20 ゴーレムマスターと工房
ギルドより十数分歩いたところ、リューエンの職人街と呼ばれるその一角にギルドの工房は建っている。赤茶けたレンガ造りのその工房は、リーフたち五人が自由に動き回れるほどには広かった。
「……なかなかいい工房だ」
リーフは感心したようにつぶやく。製鉄炉に魔力釜、刻印場と、一通りの設備が整っているうえ、どれもそれなりの品質だった。流石に彼の元研究所には及ばないが、ギルドの貸し出し工房にしては十分であろう。ここでなら、今回の作業を満足にできるだろうと彼は感じていた。
「だろう? 前に町にゴーレム使いが来てな、どうせならと設備を刷新したんだ。ゴーレム使いに工房は必須だろう?」
そいつは一月でどっかにいっちまったけどな。そう言ってワハハとボルガは笑う。
「豪快……いえ違うわね……。この場合は考えなしといったほうがが正しいかしら……」
「マスター……。そういうところですよ……」
「ボルガさん……」
アリス、エマ、ザナックは三者三様に呆れている。
リーフとアリスは、なんとなくこのボルガという男の性格を分かってきた。良く言えば即断即決、悪く言えば短慮軽率、といったところだろう。
なるほど、エマやザナックが疲れた顔をするはずだ。良くも悪くも落ち着かないだろう。退屈もしないだろうが。
「ま、そんなことどうでもいいよな。まだ始めないのか? 魔道具作り。時は金なり、だぞ」
またワハハと笑うボルガ。
うざい。素直にリーフはそう感じた。
「……今から始めるから、作業中は黙っておいてくれよ」
「分かってるってぇ」
いかにも分かってなさそうな顔でボルガは頷いた。
リーフはさっと、ボルガの後ろに控えるエマとザナックに目配せをする。当然、黙らせろという意味合いを込めてだ。だが、二人から帰ってきたのは、諦めきった表情で首を振る姿だった。つまり、そういうことである。
リーフはこの日何度目かのため息をついた。諦めたように肩を落とした後、何事もなかったかのようにアリスに向きなおる。
追い出せない以上、ボルガのことは完全に無視することに決めたのだ。
「せっかくだからな。アリス、手伝ってくれ」
「え? 何を?」
突然の振りに、アリスはキョトンとする。
「魔銀の精錬だ。俺の炎でも十分だが……せっかくのエキスパートがいるんだ。お手並みを見せてくれ」
それを聞いたアリスは、顔いっぱいに喜びの顔を浮かべた後、慌てたようにぷいっとそっぽを向く。
「べ、別に構わないけど! せっかく私が手伝ってあげるんだから、感謝しなさいよね!」
「ああ。ありがとう」
リーフの素直な感謝に、アリスもまた素直な笑みを浮かべる。やいのやいのと口ではケンカしながらも、この一週間で彼らの信頼関係はより深まっていた。いまや、どちらがどちらとも互いのことを必要な仲間だと感じているのだ。
「ヒューヒュー! お熱いねぇ!」
そこに余計な茶々が入る。案の定、ボルガだ。
「マ、マスター! もう少し静かにできませんか!」
「え! 今の冷やかし待ちじゃないの!?」
慌ててエマがボルガを黙らせる。一方で冷やかしを止められたボルガは心底驚いている風だ。
リーフとアリスの視線が一瞬交差する。そうして互いにため息をついた後、互いに頷きあう。
「で、私は何をすればいいの?」
「製鉄炉に火を入れてくれ。まず鉱石を溶かす。一般的な鉱物と同じように、魔鉱もまた不純物を含んでいる。正確には不純なマナだな。これを炎魔術で取り除き、純粋な魔銀を取り出す」
「それで私が手伝うってわけね。規模は?」
「まずは火球。次に焦炎だ。今回使う炉的にも、素材的にもそれで十分だろう」
一切何事も起こっていない風に、リーフたちは話を続ける。二人してボルガを無視することに決めたようであった。
「よし、じゃあ始めよう」
リーフは工房の隅に置かれている魔銀へと向かう。ギルドに連絡して、事前に砕いてもらい、袋に詰めて運び込んでもらっている。
袋を運び、炉に砕けた魔銀を入れていくと、アリスに合図を出す。
「頼むぞ」
「頼まれたわ! 火よ! 炎よ! 我がマナに従え! “火球”!」
アリスの詠唱によって、炉に炎が灯される。
「しばらく加熱しててくれ」
「思ったんだけど、最初から“焦炎”じゃダメなの?」
「そうそう俺もそれを思ってた」
リーフは、口を挟んできたボルガの言葉を無視した。
「……今回は純粋な魔銀が欲しいからな。最初から高い火力だと、不純なマナが魔銀に結合するんだ。特徴を持った魔銀が欲しいならそれでもいいんだがな」
アリスもまた同様に、ボルガには触れないまま、会話を続ける。
「でも前に魔物産の魔鉱は扱ったことが無いって言ってなかった?」
「解析した感じ、鉱山産との違いは不純なマナ含量が高かった程度の差だ。それなら問題はない」
腕を組み、炉を見つめながらリーフは答えた。
「さすが優秀なゴーレム使いだぁ! なあそうは思わないかねエマ君、ザナック君!」
その会話を横から聞いていたボルガは、感心したように大きく頷く。そして付き添い二人に大きな声で同意を求める。
「ええ……そうですね……」
「はぁ……全くです……」
