27 ゴーレムマスターとスタンピード その2
休憩所にいた、あるいは本部の伝令を聞いたすべての冒険者たちは言葉を失っていた。確かに、今回のスタンピードは楽であった。大半の冒険者は余力を大きく残している。だが、だからといってすべてがBランク以上の魔物で構成された800の軍団など、どう迎撃すればいいのだろうか。
「お……おら、お前ら! さっさと持ち場に戻るぞ!」
休憩所にいたベテラン風の冒険者が声を上げる。だが、その声は震えていた。
その言葉に従ったほかの冒険者たちも、ほぼ全員が張り詰めた表情をしていた。
「……ザナック。今回参加している冒険者たちの中で、Bランク以上はどのくらいいる」
硬い声でリーフが尋ねる。ザナックは心ここに非ずといったように、呆然と答える。
「……うちのギルドに所属してる連中が全員参加しているとすりゃ……30人程度だったはずだ」
「しんどいな……」
冒険者のランクは、おおよそ単独で対応できる魔物のランクを表している。つまり、Cランクの冒険者はCランクの魔物を単独で打倒しうる、ということである。もちろん、同じランクでも実力の差や相性などで変わるため絶対ではないが、おおむねそのように判断することができる。
つまり、リューエン冒険者ギルドに所属するBランク以上の冒険者が全員参加していたとしても、単独で渡り合えるのは30人しかいないということになる。
Cランク冒険者でも数人がかりならどうにかなるが、それでは今度は冒険者の絶対数が足りなくなる。
「Bランクと戦った経験があるやつがどれくらいいるか……いや、それでも難しいな」
「い、いや、ボルガさんなら……きっとボルガさんなら何か打開策を用意してくれるはずだ……! よし、俺たちも持ち場に急ごう!」
ザナックは言い聞かせるように呟くと、無理やり笑顔を作り、自分のいた持ち場に戻っていった。
「大変なことになったわね……」
その後ろ姿を見ながらアリスが顔をしかめる。その顔は少し青ざめているようにも見える。
「ああ。……どうする? 怖いなら逃げるか?」
リーフの言葉に、しかしアリスはにやりと笑ってみせる。
「……冗談。ここで逃げ出すなんて、私がそんな臆病者に見える?」
「フ、そうだな。悪かった」
リーフもまた笑い返す。
「先に持ち場に行ってろ、俺は少しやることがある」
「逃げ出すんじゃないわよ」
「馬鹿をいうな」
アリスはそのまま、持ち場へ駆けていく。リーフはその後ろ姿を見送ると、懐からドゥーズミーユを取り出す。
「本気で心配なら、そうおっしゃればいいと考えます」
「うるさい。そんなことはどうでもいいだろう」
逃げるか。アリスにかけたその言葉は、正しくリーフの本心から出た言葉であった。リーフとしては、信頼できる仲間となったアリスを死なせるのは、万が一にも避けたかったからだ。
だが、とリーフは思う。正直なところ、彼はアリスを見くびっていた。思っていた以上に、彼女の“芯”は強く真っすぐだ。先ほどの問答で、明確にそう感じた。だから何も言わず、彼女の意向を汲んだのであった。
「しかし、妙だと思わないか?」
頭を切り替えたリーフは、この異常事態に覚えた違和感を明確に口にする。それにドゥーズミーユも同意する。
「そうですね。基本的に魔の森では、強力な魔物は中心部にしか生息しませんし、表に出てくることも滅多にありません。これだけの数、魔物が出てくるとなれば、森の中心部で何か異常があったのかもしれません」
「やはり、そうだろうな。ドゥーズミーユ、すまんが働いてもらうぞ。俺は今からボルガに連絡を取る。お前はその間、遠隔操作で工房からアレを近くまで運んでおけ。森の中心部に問題があるのなら、下手すると第二波、三波と続きかねん。しのぎ切った後、乗り込む」
「かしこまりました」
「さて、だがまずは今回分をしのがないとな……」
