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追放されたゴーレムマスターはのんびり旅をしたかった  作者: もあい
第一章 旅立ちとスタンピード
21/39

21 ゴーレムマスターはため息をつく


 一気に空気が冷える。動揺を隠しきれなかった自分を忌々しく思いながら、リーフは静かに首を振った。

 

「……誰のことだ」


 とぼけてみせる。だが、ボルガはそれを真には受けない。


「俺はこれでも冒険者ギルドのマスターだからね? 特に隣国のニュースなんてすぐに入ってくる。例えば、ゴーレム製造の責任者が暗殺された……とかね」


 いたずらっぽく口を歪めて彼は答える。軽い口調、だが、叩きつけられるのは強烈な戦意。


「……何が言いたい?」


「さて、俺が俺の得た情報をどうしようと勝手じゃない。隣の王様にとっちゃ、大ニュースだろうしね」


 その言葉が終わるや否や、リーフは稲妻のごとく動く。どうやら、この男には正体がバレているようだ。となれば、採れる手段は少ない。口を封じるか、取引するか。


 どちらにせよ、ここで叩きのめせばその先が楽になるだろう。


 リーフの四肢にマナが漲り、手にしたビートルの銀顎が閃く。それは真っすぐボルガに叩きつけられる。と、同時に彼は銀顎越しに硬い感触を覚えた。


 ボルガは両腕をしっかりとクロスし、その一撃を防いでいた。チラリと銀色に輝く手甲が見える。恐らくはミスリル製、それも何かの魔導具だな、とリーフは思った。


「刃はまだ造ってないんだから、防がなくても死にはしないぞ?」


「いやはや、こんなの喰らったらおじいさん死んじまう」


 額から一筋の汗を流しながら、それでもボルガは余裕を崩さない。受け止めた銀顎をかち上げ、素早く左拳を繰り出す。


「チッ……!」


 刻むように放たれる左の手拳をリーフは最小限の動きで避ける。間合いが近すぎて、銀顎を振るう隙が無い。と、ボルガの拳が顔面をかすめる。


 瞬間、ボルガの右腕が唸りを上げた。


「“噴射風拳(ジェットブロウ)”!」 


 手甲から風を噴出し、一気に加速した拳がリーフを襲う。だが――


「ふっ!」


「嘘だろ!?」


 その強力な奇襲をリーフは間一髪で回避する。ボルガの手甲が何らかの魔道具であることを看破していた彼は、どこかのタイミングで使われるであろうその一撃だけに最大限の注意を払っていた。


 そして、魔導具が起動するその瞬間を見逃さず、奇襲を避けることができたのだ。


 リーフはボルガの伸びきった右腕を取ると、勢いそのままに壁へ背負い投げた。

 

「うぉう……!」


 壁に叩きつけられたボルガは、うめき声をあげぐったりとへたり込む。そこへリーフは銀顎を向ける。


「周囲の風を取り込んで加速する手甲……。なかなかの一品だったが、それじゃ俺には届かない」


 切っ先を向けたままリーフはボルガを見下ろす。ボルガはゴホゴホとせき込みながらなお、にやりと笑う。何か策があるのか、そう警戒したリーフが次に聞いたのは、予想外の台詞だった。


