2 ゴーレムマスターは暗殺される
「待たせたな」
ドアからボロボロのマントを羽織ったリーフが、見張りを伴ってドアから出てくる。その傍らには、顔に包帯を巻き、みすぼらしい服を着た女性が立っている。
ここはリーフの家、いや元家だ。
広間で追放宣言を受けた後、リーフは騎士の連中に拘束まがいの付き添いをうけながら自身の家まで案内させられた。
王都より少し離れた丘の上にあるその家は、彼の研究所も兼ねていた。だが、家のものは王国のものだということで金や魔石はもちろん、これまで積み重ねてきた研究成果などの持ち出しは許されないらしい。
結果、リーフは魔物討伐から帰ってきたそのままに、追放されることとなったのだった。
「おらよ、キリキリ歩け」
付き添う騎士はどれも乱雑で、リーフの知り合いは一人もいない。魔物討伐任務などで、騎士にはそこそこの顔見知りがいるはずなのに、である。
使い込まれていない鎧に立ち振る舞い、言動の幼さから新米騎士だとリーフは推察する。当然、王の息がかかっているのだろう。
同時に、なぜその場で処刑ではなく国外追放などと回りくどいことをするのか、想像がついた。
古参の騎士なら当然、自分とともに任務をこなしたことがあるし、騎士団長とも顔見知りだ。関係性も良好であった。そんな彼らが、しかも虚偽の理由で、処刑に賛成するはずがない。
だからこそ、討伐任務が終わってすぐに自分を呼び出し、騎士団に情報が入る前にことを進めているのだろう。新米騎士を使っているのも納得がいく。
「お前、新入りか?」
「あぁ? 何だてめぇ文句あんのか?」
「いやなに、こういった任務なら一人くらいベテランがいてもいいと思うんだが、見たところ全員若いからな。最後に挨拶でもと思ってたんだが」
「てめぇの挨拶なんぞ誰が聞きたがるか! 俺たちがついてやっているだけども上等だってのに!」
「そうかい、それはご苦労だな」
「口が減らねぇ野郎だ! おら、とっとと乗れ!」
騎士の一人が乱暴にリーフの背中を押す。
「おおっと」
押されるがまま、リーフはおどけた声を上げて馬車へと乗った。
「テメェもだ女! おら、少しは愛想くらい見せろってんだ!」
続いて騎士は、妹の背中を乱暴に叩く。その叩き方があまりに乱暴だったせいか、妹は姿勢を崩し、顔に巻いた包帯がほどけてしまう。
「おいおいトロトロすんなよ。それとも俺たちにイイコトでも……ウェ!」
下卑た顔でその顔をのぞき込んだ騎士は、顔を歪めてのけぞる。現れた妹の顔はひどく爛れており、目元にはひどい傷が一直線に走っている。十人が見れば、十人ともが醜いと評するだろう。
あまりにも顔が崩れており、兄妹らしい共通点どいえば、リーフと同じ赤銅色の髪くらいである。
「おいおい、レディの扱いは丁重にな。それに、妹にはミユっていう立派何名前がついてるんだぜ」
倒れ込んだ妹の様子を見かねたか、馬車からひょっこりとリーフが顔を出す。
「貴様は黙ってろ!」
騎士がそう怒鳴ると、リーフは肩をすくめ、妹――ミユの手を引いて再び馬車へと戻っていった。
「ナメた野郎だぜ」
ペッと唾を吐き出す騎士に、仲間の一人が同調する。
「ああ、全くあんな奴とっとと処刑しちまえばいいのさ。それにあいつの妹ってやつも、な」
「だよなぁ。クソ、汚ねェモンみせやがって。あんなんじゃ、顔見ただけで萎えちまう」
「ま、溜まった鬱憤も、このあとすぐに晴らせるのは最高だな。あと数時間後には……」
「ああ、そうだったな。まったく、反逆者様様だな」
騎士たちは下品に笑い声をあげながら馬車の周囲を固める。一見、襲撃から馬車を守っているように見えるが、その目的は別のところにある。