しかめ面のまま呟きながら、リーフはボルガに風魔術で連絡を取るのだった。
・ ・ ・
「どうなっている!」
櫓の上で、ボルガは机に拳を打ち付けながら叫ぶ。バギリと音を立てて、机が真っ二つにへし折れるが、ボルガはそんなことを気にもとめない。
Bランク以上の魔物によるスタンピード。それは前代未聞の事態であった。まさに嫌な予感が的中したのである。
「クソ……! どうする……!」
ボルガの頭がフル回転する。しかし、どうやっても打開策が見つからない。
虎の子である携行式魔導火砲は撃ちきった。第一次、第二次防衛線の罠も、先の魔物の軍団によってすでに潰されている。正面から、魔物どもとぶつかり合わなければならない。
これが数十体程度なら、ボルガがそのまま出張って蹴散らせばよかった。だが、今回はその数800だ。ボルガやほかの高ランク冒険者たちが応戦しているうちに、守りの薄いところから突破されるのは目に見えている。
唯一救いがあるとすれば、冒険者たちに余力が残っているということだろうか。魔術で足止めをして町に引きこもり、壁を利用して防衛戦を行い近隣の都市に応援を頼む、ということもできなくはない。
だが、Bランク以上の魔物を相手に、町の防壁がどれだけ持つのか、援軍はどれくらいで到着するのか、まるで予想ができない。最悪、壁を破られて町が滅びる可能性がある。ならば、損害を覚悟の上、野戦を行い少しでも魔物の数を減らしておくべきか。
感知班の報告を聞いてすぐに周辺の都市に増援要請を送ってはいる。あとは、決断するだけだ。防衛か、野戦か。
そこへ風魔術による連絡が入る。リーフからであった。
「こんな時に誰だ――ああ、リーフ君か。悪いが今は――」
一方的に会話を打ち切ろうとするボルガだったが、それを一切聞かずリーフは用件を伝えてくる。それはとんでもない内容であった。
「手短に話す。これから前線にゴーレムを展開する。お前から、全冒険者に連絡を入れろ。俺じゃ信用が無いからな」
唐突なその言葉に、だがボルガは“どうやって”とは聞かない。リーフはこのような状況で冗談を言う人間ではないと、ボルガは認識していた。
「ゴーレムを展開? ……どれだけの数だ?」
「時間が無さすぎる。Bランク以上を相手取ることを考えると最低限の性能もいる。おおよそ100だ」
「そうか――そうか! 分かった! すぐに取り掛かってくれ!」
そこで通話は途切れた。
ふぅと一息、ボルガはため息をつく。確かにリーフ・ピースメイカーという人間は、報告通り優秀な人間であった。それは今回、彼に発注した魔道具の出来から見ても明らかだ。だが、それはあくまで魔導技師としてのリーフだったのだろう。
だが、ゴーレム使いとしてのリーフの実力を測り切れていなかった。
「人を見る目には自信はあったんだがなぁ」
自嘲げに呟く。だが、すぐに切り替えると、陣地のギルド職員たちに指示を出す。
「拡声魔術をよこせ。野戦だ、戦うぞ。この伝令の後、非戦闘員は直ちに町の中へ避難しろ。以後、全指揮権をサブギルドマスターに譲渡する。感知班は壁上で感知を続け、異常があればすぐにギルド本部へ知らせろ」
「マ、マスターはどうするのですか?」
「俺は前線へ出る。分かったなお前ら!」
「りょ、了解しました!」
ボルガは拡声魔術の準備ができたことを確認すると、号令を発した。
・ ・ ・
ボルガとの通話が終わった後、リーフはアリスを探していた。これからなすことに、彼女の協力が必要だったからだ。
自身の持ち場に戻り、あたりを見渡すと、冒険者たちに混じって張り詰めた表情のアリスが立っていた。
「アリス」
「……リーフ。遅かったじゃない。逃げ出したのかと思ったわ」
「それだけ減らず口を叩けるなら問題ないな。お前に頼みたいことがある」
「なに?」
アリスは訝し気な顔を作る。