「いやぁ情けない。老いたとはいえ、まさかこうもあっさりやられるとは」


 降参降参、とボルガは両手をひらひらさせて言った。そこには、先ほどまで放たれていた強烈な戦意は欠片も含まれていない。


 急激な態度の変遷に、当然リーフは納得できない。警戒を緩めず、ボルガに問いただす。


「何が目的だ。俺の正体を知って、どうしたい。そもそもお前が今日、俺たちについてきたことも謎だった」


「分かった、答えるよ」


 ボルガはウインクをし、右手でサムズアップをする。


 まさかここまで織り込み済みだったのだろうか。そんな考えが一瞬リーフの頭をよぎる。


 とりあえずボルガの答えを聞こう。ここで奇襲をもらったとしても負ける気はしない。だが、目の前の男は実力者だ。何か、隠し玉がある可能性は否定できない。


 そう考えたリーフは、ボルガの答えとやらを待つ。


「さて、まずはここへ来た目的だったな」


 そうしてボルガは語り始める。


「君に……いや、君たちにある依頼をしようとな」


「その依頼とは?」


「魔道具作成さ」


 軽薄そうな雰囲気から一転、神妙な表情をボルガは言った。


「魔道具作成? どんな魔導具か知らないが、そんなもの、職人街があるんだからそこで発注をかければいいだろう?」


 それは当然の疑問。リューエンほどの町であれば、多くの職人が集まっているだろう。わざわざ誰とも分からない冒険者にそんなものを頼む必要はないはずだ。


 そんなリーフの思いを感じ取ったのか、ボルガはそうもいかないとばかりに首を振る。


「始めはそうしたんだが……どうにもいいもんができなかったんだよね。で、どうしようかと悩んでいたら、ちょうど凄腕のゴーレム使いが現れたっていうからその腕前のほどを見に来たんだ」


「……なるほど」


 筋は通っている。だが、それだと何故リーフの名前を口にしたのかが分からない。それも戦意を叩きつけるなんて挑発までして。


「だったら最初からそう言えばいいだろう。なぜ俺の名前を、それも俺の前で口にした」


「あ~、それはその、え~っと……」


 ボルガの目が泳ぐ。リーフは嫌な予感を覚える。何かをごまかそうとする人間は、大抵目が泳ぐものだ。


 おおよその理由をリーフは察した。なんだか頭痛がする。ダメージを受けていないはずなのに、目まいがする。


「……まさかとは思うが、出来心とか言うなよ?」


 銀顎の切っ先をボルガに押し付けながらリーフは凄む。


「ギクリ……」


 なぜ口に出すのか。そしてなぜ不自然に目をそらすのか。まさか本当に図星なのか。嘘だとリーフは言ってほしかった。


 あまりの下らなさに、彼は呆れを通り越して頭痛を覚えるのだった。


「い、いやぁだってさ。あそこの国(オリザ王国)ってあんまり情報流れてこないじゃん? でもあそこのゴーレム製造の責任者って結構噂になってたんだよ、度を超えた優秀さだって。そりゃ公開こそされてなかったけど、特に一年前ぐらいから裏じゃちょくちょく名前も流れてたんだぞ?」


 言い訳するように、慌ててボルガは弁明する。だがしゃべればしゃべるほどドツボにはまっていくようだ。そして、さらりと明かされた母国の情報管理の甘さに、リーフの頭痛はますますひどくなる。


 オリザ王国は、鉱石に食品、そしてゴーレムの輸出入は活発に行っている。だが、その反面、恐ろしいほど他国に情報が流れない国でもある。特にゴーレム関連の情報は秘中の秘であり、その業務に携わる者の情報全てが秘匿されている。されているはずが、現に今漏れている。


 そして一年前とは、ちょうどサラビエ四世(バカ王)が即位した時期だ。理由も察せられるというものだろう。


「で、ほら。その責任者が暗殺されたって時期とほぼ同時に、同名の人物がオリザ王国に森を挟んで隣接するこの町に現れたってなるとほら、気になるでしょ? 町の命運を託すんだからしっかりと実力も見極めたかったし?」


 しかしここまで強いとは思わなかった。そう言ってボルガはワハハと笑う。


 だが、リーフはその前の文言をしっかりと聞き取っていた。


「命運を託す?」


「そうそう。時期的にそろそろスタンピードの時期で……ああ、スタンピードってのは魔物どもの暴走みたいなもんでさ。森から魔物があふれ出て町を襲うんだ。その数が大量でさぁ、今年は特にヤバそうなんだよね」


