22 ゴーレムマスターは話し合う
スタンピード。魔物の大暴動とも言われるこの現象は、魔物の群生地を近隣に持つ国や都市にとっての最大の問題の一つである。
詳しい原因は分かっていないが、群生地より魔物たちが一斉に都市などの人が集まる場所を目指し押し寄せる。数年に一回ほどの頻度で発生するそれは、規模によっては一国を滅ぼしたこともあるという。冒険者ギルドが魔物の群生地で魔物狩りのクエスト出すのは、魔物の素材という資源の確保もそうだが、スタンピードの被害を抑えるためという側面も大きい。
魔物ひしめく魔の森があるリューエンも当然例外ではなく、ギルドは毎回犠牲を出しながらも町を魔物から防ぎ切っていた。
「ただ、今年はちょっと派手になりそうな兆候があるのよ。いろいろと報告される事柄を鑑みる限りね。我々としても犠牲は最小限にしたいし……」
リューエン冒険者ギルドのある一室でボルガはそうリーフとアリスに説明する。その後ろでは、エマが少し緊張した面持ちで控えている。
昨日に引き続き魔道具作成をしようとしていたリーフとアリスだったが、朝ギルドに寄ったところをエマに呼び出されたのだ。内容は当然、前日にボルガが話していた頼み事、その詳細である。
彼らの眼の前では、ボルガが身振り手振りを交えて説明をしている。口調こそ軽いが、纏う雰囲気は昨日と違い真剣そのものである。
「そこで、優秀な魔導技師であるリーフ君に魔道具を依頼したいわけだ、アリスちゃん」
「なるほどね……」
そう呟いて、アリスは考え込むように顎に手をやる。対してリーフは、われ関せずといったように目を閉じて、黙り込んでいる。
ギルドに寄る前に、リーフはアリスに昨日のことについて伝えていた。もちろん自分のことを伏せてではあるが。そして彼女に頼んだのだ。仕事の交渉を頼む、と。
故に今回の件に関しては、リーフは完全にアリスに任せようと考えていた。頼む、といった時のアリスの心底嬉しそうな顔を見たことも一因だ。ダメならダメで、今回は勉強代だとさえ思っていた。
「質問があるんだけど。そんな定期的に起きるんなら国に頼んで軍を送ってもらえばいいじゃない。どうして冒険者ギルドが担当しているの?」
アリスは真剣な目をして聞く。当然の疑問である。資源が集まる重要な土地であり、スタンピードの防波堤にもなるこのリューエンの防衛を、なぜ冒険者ギルドが受け持っているのか。
それを聞いた瞬間、ボルガは顔をしかめ、後ろに控えるエマは明らかに怒気を孕む表情になった。
「昔は軍が受け持ってくれてたらしいんだ。が、ある時それが間に合わなくって、ギルドが主体になって防ぎ切ったことがあったのよ。そしたら、次から徐々に数を減らされて、今じゃ数十人も来やしないのさ。指揮するのも貴族のボンボンだ。あんな奴らに任せてたら、冒険者は盾にされるし、町も滅ぶ」
憤りを隠さずボルガは吐き捨てる。
「ギルドにとって冒険者は宝だ。それを使い捨てる連中なんか、当てにしてられないんだ。冒険者がいないと俺たちはやっていけないしな」
ボルガの真摯なその言葉を、リーフは意外に思う。
昨日、ふざけて自分の本名を言った軽薄な男が、今は真面目な顔をして冒険者の命を気遣っている。こういった熱いところがあるから、文句を言いながらも職員や冒険者たちは従うのだろう、そう感じた。
「……そう、話は分かったわ。じゃ、次はそちらが欲しがっている魔道具の性能と、お値段の話に移りましょ」
アリスは一つ頷くと話を進める。こちらも口調は真剣、まるで真剣勝負のような口調だ。
