19 ゴーレムマスターとギルドマスター
「……自己紹介がまだだったな。俺はリーフだ」
「私はアリス。リーフとパーティーを組んでいるわ」
突然の大物の登場に、リーフは怪訝な表情を隠しつつ差し出された手を握る。そこからは、歴戦の古強者としての実力が雄弁に語られていた。
(コイツ……強いな……)
その実力を感じ取ったリーフは、内心警戒を強める。
「無論、知っているとも。君たちは注目の的だからね」
ボルガはリーフ、そしてアリスと続けて握手をする。その表情はあくまでにこやかで物腰も軽い。にじみ出るオーラにはそぐわない態度だと、リーフは感じる。やはり警戒しておくべきだとも同時に感じた。
「注目の的って?」
怪訝な顔をするアリスに、ボルガは意外だという風な表情を作る。
「おおう、自覚無しかい? 大物だねぇ。そりゃ、Fランクの駆け出しがBランク、そしてAランクの魔物を倒せば話題になるでしょ」
「そうかもしれないけど……なんかうさんくさいわね……」
言われてみればそうかもしれない、とアリスは納得しかける。が、同時にボルガの大仰な言い回しに、胡乱気な目線を向ける。
「ボルガさん。本題になかなか入らないのは、悪い癖ですよ」
そんなボルガにため息をつきながら、ザナックは彼をたしなめる。彼の、そしてエマの様子から、このボルガという男の性格をなんとなくリーフたちは察した。
「ごめんごめんって。といっても、俺が来た目的はさっき伝えたよな。君が魔道具を作るところをこの眼で見たいのさ」
大げさに両手を合わせながら、ボルガは自分の目的を語る。だが、その理由までは口にしていない。
「何故だ?」
警戒感をにじませるリーフに対して、やはりボルガの態度は軽い。
「それは秘密だ。問題なければ後で教えるからさ、とりあえず見せてくれないかい?」
「……ザナック」
お前は知っているだろう、とばかりにじろりとザナックを見れば、彼は慌てたように首を振る。
「お、お前には恩があるが、俺にも立場ってもんがあるんだ。すまない」
ザナックは申し訳なさそうに頭を下げた。
そこまで見れば誰だってわかる。Cランク以上の冒険者はギルドから厚く信頼されているという。その関係で、関係者以外には口外できないような情報を知らされているのだろう。そして、それを言えない立場であるということも。
「で、どうするの? リーフ」
半ば諦めている顔で、それでもリーフが強く拒否することに期待感をにじませながら、アリスはリーフに聞く。リーフだってこんなことは断りたかった。が、アリスの期待に応えることは残念ながらできない。
「どうするといっても、拒否権はないんだろう?」
ため息交じりのリーフの問いにボルガが答える。
「もちろん。拒否するなら工房は使わせない。それだけの話だしね」
「ひどい話ね……」
アリスは顔をしかめながらつぶやく。
「権力は使うもんだ。なんたって俺はギルドマスターだからね」
ボルガの朗らかな笑い声がギルド内に響いた。それをげんなりとした顔で、リーフたちは見るのだった。
・ ・ ・
ギルド内で話すのも邪魔になるだろうからと、リーフたちはエマの案内で工房へ移動する。もちろんボルガ、それにザナックも一緒だ。
移動の最中、リーフは小声でザナックに話しかける。
「ところでザナック、お前は何でついてきてるんだ?」
「あんたらに最初に接触したから、らしい。ある程度良好な関係を築けているからだそうだ」
顔つなぎ役だな、とザナックは苦笑いする。
「確かに、あんたには飯屋を紹介してもらったりしたが……そんなことまで知られてるのか」
この一週間、リーフはクエストが終わった後、ザナックと何度か飲んでいた。彼のおすすめを紹介してもらったり、冒険の話をしたり、ザナックの尽きない愚痴を聞くなど、それなりに親しくしていた。
しかしそれがこの結果を招くとは、リーフはもちろんザナックも予想していなかっただろう。
リーフの言葉にザナックは力なく頷いた。その様子からもボルガの性格が察せられて、リーフはますますげんなりとする。
「そもそも、あのボルガってのは何なんだ? 強そうではあるが……」
リーフの問いに一瞬驚いた顔をしたザナックは、しかしすぐに納得のいった表情に変わる。
「ああ、オリザ王国じゃ知られてないんだな。ま、あそこは冒険者もあんまり寄らない土地だからしょうがないが……」
「そんなに有名なのか?」
リーフからしてみれば当然の疑問。それにザナックは先ほどの表情から一転、まるで自分のことのように自慢そうにボルガについて話し始める。
「リューエン冒険者ギルドマスター、ボルガ・イオクス。彼は《到達者》の称号を持つ元Aランク冒険者だ」
「称号?」
聞きなれない単語にリーフは首をかしげる。
「称号ってのは冒険者ギルド総本部や、あるいは国なんかから贈られる二つ名だ。有名なのは勇者だとか聖女だとかだな。冒険者においては、実質的にA以上のランクとして扱われている」
つまり、A級と一線を画す実力者に贈られる一種の勲章ということか、とリーフは納得する。
「しかし、大層な話だ」
「ボルガさんは確か、10のダンジョンと30の未踏破地域を攻略したって話だ。どれも高難易度で知られていたところらしい。それでギルドから称号を贈られたってわけだ」
「ほー……」
リーフはちらりとボルガを見やる。確かに隠しきれないそのオーラから考えても、この人物は一流ではあるのだろう。
「なんだい?」
リーフの視線に気づいたボルガが反応する。相も変わらず、軽い印象を与える動作だ。にじみ出るオーラとは逆に、その態度からは《到達者》と呼ばれるまでに至った風格を感じ取ることはできない。
「なんでも」
「つれないなぁ」
隠すのがうまいのか、余裕があるのか。思惑が見えない以上、警戒だけは最大限するべきだと、リーフは改めて気を引き締めるのだった。