 リーフは絶句する。目の前の男が、つい最近現れた信頼もクソもない冒険者に町の命運を託そうとしている、その事実にだ。


「で、頼めるかい?」


軽い雰囲気を出しながら、まるで簡単な頼み事をするかのようにボルガは聞いた。


 疲れに頭痛、そしてめまいを覚えたリーフは、それでも気を確かに持ち、眉間に手を当てながら答える。


「……条件がある」


「何だい?」


「一つは、この話はアリスを通すこと。魔道具の商売はあいつに一任しているからな。そこで詳しい話を聞こう」


「やっぱりお熱い――」


 ボルガの茶化しは、押し付けられた銀顎の冷たさによって遮られた。


「二つ目は、俺の名前を今後一切口に出さないこと。二度と、誰にも、言うな。いいな」


「分かってる分かってる。ほら、だから人払いもしただろ?」


「……」


 訝し気にボルガを見た後、リーフは大きくため息をついた。なんというか、この男と話していると、それだけで疲れる。精神的にも、肉体的にもだ。


「話は終わりか? なら、俺は仕上げがあるから出てってくれ」


 リーフはもう投げやりに会話を切り上げようとする。だが、当然の如くボルガは食い下がる。


「いやぁ? ここまできたら最後まで見学するさ。ホント、一流の魔導技師の作業風景なんて滅多に見れるもんじゃないからな」


「……勝手にしろ」


 会話でコントロールできる相手ではない。ザナックとエマが感じている苦労を真に理解したリーフであった。



・ ・ ・



 ミスリルが結合したビートルの顎を熱して鍛え、刃を研いでいく。出来上がった刀身に、刻印刀で魔術式を刻みこむ。仕上げに、用意していた白木の柄をはめて固定すれば、完成である。


 刃はおよそ65センチ。銀色に輝くその刀身は、かすかに反りを持つ片刃の剣である。刻まれた魔術式により、マナを通せば硬度が増し、刃が高熱で赤く染め上がる。これによって継続的な切れ味を実現している。


 リーフがようやく作業を終えたとき、外は暗くになっており、工房には月光がかすかに差し込んでいた。ボルガは途中で飽きたのか、帰ってしまっていた。まったく自分勝手なものである。


「完成しましたね」


 ドゥーズミーユがひょっこりと顔を出す。ボルガに見つかると面倒なので、今まで隠していたのだ。


「なかなかの一振りに仕上がった。これなら実戦にも十分耐えうるだろう」


 リーフは満足げに頷く。銀色の刀身が、月光を浴びて濡れたように輝く。


「東の国に伝わる“刀”のような剣ですね。波打つような“刃文(はもん)”はついてはいないようですが」


 ドゥーズミーユの言う通り、この剣には鎬を境に色の濃淡こそあれど、刃文はついていない。それについて、リーフはこともなさげに答える。


「その刀とやらの実物を見たことはないから分からないが、そんな飾りなど何一つ実用性がないんだろう? 武器に飾りは必要ない」


「なるほど。そうですか」


 納得したようにドゥーズミーユは呟いた。


「して、どのような銘をお付けに」


「銘?」


自立(オート)ゴーレムの型番、名前みたいなものです。せっかくなのですから、お付けになれば愛着がわくと考えます」


「ふ~む……」


 しばし、リーフは顎に手を当て考える。そして、閃いたような顔をすると、にやりと笑って銘を告げる。


「魔術式刻印剣“クリムゾンヒートソード”だ。いい名だろう」


「良き名かと」


 そうだろう、とリーフは今しがた自分が名をつけた剣を満足感に満ちた顔で見つめるのだった。




 余談ではあるが、翌日、さっそく自信満々にアリスに披露したところ、彼女に「刀は素晴らしいけど名前は駄目ね」とダメ出しされ、彼女の発案で“焔断(ほむらだち)”の銘が付けられることとなった。その時のリーフの顔は、悔しそうな、しかしどこか嬉しそうな顔だったという。


 


 

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