正直、リーフとしてはもう受けてもいいんじゃないかと感じていた。しかし、すぐに彼女が商人であったことを思い出す。人道的な理由は十分だ、しかし、これは取引である以上、仕事の対価が必要なのだ。
「じゃ、本格的にいきますかね。エマ君」
「はい」
ボルガたちもその気であったようだ。部屋の後方に控えていたエマが、いくつかの書類をリーフとアリスに渡す。受け取ったそれにリーフは目を向ける。どうやら、魔道具開発の要望書のようだ。
「魔の森のスタンピードは当然といえば当然だが、魔の森に生息する魔物が押し寄せてくる。数は最低で数百、多い時で千を超えるとの記録もある。構成は主にD~C、数匹Bランクが混じる感じだ」
リーフはもらった要望書をぺらりとめくると、さっと目を通す。それで、だいたい求められるモノが想像できた。
「そこで俺たちが作って欲しいのは、“面制圧ができる炎魔術を打ち出せる魔道具”だ。森の魔物どもは火に弱いからな」
「リーフ、作れる?」
一通り書類に目を通したアリスが、リーフへ振り返るとそう問いかける。が、その目には、あなたならできるでしょ、とはっきり書いてあった。
その信頼に、リーフは思わず笑みを浮かべる。職人にとって、信頼とともにすべてを任される、というのは最も嬉しく、そして燃えることなのだ。
「構想はできた。材料さえあれば容易いことだ」
その喜びは表に出さず、いっそぶっきらぼうにリーフは答える。
「さすが、リーフ……君だ!」
余計な口を滑らせそうになったボルガを、リーフは睨んで黙らせた。
「だが、まずは試作品を作ってからだな。材料は、そうだな……メインは魔鉄でいいだろう。用意してもらいたい。それと工房もしばらくの間、貸し切りにしてもらうぞ」
リーフの中でどのような魔道具にするか、必要な材料は何か、構想が急速に固まっていく。すでに大まかな原型は頭の中に描かれていた。あとはそれを書き起こして、細かいところを詰めていくだけだ。
自信たっぷりのリーフの様子を見たボルガは、鷹揚に頷く。
「構わないさ。期待しているぞ」
「じゃ、まずは試作品を作ってから、値段と数の相談ね」
アリスがそう締めて、今回の話は終わった。
・ ・ ・
「すまないな、アリス」
「何が?」
「お前の魔道具を今日作ってやれなくてな」
ギルドから出ながらリーフはアリスに謝った。
エマが言うには材料の用意にしばし時間がかかるらしいので、すぐさま試作品には取り掛かれない。かといって、今から工房に行ったとして魔道具作りをするには中途半端な時間だった。
「いいのよ。だって、リーフは私に、魔道具の交渉を任せてくれたじゃない」
微笑みながらアリスは答える。柔らかなその笑みにに、思わずリーフも頬が緩みかける。が、どことなく気恥ずかしくなったリーフは、フッと笑っておちょくりの言葉をかける。
「……ああ、そうだな。俺はてっきり、二つ返事で依頼を受けるかと思ってたよ」
「むぅ。それって私が商人として頼りないってこと。数も用途も仕様も、そしてなによりお値段も分からないのに、受けるわけないじゃないの」
心外だとばかりに、アリスはぷくっと頬を膨らませる。
「それもそうだ。見直したよ」
「言い方~!」
リーフはくっくと笑い、そして首を振りながら降参したように両手を上げた。
「すまんすまん。お詫びといっちゃなんだが、今日の昼飯は奢ろう。それと、昨日俺が造り上げた剣を特別に見せてやろう」
「お詫びの態度じゃないわね。でも、奢られてあげるわ!」
それに、と一息継ぐ。
「あなたの造った剣、すっごい楽しみ」
にっこりとアリスは笑う。そんな彼女に対してリーフもまたにやりと笑う。
そうして、少し早い昼食を食べるため、店を探し始めるのだった。
この後剣の名前をディスられるリーフさん