目的地は国境沿いの森。危険な魔物どもがうようよしている、魔の森ともいわれる森だ。
ゆっくりと馬車は動き出す。リーフたちの死地へと。
・ ・ ・
「おい、ついたぞ!」
すっかり夜も更けたころ、馬車は目的地に着く。
広がるのは風の吹き抜ける草原と、まるで巨大な口のような森の入り口である。夜空の雲が月を隠すとき、森は不気味に闇に染まった。
「ようやくか」
置かれた状況を理解にも関わらず、リーフは馬車の中でのんびり体を伸ばす。
「ここから真っすぐ行けば国境線だ。早くしな」
そんなリーフに構わず、騎士の1人が傲慢に指示する。指さすのは当然、魔の森である。
「おいおい。この夜の中、あの森に入れってか」
「はっ! 王都で縛り首にならんだけましだろう。ほら、さっさと降りろ」
「しょうがないな……」
そう呟きつつ、リーフは馬車の扉を開き、降りようとする。続いて、リーフに手を引かれミユが馬車を降りる。その足がゆっくりと地面に着いたその瞬間だった。
「ま、そうくるだろさ……!」
闇夜の中に、金属同士が弾けあい、火花を散らす。
ミユを狙って閃いた騎士の剣をリーフがとっさに、腕で受け止める。その腕には、金属製の小手がはめられている。
「ま、そんなことだろうと思ってはいた」
「ほう、よく今のを受け止めたな。魔術師のくせになかなかやるじゃないか」
「戦場に出たこともないやつの剣なんざ、受け止めたって自慢にもならんがな」
リーフは受け止めた剣を弾くと、ミユを守るように体勢を整える。気がつけば、彼らは護衛の騎士たちに囲まれていた。
「は、俺たちゃ王に選ばれた精鋭だぜ? いくらてめぇがそこそこ戦えたとしても――」
先ほどからよくしゃべる、リーダーと思しき騎士が片手を上げる。
するとどこへ隠れていたのやら、暗がりからさらに十人ほどの騎士たちが姿を現し、囲いに加わる。
「魔術師が、この数の騎士に勝てるかなぁ?」
「なるほど、それで全員か……」
「ああそうさ。もはや貴様らに逃げ場はないのさ」
へっへっへっ、と下品に笑う騎士たち。その目には、油断と慢心と、しかし確実な殺意が浮かんでいる。
「確かに……この数を相手に戦うってのは骨だな……しょうがない」
リーフは右腕を高く掲げ、勢いよく地面にたたきつける。
「大地よ! 我がマナに従い、逆巻き渦巻け! “砂塵嵐”!」
「うおっ!」
「な、なんだ!」
リーフを中心に、砂塵が渦を巻く。それは、あっという間に騎士たちの視界と聴覚を奪う。
「うおお! なんも見えねぇ!」
「落ち着け! 視界が塞がれたって、この包囲だ! 逃げれりゃしねぇはずだ!」
口々に騎士たちが叫ぶ。そんな彼らの狼狽する言葉を聞いたか、リーフは不敵に笑う。そうして、地面にゆっくり手を着くと、ある魔術を唱えた。
「我が名のもとに鋳造せよ。我が意のもとに力を示せ。マナの光を偽りの命に換えよ。“創造:石人形」
その詠唱とともに、地面についた手からマナがあふれ出し、光を宿した岩石が組みあがっていく。たちまち石でできた人型が姿を現した。
「なに! ゴーレム!?」
「包囲を縮めろ! し、死んでも逃がすんじゃねぇぞ!」
予想外の事態に、騎士たちは慌てふためく。彼らはリーフのことをただの魔術師と聞いており、ゴーレムが出てくるとは思ってもいなかった。
視界が悪く、ゴーレムの姿すらおぼろげにしか見えないこの状況。下手すれば逃げられる。そして逃げられたら自分たちの命が無いであろうことを、騎士たちは察していた。
そんな嵐の中で、騎士たちはリーフの必死な声を聞いた。
「行け、ゴーレム! ミユを連れて逃げろ!」
