28 ゴーレムマスターとスタンピード その3
800という数の魔物たちを、100のゴーレムが押しとどめる。このありえない状況を生み出している理由は、リーフが防御特化のゴーレムを選択して創造したことにある。
巨大な体躯に盾を持つ、文字通り壁となるゴーレムである。材質こそ土塊であるが、その表面はマナでコーティングされており、見た目以上の頑丈さを誇る。加えて脚部には姿勢固定用の杭があり、大質量を正面から受け止めることができるようになっているのだ。
反面、巨体故に機動力に欠け、攻撃力もほとんどない。さらに、100という数を創るために防衛のための必要最低限の動きしか組み込まれていない。だが、今回の目的は戦線の構築である。使いものにならなくなった柵や堀の代わりである。ならば、複雑な機能は必要ではない。
単純な防御性能だけならAランクに達する。例えBランクの魔物が押し寄せたとして、そうそう突破はできないだろう。
だが逆に、もし防御を抜かれた時は、一気に戦線が崩壊しかねない脆さもあった。
「だからこそ、穴を埋めるための遊撃ゴーレムを造るんだがな」
右手でゴーレムの指揮を続けながら、リーフは不敵に笑う。
左手で懐からドゥーズミーユと魔鉄インゴット、そして十センチほどの鉄球、魔導炉を取り出す。魔導炉をポイと投げると同時に、創造魔術を詠唱する。
「我が名のもとに鋳造せよ! 我が意のもとに力を示せ! “創造:被鉄人形”!」
魔導炉の周りに岩石が集まり、騎士の姿に組みあがっていく。同時に、魔鉄がその体を鎧のように覆った。
「乗り込めドゥーズミーユ! 征け! “三従鉄騎兵”!」
創造されたのは騎士の意匠を持つ三体のゴーレム。そのうち角飾りのついた一体の頭部に、ドゥーズミーユは入り込む。
「お任せあれ」
ドゥーズミーユは勇ましい言葉と同時に、二体のゴーレムを率いて敢然と魔物の群れに突っ込んでいく。
それを見届けたリーフは再び両手を大地につき、ゴーレムの指揮に専念する。
「よし、俺はこの壁を崩さないようゴーレムを操る。その間、頼んだぞアリス!」
「任せて」
壁を構築したといっても、それは地上だけだ。羽を持つ魔物や高い脚力を持つ魔物であれば戦列を飛び越えてしまう。そのまま、マナを放出する起点であるリーフへ、魔物がたどり着く可能性は十分にある。
だがそれは、待ち構える敵の前に、無防備で入り込むのと同義であった。
「火よ! 猛け狂う炎魔の轟よ! 我がマナのもとに集い爆裂を為せ! 上位爆発!」
ゴーレムの壁を飛び越えてきた大型のウルフは、アリスの炎魔術によって跡形もなく吹き飛ばされる。
「私がここにいる限り! リーフに手出しはさせないんだから!」
気勢を上げて、アリスは咆えた。
・ ・ ・
ゴーレムガードナーたちは隊列を組んで、魔物を押しとどめる。そこへ冒険者たちが攻撃を加える。これが一連のパターンであった。Cランクの冒険者であれば、徒党を組めば時間はかかるがBランクの魔物に対応できる。
だが、それは魔物が一体だけの時である。複数の魔物が押し寄せれば対応できず蹂躙されるだけだ。
「グルガアアアァァアア!!」
「ぐあっ!」
「うおぉ!」
「ギチギチギチ!」
「ギャア!」
「グッ!」
壁を乗り越えてきた魔物達は、群がる冒険者たちを蹴散らしていく。あちこちで冒険者たちの悲鳴が上がる。最悪なのは、時折混じるAランクの魔物で、ゴーレムガードナーをもってしても、正面からでは突撃を防ぎきれなかった。
「“嵐風拳”!」
そんな魔物を一撃で倒していくのは完全装備のボルガ。そして――
「三重刺突」
ドゥーズミーユ操るトリスケリオンたちだ。
ボルガは風魔術を交えた拳で、嵐の如く魔物を屠る。突き出された拳から風が噴出し、複数の魔物を貫通する。
トリスケリオンは、完璧なコンビネーションと魔鉄コーティングされたランスで魔物を切り裂いていく。Aランクの魔物も、巧みな連携で倒していく。
「やるねぇ君たち! これもリーフ君のゴーレムかな!」
「ドゥーズミーユです。以後、お見知りおきを」
互いに一つ言葉を交わすと、すぐに遊撃を再開する。