げんなりした顔で答える両者を全く気遣う様子もなく、ボルガは矢継ぎ早にリーフたちを褒める。それは長々と続いて、終わる様子を見せなかった。
・ ・ ・
一度“火球”で溶かした魔銀を塊として取り出し、もう一度“焦炎”で溶かす。それを型に流し込み冷やせば、銀色に輝くインゴットが現れる。人間大の魔銀鉱から、5つのインゴットを精製することができた。
「これが俗にいうミスリル銀だ。魔導性、魔力親和性に優れ、強度も高い、極めて優秀な素材だ」
「あの白い塊がこんなにきれいに輝くのね……」
ぐったりした様子でアリスはつぶやく。それもそのはずで、彼女は数時間もの間、火球および焦炎の魔術をぶっ続けで発動していた。彼女自身が豊富なマナを持っており、なおかつ炎魔術に長けていたからこそできたことである。これがリーフなら一気にはやらないか、マナポーションが必須だ。
だが、苦労した分感動もひとしおなようで、アリスの疲れた表情の中にはどこか達成感も漂っていた。
「今回は純粋なミスリルが欲しかったからな。土のマナを多く含んでいたから、やり方によってはもう少し別の色になるんだ」
「そうなのね……でも、こんなにきれいになると、頑張ったかいもあったわ……」
リーフとアリスは、出来上がったミスリルインゴットをしみじみと眺める。そこに、割って入る声があった。
「おう! 終わったかい! ようやく本番だな!」
場にそぐわない元気な声を出すのはボルガである。彼は一時間ほどエマたちにしゃべり続けた後、飽きたのか二人を伴ってご飯を食べに行った。そして、ミスリルインゴットができる直前に帰ってきたのである。アリス以上に疲れた表情の二人を引きずって。
そんな声を、リーフたちは当然のようにスルーする。
「さて、工房は二日間予約を取ってある。すまないがアリス、俺の魔道具を優先してもいいか?」
「むぅ! 働かせるだけ働かせて、自分を優先だなんていい度胸ね! ……まあ、いいけど!」
「その代わり、明日はお前にとびっきりのを作ってやるさ」
「その……楽しみにしてるから全力で作りなさいよね!」
疲れた顔を引き締めてビシッと指さしたアリスは、そのまま工房に備え付けられた椅子にへたり込むように座った。何だかんだ限界だったのだろう。
「あ~らら。女の子をバテさせるほど酷使するなんて、なんてひどいやつなんだ」
ボルガの茶々は無視し、次の工程に移る。
デスブレード・ビートルの顎を、おおよそ1メートルほどに切り出し、ミスリルと一緒に魔力釜にいれる。釜の中には魔術で生み出された水が張ってあり、その中へ二つの素材は沈んでいく。
「“真造”」
リーフが釜にマナを流し始めると、水が穏やかに光を放ち始める。その光は沈む二つの素材を包み込み、それらは釜の中心へ浮かび上がる。
「おお! すごいぞすごい! ほらほら君たちも、なんでへばってんの! 一流どころの魔道具作成なんてめったに見られるもんじゃないぞ!」
ボルガは勝手にはしゃぎはじめ、へばっている三人を無理やり起こそうとする。
にわかに騒がしくなるが、その喧騒はリーフには一切聞こえていない。彼は今、極度の集中状態になっていた。額に汗を浮かべながら、慎重に作業を行う。
釜の中では、ミスリルが流体のごとく姿を変え、ビートルの顎を包んでいく。それは少しづつ顎へと浸透し、結合していく。
今回行っているのは新しい武器、その素材の作成。魔術に耐えうる素材へと、デスブレード・ビートルの顎を改良しているのだ。
もともと、ある程度の強度と鋭さを持つビートルの顎。その顎を構成する甲殻の細胞の一つ一つをミスリルが包み込み、素材そのものの性能を変えていく。より硬く、より鋭く、よりマナを通す素材へ、しかし生体素材ならではのしなやかさと柔らかさは損なわず。
極度の集中が続く。時間にしておよそ二時間。
リーフは額の汗を拭うと釜の中から完成したそれを取り出す。銀色に輝くビートルの顎だ。
「……こんなもんか」
一通りそれを眺めた後、リーフは満足げに呟いた。久々の作業だったが、腕は鈍ってなさそうだ。
そうしていると、突然パチパチと乾いた音が工房に響いた。そちらを向くと、ボルガが拍手をしながら立っていた。その顔には、笑みが浮かんでいる。
「素晴らしいね。さすが音に聞こえたゴーレム使いだ。無機物と有機物を結合させて、両者の特徴を持たせる……いやはや、職人顔負けだよ」
その言葉をやはり無視しようとしたリーフは、ふと違和感を覚えてあたりを見回す。エマにザナック、そしてアリスがいなくなっていた。
「彼らには少し席を外してもらった。アリスちゃんも疲れてたようだし、それに……あまり人に聞かせる話じゃあないからな」
「……そっちがあんたの本性ってことか?」
ボルガの変化をリーフは感じ取っていた。軽薄な物腰こそ変わらないが、その一方でかすかに感じ取れていたオーラが、現在では威圧感とともに放出されている。それは確かに“到達者”の称号にふさわしいものであった。
「さぁて、どうかな? なんにせよ、しっかり話を聞いてもらえて嬉しいよ、リーフ・ピースメイカー君」
こともなさげにボルガは言った。