光る。グッと力を込め地面を蹴れば、アリスの体は高く飛び上がる。十メートルほどのところで、風魔術を使い滞空し、魔物たちを見下ろす。そうして杖を構えると、詠唱を始めた。
「マナよ! 我が血の流れに従い理を為せ!」
莫大な量のマナがアリスの体を伝う。心臓から、まるで血流が全身を巡るように。力強く、そして滑らかにマナが彼女の身体を包んでいく。
彼女のあふれでるマナは蒼い炎となって天空を焦がす。その強烈な輝きに、地上で必死に戦う冒険者も、狂ったように暴れる魔物も、そしてリーフも一瞬目を奪われる。
その輝きの中心で、アリスはそっと両手を組む。ゆっくりと離した、その両手のひらの間には小さな蒼い太陽が形作られていた。
アリスは高らかに唱える。
「万物を灰燼に帰す天頂の蒼炎! “蒼星極炎”!!」
瞬間、戦場が光に包まれた。
蒼い太陽は一気に膨れ上がる。火球がまさにアリスの身体をも飲み込もうとしたとき、膨張したそれを彼女は満身の力を込めて魔物の群れに撃ち放った。
蒼く輝く一筋の流星が、一直線に魔物の群れに突き刺さる。直後、それは多くの魔物を飲み込みながら大きく膨らむ。文字通り、太陽が地上を飲み込むかの如く。
ただの火魔術ではない、桁外れの火力に、火に弱い森の魔物が耐えられるわけもなく、火柱に飲み込まれた魔物は当然として、熱波を浴びた魔物たちも次々とその身を焼かれ倒れていく。
火柱が収まった後に残ったのは、骨すら残っていない爆心地とえぐれてガラス化した大地、そして熱波にやられて倒れた大量の魔物だけだ。
「やっ……た……!」
その有様を霞む目で見届けたアリスは、ふらふらと地面に降りる。ガクリと膝を折り、ゼイゼイと肩で息をする。体力もマナも、すでに限界であった。
慣れない魔術の連続使用、超長時間の戦闘、そして大魔術の行使。彼女の体力は限界であった。
まだ戦いは終わっていない。この場とて一時的に焼き払っただけで、すぐに別の魔物が来るだろう。だがマナの使い過ぎで動く力も残っていない。
それでも、アリスは満足げに笑うのだ。
数は減らした。あとはリーフが何とかしてくれるだろう。
それはリーフへの信頼ゆえだった。
すでに魔物が集まり始めている。ゴーレムたちは隊列を組み、それを押しとどめる。だが魔物達とぶつかった、その一瞬のスキをついて獅子型の魔物が壁をすり抜け、そのまま一直線にアリスへと向かっていく。彼女には、すでに避ける手段も体力も残っていない。
アリスはかすむ目で、しかし決して俯かず、獅子の大きな口が迫るのを見ていた。そして――
「お前が俺を助けるのなら……俺もお前を助けなきゃ嘘だからな」
リーフの声が聞こえた気がした。ガギンと、獅子の牙を光の壁が防ぐ。胸元で光るのは、戦いの前にもらったロザリオ。大口を広げた獅子の口の中が良く見える。
ついで煌めくのは、赤い軌跡を描く赤い切っ先。それは獅子の正面に食い込み、容易く両断した。
ドサリと、真っ二つになった獅子の体が落ちる。
「リーフ……えっ、リーフ!?」
そこには、ゴーレムを指揮しているはずのリーフが、焔断を片手に立っていた。
「大丈夫か? アリス」
「え、あ、う、うん」
リーフが差し伸べた手を、アリスは困惑しながら取る。そのままゆっくり立ち上がり、たっぷり十数秒かけてゆっくりと現状を理解しようと努め、ようやくそこでリーフが今ここにいるという事実に驚愕する。
「えっ? なんでここにリーフがいるの!? 今の光は何なの!? そもそも、ゴーレムを指揮してなきゃまずいんじゃないの!?」
そして疑問は爆発する。疲れた頭では状況の整理もおぼつかない。
そんなアリスの肩をリーフはポンと叩く。
「さっきの魔術で百を超える魔物がまとめて吹き飛んだ。おかげで状況はギリギリの状態から一気に改善した。綱は、渡りきった」
アリスは気づいていなかったが、この時点で半分以上の魔物が倒されていた。加えて、アリスが一番のネックであった軍周辺の敵を一掃したため、リーフはゴーレムを無理なく配置することができるようになった。
この時点でリーフは、後は自動で問題ないと判断。真っ先にアリスのもとへ駆けつけたのだった。
「どうせドジを踏むだろうとな。お守りには防護機能を付けといた。一度だけ発動する結界魔術だ。とはいえ、結構距離も離れていたからな」
リーフは後ろを指さす。そこには3メートル近い大きさをもつ四つ足の奇妙なゴーレムがたたずんでいた。
「アレに乗ってきた。予感は的中というわけだ。実際、危ないところだった」
「え、ええ……。ありがとう……」
驚きやら疲れやらで頭がこんがらがっているアリスである。なんとも呆けた表情で礼を言う。
「礼なんていいさ。状況が好転したのはアリス、お前のおかげだ。お前の判断は正しかった」
「そ、そんな……リーフ守るの、結局投げ出しちゃったし……。今も助けられたし……」
「フ……そうか、そう思っているのなら、もう少し手伝ってもらおう。そこのゴーレム、“機工猟犬”の操縦を任せる」
「わ、分かったわ」
実際には、ヘルハウンドはリーフの指示を受けて自動で動くため、操縦など必要ない。これはマナが切れたアリスに、あとはここでゆっくりしていろとのリーフの優しさである。
当然、アリスもそれには気がついたが、あえて黙っていた。実際マナも体力も切れてどうしようもないし、それにここでそれを言葉にするのは無粋であると感じたからだ。
リーフはヘルハウンドと呼んだゴーレムを近くに呼ぶと、その体の上にアリスを乗せる。
「結構高くて怖いんだけど……」
「大丈夫だ、じき慣れるさ。これより、魔物どもの掃討を行うぞ!」
「わ、分かった!」
「ち、ちょっと待てい!」
ヒラリとリーフも飛び乗り、いざ行こうとした時、ヒステリックな声が背後から響いた。怪訝な顔でリーフたちが振り返れば、そこには軍の指揮官の男が顔を真っ赤にして立っていた。