戦線が崩壊を免れているのは、リーフの卓越したコントロールによってゴーレムが柔軟に対応すること、A、Bランク冒険者たちが押しとどめている魔物を倒していること。そして、突破された場所をボルガやドゥーズミーユがカバーしていることが要因としてある。
特に、一部が崩れそうになったら、意図的にボルガやドゥーズミーユの周辺の守りを甘くして、魔物を誘導しているのだ。そうすることで、何とか前線を立て直す。
それは安定しているようでいてその実、綱渡りの連続だ。一歩踏み外せば、前線はたちどころに崩壊するしていまうだろう。
そして、奮戦する冒険者たちに混じって、予想外の存在が戦場の端にいるのだった。
「……クソ。これは想定外だ」
ゴーレムをコントロールしながらリーフは吐き捨てる。彼はゴーレムガードナーを通じて、戦場全てを見ているといっても過言ではない。冒険者たちのケガなどで穴が開けば、即座に対応し穴を埋めている。だが、たった一つ、埋め切れない穴があった。
「ハァ……ハァ……どうしたの!」
飛んできたデスブレード・ビートルを撃墜しながら、アリスはリーフに問う。彼女の周りには、すでに十数体の魔物が黒焦げになって沈黙していた。
「戦場の端に徐々に魔物が集まってきている。厄介なことに、そこを担当する連中はやる気が無いらしい」
苦虫を噛み潰したような顔でリーフは答える。
そこは国から派遣されてきた軍隊の持ち場であった。彼らは総合的にはCランク冒険者なみの実力はあったらしく、先の魔物達に対しても適当に対応できていた。だが、Bランク以上の魔物達にはそれができなかった。
そして、桁違いの脅威が迫り、自分たちに被害がでると察した彼らは、即座に防御態勢を取ったのだ。もともとやる気のない連中である。死力を尽くして戦おうという気概はない。加えて、ゴーレムたちによって戦線が保たれたのも、彼らが積極的に戦わない要因となった。
どうせ冒険者たちがなんとかするだろう、なにせこれだけの準備をしているのだから。そう考えた彼らは、全力で己の保身に走ったのだ。
結果、魔物の数だけがどんどん増えているのだ。
そうしてできた大穴に対応するため、リーフはまだ余裕のありそうな部分から、少しずつそちらへゴーレムガードナーを回している。しかし、100体のゴーレムでギリギリのこの状況では、これ以上ゴーレムを一か所に集めると、戦線が崩壊しかねなかった。
「ドゥーズミーユたちは!?」
「手一杯だ!」
魔物達は順調に数を減らしている。だが、それ以上にケガで離脱する冒険者たちも増えてきている。その穴を埋めるために、ボルガやドゥーズミーユが奔走していた。
称号持ちのボルガや、高い性能を持つトリスケリオンだからこそ、このような遊撃が成り立っているといっても過言ではない。だが、それ故に一か所に留まって戦うことは難しい状況にあった。
「……」
その話を聞いたアリスは、一瞬考える。そして、即座に決断した。
「……私がいくわ」
その言葉にリーフは驚く。だがすぐに、アリスを止める。
「お前が行ったって解決しない! それにお前は俺を守らなきゃいけないだろう!」
その言葉に、アリスは静かに首を振る。
「とびっきりの炎の結界を張るわ。森の魔物ならAランクだとしても十分は持つ、その間に行って帰ってくるだけよ」
「しかし――」
「私はね、リーフ。あなたが守りを任せてくれて嬉しかった。そして、あなたは今まさに、みんなを守ってくれている。……あなたがみんなを……私を守ってくれるのなら、私があなたを守らなきゃ嘘でしょ?」
「だったら――」
「分かってるでしょ! そこが破られたら崩壊するって! だったらそれをフォローするのが私の役目!」
アリスのその強い目に、リーフは思わず言葉を詰まらせる。その隙をついて、アリスは詠唱を始める。
「炎よ! 燃え上がる陽煌の輝きよ! 我がマナのもとに集い、障壁を為せ! 我が意のもとに天空を焦がせ! “上位:炎壁”!」
炎がドーム状に構築され、リーフの周りを囲んでいく。タイミングよく突っ込んできたウルフはそれに接触して、一瞬のうちに消し炭になった。
「すぐ戻ってくるから!」
そう言うやいなや、アリスは身体強化と風魔術を使い、文字通り飛んでいった。
「クソ! 話を聞かない奴め! ……死ぬんじゃないぞ!」
その後ろ姿めがけて、リーフは叫んだ。