「俺はこれからゴーレムを展開する。だが、その間俺は動けん。ゴーレムを指揮しなきゃいけないからな。そこでお前には俺の直掩を頼みたい」
「……私でいいの?」
「お前以外に、俺の背中を預けられるやつはいない」
リーフのその言葉に、アリスは意外な顔を作る。アリスはこの1ヶ月で、リーフがプライドの高い人間だということを理解している。だからこそ、この場面で自分に対してまっすぐな言葉で助けを求められるとは思っていなかった。
「……任せて」
一言、それだけアリスは答え、もう一度にやりと笑って見せる。だが、その表情からは緊張は消え、代わりに自信に満ち溢れていた。
「任せた! ……ドゥーズミーユ!」
「なんでしょう」
リーフの懐からドゥーズミーユが受け答える。
「アレは運んだか」
「すでに町の外に待機させてあります」
「よし、なら別の仕事だ。壁とは別に迎撃用ゴーレムも作る。お前はそいつらを指揮して穴を塞げ」
「人使いの荒いことで」
「そのためにお前を創った。頼むぞ」
「かしこまりました」
そこまで話したところで、防衛線にボルガの声が響く。風魔術による拡声だ。
「冒険者諸君、聞いてくれ。知っての通り、強力な魔物が軍団となって押し寄せてきている。敵は強い。だが、我々の後ろには町がある。人々の命がある。故に我々はここで引くことは許されん。我々は、押し寄せる敵を倒さねばならん」
その言葉に冒険者たちは悲壮な表情で頷く。みな分かっているのだ。勝ち目は絶望的なまでに薄い、ということを。そして、それでも戦わなければならないということを。
「――状況は絶望的だ。しかし、我々にはまだ手札が残っている! 希望は、ある! この時のために、リューエン冒険者ギルドは、一つの対策を打っていた! ゴーレムによる防衛線の構築だ!」
「フ、うまいこと言ってくれるぜ……!」
ボルガの言葉にリーフはフッと笑う。目立つわけにはいかないリーフを慮っての言葉であることが、彼には分かった。とはいえ、急にそんなことを言われても、あまりに荒唐無稽話ではないだろうか。
「……だから俺が、それを現実にするんだがな」
そうリーフは呟くと、即座に術式の準備に入る。大地に両手をつき、マナの光が広がっていく。
「100のゴーレムが我々を守る盾となる! そして、私が矛となろう! 我々は引くことを許されない! ならばこそ、我々は放たれた矢じりとなって、魔物どもを打ち破ろう!」
そこで声が途切れる。同時に、櫓から一つの影が飛び出した。ボルガだ。
ボルガはそのまま防衛線の先頭へ飛び降りると振り返り、拳を振り上げ声を張り上げる。
「さあ、鬨の声を上げろ! 我らの敵を打ち倒すぞ!」
ウオオオオオオォォォォォォォオオオオ!!!!
ボルガの言葉に応えて、冒険者たちが雄たけびを上げる。それは確かな覚悟のこもった雄たけびであった。しかし、先ほどまでにあった悲壮感は薄れている。ボルガの言葉が、皆に希望を見せたのだ。
ボルガはそれを受けながら振り返る。その視線の先には、凶悪な魔物が大挙として押し寄せてきているのが見えた。デスブレード・ビートル、ダイノライガー、グレートホーン……名だたる凶悪な魔物達だ。それらを睨みつけながら、ボルガは吐き捨てる。
「来るなら来いよデクども……! 人間の恐ろしさってのをたっぷりと教えてやる……!」
D~Cランクが主体であった先ほどまでの魔物達とは比べ物にならない、圧倒的な速さで魔物の軍団が迫る。そしていよいよ防衛線へと到達しようとしたその時、マナが列となって輝いた。
「待たせたな……。我が名のもとに鋳造せよ! 我が意のもとに力を示せ! “創造:岩楯人形”!」
光の中で、偽りの命を得た人形たちが組みあがっていく。それらは戦列を組み、押し寄せる魔物の軍団をがっしりと押しとどめる。
まさしく壁となって、ゴーレムの軍団が創造されたのである。