その声の後、大きな影がドスドスと足音を響かせながら消えていった。
やがて砂嵐が晴れた、その中心に立っているのはリーフのみであった。その様子に騎士たちは安堵し、ついでリーフを馬鹿にしたような笑い声を上げる。
「おいおい、自分が逃げなくてどうすんだよ! それとも、魔力切れで動けないかぁ!?」
「ゴーレム使いってことに少し驚いたが……肝心のゴーレムがいないんじゃ話になんねぇなあ!」
騎士たちにとってリーフの妹などどうでもいい。今回の目標はあくまでリーフなのだ。
そんな嘲笑をしばらく黙って聞いていたリーフだったが、おもむろに口を開く。
「さて、私の任務はあなた方の足止めですが……」
「あぁん! なんだって!?」
「フ、失言でした。しかし、確かに絶望的なこの状況。どうせなら、最後にあなた方に一矢報いてみせましょう」
「恐怖とマナ切れで、いよいよ頭がおかしくなっちまったか!?」
それを聞いた騎士たちは、馬鹿にしたように笑い声を上げる。彼らは自分たちが失敗することなど、全く考えていない。マナ切れの魔術師を、騎士が十数名で囲んでいるのである。これで自分たちが負けたり取り逃がしたりしたら、それこそ末代までの恥だ。
騎士の嘲った大声が響く。
「でぇ! どうするってぇんだ!」
「さて……あなた方もこの国の騎士なら、これくらいは知っているでしょう……」
その言葉とともに、リーフの影は懐から何かを取り出すとそれを掲げた。瞬間、強力なマナの光がリーフの手からあふれ出す。
「そいつは……てめぇ! まさか!」
とたん、騎士たちはさっと青ざめる。昔よりゴーレムを戦力として戦っていたオリザ王国の騎士にとって、その光は一番最初に教えられるものであったからだ。当然、その威力についても。
「ええ、これは自立ゴーレム用の魔導炉……。一般に使われているものより少し改造はしてありますが……これを暴走させたらどうなるかくらい、想像力の乏しいあなた方でも分かるでしょう?」
「そ、そんなことをしたら……てめぇ自爆するつもりか!」
「言ったでしょう、一矢報いると」
マナの輝きがどんどん強くなる。リーフの手の中で、魔導炉は太陽の如く輝く。
「そうそう、心優しき王とその側近に伝言を」
一瞬、光がぐっと凝縮する。
「クソ喰らえ、と」
その言葉とともに強烈な爆発が彼もろとも辺りを飲み込んだ。
・ ・ ・
「……ち、虚仮脅しかよ……」
騎士の一人が吐き捨てる。
爆発による強烈な閃光と音のせいで、彼らのいまだ視界が定まらない。だが、爆発のわりに小さなクレーターと中心地からもうもうと立ち上る煙だけは、しっかりと確認できていた。
「おおい! そっちは大丈夫かぁ!」
「ああ、死人はいねぇ! それどころか、けが人もほとんどいねぇ! かすり傷程度だ!」
騎士たちはお互いに確認を取り合う。至近距離でのマナ炉の暴走にもかかわらず、死人はおろか重傷者の一人もいないというのはほとんど奇跡だ。
「ヤツの死体はどうだ?」
隊長が聞く。彼らの主任務はあくまでリーフの暗殺。まさか爆心地にいて生きているはずもなかろうが、一応確認はせねばならない。
爆心地に確認にいった騎士が、思わず顔をしかめる。リーフがいたあたりには、消し炭と化したリーフの骨と、黒焦げになった肉片が散らばっていた。
「あ~こりゃあ、首は持ってけませんな。ミンチよりヒデェや」
「死んでるんだろう? それがわかりゃいいさ」
死が確認できたのであればそれでいい。あとは報告さえしてしまえば彼らの昇進は確定したも同然だ。
「よぅし! てめぇら帰るぞ!」
騎士たちは重大な任務を達成した満足感に浸りながら、王都へ帰路に就いたのだった。