26 ゴーレムマスターとスタンピード その1
「撃えエェェェェエエエエ!」
その号令に従って、各陣地から火砲が火を吹き、魔術が放たれる。一斉に放たれたそれらは一直線に魔物の軍団に吸い込まれていき――
ドガガガガガガ――!
連鎖的に爆発を起こす。先頭を走っていた魔物が次々に吹き飛ばされていく。
「撃て撃て! 撃ちまくれェ!」
各所で雄たけびが上がる。火砲隊も魔術師隊も、とにかく撃ち続ける。なにせ狙いをつける必要がない。撃てば確実に当たる、それだけの数の魔物が押し寄せているのだ。断続的に魔術が放たれ、そのたびに爆発が起きる。
だがそれだけで終わるほど、魔物の大暴動は甘くはない。濃密な魔術の弾幕を、数の暴力が食い破る。
「近接部隊! 構えろぉ!」
だからこそ、冒険者ギルドはその対策を怠ってはいない。配置された柵や堀が、魔術の弾幕を突破した魔物たちの行く手を阻む。
「かかれぇぇ!」
そこを近接部隊が叩くのである。雄々しく叫びながら、冒険者たちは各々の武器を振るい魔物を蹴散らしていく。
まさにギルドが思い描いた通りの戦況である。幾度もスタンピードを跳ね返してきたからこそ、それを乗り切るためのノウハウが積み重なっているのだった。
そうして順調に魔物達は数を減らしていった。
「感知班! 状況は!」
陣地奥の中央。櫓の上でボルガは感知班に尋ねる。万が一にでも冒険者たちの防衛線が崩れそうになった時には、彼がフォローに行く手はずとなっていた。
「非常に良好です! 初手で予想以上の数の魔物が吹き飛びました! 冒険者たちにも被害はありません!」
感知班の班長がそれに答える。
彼らは風魔術を用いて戦場を感知している。感知系統の魔術は一人では範囲は狭いが、複数人で協力することによって広い範囲を感知することができる。担当しているのはギルドお抱えの専任魔術師たちであり、実に数十人の規模で魔の森から戦場の端までを感知していた。
そして、彼らが感知してる戦況は、非常に良好なのである。新開発の武器である火砲や冒険者たちの奮闘はもちろん、魔の森周辺に配置した大量の罠も十二分に成果を挙げている。過去のスタンピードからは考えられないほど、推移は順調であった。
「何か問題があればすぐに伝えろ! 些細なことでもいい! すぐにだぞ!」
だが、険しい顔でボルガはそう念を押す。
予想以上に良好な戦況であっても、ボルガは気を抜かない。予想外は常に起きうる。だからこそ、即座に対応しなければならないと知っているからだ。
そして何より、“到達者”としての勘が、このまま終わるはずがないと告げていた。背中にまとわりつく嫌な予感を、ボルガは打ち消せずにいた。
・ ・ ・
「ふっ!」
剣の切っ先が赤く染めあがり、ウルフ型の魔物を容易に切り裂く。返す刀に剣を振るえば、今まさに飛びかからんとしていたラビット型の魔物を真っ二つにしていた。
「お見事です」
懐から賞賛を送るのはドゥーズミーユだ。
「まぁな。だがCランク以下の魔物じゃ切れ味のテストにはならんな。せいぜい耐久の参考値がとれる程度か」
それを受けながら愚痴るのは、先日造り上げた剣“焔断”を構えたリーフである。
火砲を撃ち尽くしてからは、リーフも近接部隊に混じって前線に出ていた。当然近接部隊を手伝うついでに、焔断の慣らしをしていた。この一か月を魔道具の作成に追われ、実戦で振るう機会が無かったからだ。
「切った魔物はカウントしております。後日、種別や切断部位をまとめてレポートを出力しましょうか」
「頼む。しかし、どうせならBランクが来てほしかったな」
事前に聞いた話ではBランクの魔物が十数匹混じると聞いていた。しかし、リーフの担当ブロックには現れずじまいであった。
「おいおい、物騒なことをいうなって」
言葉を返すのはザナックだ。全身に纏った魔鉄鋼合金製の鎧にはところどころ傷がついており、返り血が付着している。だが、本人には目立った外傷はなさそうだった。
「やぁ~しかし、今年はずいぶん楽だ。前回は魔物が洪水のように来てたんだけどなぁ」
ザナックの言葉通り、彼らのブロックではすでにまばらにしか魔物はいなかった。そしてそれらも、すでに複数人の冒険者たちと交戦状態にあり、遠からず倒されることは目に見えていた。故にこのようにのんびり会話をしているのである。
戦闘が始まって一時間ほどが経過していた。一時間、たったそれだけの間に700を超える魔物の大半が倒されている。一方で冒険者たちの被害は皆無といってもよかった。
「イグナイトバズーカだったか? あれのおかげだわな」
