16 ゴーレムマスターは買い取ってもらう
リーフがダンジョンを出ると、外はすでに日が沈みそうになっていた。
茜色の空と澄んだ夜風をしばし彼は楽しむ。ダンジョンにこもりクエストをクリアし、達成感と共に脱出する。
成果を挙げる。国のためではなく、自身のために。それは、彼が生きてきた中で初めてのことだった。
「よう兄ちゃん! 無事帰ってこれたんだな」
そんなリーフに守衛たちが陽気に声をかける。
「そこに置いてたゴーレムが突然動き始めた時はどうしたものかと思ったが……なんにせよ無事でよかった」
「酒をおごらないといけないからな。こう見えて義理堅いほうなんだ」
リーフの軽口に守衛たちは笑う。そして、ポツポツと明かりの灯る宿場を指さした。
「はは! 余裕こきやがって! だけどおごりは今度でいいさ。今は嬢ちゃんを追いな」
「そうそう。わき目もふらず、宿のほうへ走っていっちまったぜ。痴話げんかも結構だが、ダンジョン内でするのはどうかと思うぜ」
「肝に銘じておくさ。宿のほうだったな、ありがとう」
リーフは礼を言うと、ゴーレムを引き連れて宿屋に向かう。
守衛たちはゴーレムの担いでいた人間大の晶柱を見ると、キョトンと顔を見合わせ、そして笑った。そうして、また仕事に戻るのだった。
・ ・ ・
ニガロの宿場町はリューエンと違い、夜には商店は閉まっているようだ。代わりに酒場が開いており、昼とはまた違った賑わいを見せている。その賑わいを縫って、リーフは宿屋への道を歩く。少しづつ歩調が速くなっていくのは、早くアリスと合流したいという気持ちからである。
一人で勝手に行動するなとも思ったが、それはダメージを負うアリスが心配な気持ちがあったからだ。
「わがままな妹を見ている気分だな」
「さすがにそれは老成しすぎでは?」
「俺に年下の知り合いはいなかったからな。こんな気分だろうかと思っただけだよ」
ドゥーズミーユの茶々をあしらいながらも、リーフは自身の感情の変化に驚いていた。
森で初めて会った時はあまり深く関わらないほうがいいと感じていた。薬草を採りに行ったときはわがままなやつだとも感じていた。一人で一日を過ごして、アリスとの掛け合いが楽しいと気づいた時も、今のような気持ちにはならなかった。
ならば何故か。その理由は簡単だ。リーフがアリスに真摯に向き合い、アリスがリーフに多少なりとも心を開いたからだ。
「王もこんな気持ちだったんだろうか……」
リーフが過去、唯一真に心を許していたのは、魔術の師でもある先王のみである。それでも彼は孤児であったから、先王と対等に話せたことはない。まだ日は浅いとはいえ、気の許せるの仲間を得るというのも、リーフにとっては初めてのことだった。
「リーフ様。頼ってくれる人物ができたことが嬉しいのは分かりますが、でしたら直接言ってはいかがでしょうか。アリス様も喜ぶと考えます」
「うるさい。黙ってろ」
ドゥーズミーユを懐に押し込むと、宿への道を急ぐ。
少しすると宿の看板と、そしてその玄関先でたたずむアリスの姿が見えた。彼女はリーフの姿を見つけるとプリプリと怒り出す。
「遅かったじゃない。どうせ寄り道してたんでしょ」
「お前がさっさと行くからだろうが。少しは落ち着きを覚えろ」
「そ、それはリーフが恥ずかしいこと言うから――」
「ん? なんだって?」
「~~~! なんでもない! 早くクエスト達成の処理をしましょ!」
「お前なぁ……」
顔を真っ赤にして宿に入るアリスに苦笑しながら、ゴーレムを崩すと、ドロップ素材を担いで宿に入る。
そしてクエスト達成の報告のため、冒険者ギルド支店のカウンターに足を運ぶ。
「こんばんは。どうなさいましたか」