「イグニッションバズーカだ。俺が言うのもなんだが、そうだろう。だが、ギルドの作戦も見事だった。これだけの数を完璧に封殺できるとはな」
実に150発の爆発魔術を撃ちこめる。だが、それだけではここまで順調にはいかなかったはずだ。冒険者たちを統率し、指揮し、事前の準備を万全にする。そのどれもを高い水準でこなしたボルガがいてこそだ。
「これだけ対策打つようになったのは、ボルガさんが着任してからだったはずだぜ。あ~やっぱ有能だよなあの人」
「奇行が無ければな。なんにせよ、あれだけ騒いだ割には呆気ないものだった、な!」
話がてらに、リーフは剣を振るって近くにいた魔物を倒す。
第一次、および第二次防衛線に構築された罠のおかげか、はたまた一斉に放たれた魔術の余波か、冒険者たちに到達するまでに無傷だった魔物はほとんど存在しなかった。順調に魔物を倒せているののは、そういった理由もあるのだった。
大勢は決した、そう判断したリーフたちは陣地へと戻っていた。すでに冒険者たちの数が魔物の数を上回っており、戦況は殲滅戦へと移行していた。あと30分もしないうちに、魔物達は全滅するだろう。
「おつかれリーフ、それとザナックさん。怪我はなかった?」
陣地で出迎えたのはアリスである。彼女を含む魔術師隊は、開戦の斉射の後、数度の魔術による援護を行ったのち、後方で待機していた。万が一のためにマナを残しておくという、ギルドの判断である。
「問題ない。お前こそ、まさか味方に魔術を当てたりしてないよな?」
リーフの軽口に、アリスは心外とばかりに唇をとがらせる。そこには、スタンピードが始まる前の緊張感は既にない。
「するわけないじゃない! 失礼ね!」
「フ、冗談だ冗談。珍しく殊勝な様子だったからな、緊張のし過ぎで性格が変わってないか心配しただけだ」
「むぅううう~! 前から思ってたけど、リーフは私のこと馬鹿にしすぎじゃない!?」
「そんなことないさ。あ~……魔術師としては、うん。尊敬している、ぞ」
「なにその間!」
「お前ら本当に元気だな……。はいはいさっさと奥に引っ込め~」
そう言ってザナックは強引に二人の言い争いを終わらせる。この一か月でこの状況に幾度か遭遇したザナックにとっては、手慣れたことであった。
陣地の奥、町の西門前には簡易的な治療所と休憩所が設置されてあり、ギルドの職員たちがそれぞれ対応している。まだ完全にスタンピードが終息したわけではないものの、状況が状況だけにすでに弛緩した空気が漂っている。
リーフたちもギルド職員から水を貰い、休憩所で休憩をとっていた。
「さあ、これが終わるとお祭りだぁ。今年は贅沢するぞぉ」
浮かれているのはザナックだ。いや、彼だけでなく、前回のスタンピードを経験したと思しき冒険者たちも同様に浮かれた雰囲気を出していた。
「いったい何があるんだ?」
リーフの疑問に、実に嬉しそうな声でザナックは答える。
「スタンピードが終わると、倒した魔物をできる限り回収して素材にする。そしてそれを捌いたら俺たちに報酬が支払われるのさ。これが結構な金額でな、Cランクの俺じゃ数か月かからないと稼げないような金額なんだ」
「なるほど」
「なんだかご褒美みたいね」
「今年は楽だったからなぁ~。ああ~こんな簡単にお金が稼げていいのかなぁ~」
「気持ち悪いな」
「ね」
緩んだザナックの顔を見て、リーフとアリスは同時に顔を苦笑する。
「楽、といってもイグニッションバズーカは全て使い切らされたがな。もう少し数を減らせると思ったんだが……」
実はリーフは、火砲を作り上げた段階では、これが三十門もあれば正直楽勝だろうと考えていた。それが、弾をすべて撃ちきってなお、魔物が残っているのだ。改善の余地ありだと、彼は難しい顔をする。
それを見て、アリスは呆れたように彼を諭す。
「それは贅沢ってものでしょ。死傷者も出てないようだし、これが最上でしょ」
それに乗っかるように、ザナックもリーフに真剣に言う。
「そうだぞ! それに威力を上げた結果、素材が減って取り分が少なくなったらどうするんだ」
「知らねぇよ」
やいのやいのと雑談をする。各ブロックから引き揚げてきた冒険者たちも徐々に増えている。終息の時は近い、誰もがそう思っていた。
だが弛緩したその空気は、悲鳴のようなギルド本部からの伝令によって破られた。
「き……緊急! 緊急! 魔の森より、新たな魔物の一団を確認! 数は800! これは……ありえない! す、すべてBランク以上だと!? クソ……! 冒険者たちは直ちに配置に戻れ! 繰り返す! 冒険者たちは直ちに配置に戻れ! 一時間もしねぇうちにやってくるぞ!」
一瞬で静まり返った休憩所内に、その伝令は何度も響くのだった。