にこやかに挨拶をする男性ギルド職員はしかし、その口元は引きつっている。その目線は、リーフの抱えるドロップ素材へ向けられている。
それでも口調を乱さないあたり、ベテランなのだろう。
「クエストの達成報告に来たわ。パーティーはアリスとリーフ。Fランク、鉱山ネズミの討伐よ」
アリスはどうやら落ち着いたようで、淡々と手続きを始める。
前回あれほど達成報告をしたがったリーフが今回おとなしいのは、アリスに協力されているからだ。このクエストはアリスが一人でやり遂げる。そんな約束を彼は守っていた。
「かしこまりました。では、討伐証明部位の提示をお願いします」
「はい」
アリスは腰の皮袋を外すと職員に手渡す。採取から数時間たった耳はそれなりに臭いはずだが、職員は慣れたように数を数える。
「……はい、確認しました。では達成の証明書を発行しますので、これを町のギルド本部へ提出してください」
「ここで報告して終わりじゃないのか?」
リーフの問いに、やはり慣れたように職員は答える。だが目線はチラチラと、リーフの抱えるブツへと向けられている。どうやら、相当にこの素材が気になるようだと、リーフはのんびり考える。
「ここ、ニガロ鉱山ダンジョンのクエスト報告はしてもらわなければならないのですが、それに伴う報酬は本部でしかお渡しできません。なにせ数が多いので、金銭の用意ができないのです」
「めんどうな仕組みだな」
「かわりと言っては何ですが、素材の買取はこちらで行っていますよ」
「それはありがたいわね。じゃ、まずはこれをお願い」
職員から証明書をうけとったアリスは、背嚢から鈍色の結晶を取り出す。鉱山ネズミのドロップ素材だ。
「はいはい、数は12……でしたら600ゴルですね」
「安いわね……」
「まあ、そんなもんだろ。次にこいつだ」
リーフは鉱山クマのドロップをカウンターに乗せる。
「これは……ロックフェルゴブリンのドロップですか。失礼ながら、Fランク卒業の試験で門番に挑むとは、ずいぶん無茶をしたものですね」
「ロックフェルゴブリン?」
聞きなれない単語にリーフが反応する。
「ええ、一階層の門番です。正確には鉱山ネズミ自体がロックフェルゴブリンという種なのですが、ネズミというのが慣用名になってしまったんですね。で、区別のために門番をそのように呼称するようになったのです」
「なるほどな」
ギルド職員の解説に、リーフは感心したようにうなずく。それを横目にアリスは職員に査定の催促をした。
「で、いくらでの買い取りなの?」
「こちらは2000ゴルで買い取らせていただいてます」
「そんなに高くはないのね……」
残念そうにアリスが呟く。
「一階の門番だからな。そんなもんだろう」
「定期的に狩られていますからね」
リーフと職員のフォローを聞いてもなお、残念そうだ。アリスとしては、自分で狩った魔物が高額で取引されることによって、よりリーフに協力できると考えていたのだが、あてが外れたようだ。
「さて、最後だ」
落ち込んでいるアリスを下がらせて、リーフは最後の素材をカウンターに乗せる。人間大ほどの晶柱だが、ギルド職員は間近にそれを見て、改めて驚きの表情を見せる。
「これはどうだ?」
「こ、これは……。すいません、少々お待ちください」
職員は一旦奥に下がると、鑑定員と名札をつけた別の職員を引き連れて戻ってくる。
しばらく職員同士で話した後、戸惑いながら説明する。
「先ほどからもしや、と思ってはおりましたが……こちらはロックフェルドラゴンの希少ドロップですね……」
またもリーフたちの知らない名前が出てきた。
「その、ロックフェルドラゴンっていうのは何だ?」
「ロックフェルドラゴンは、このダンジョンの守護者です。Aランクの魔物で、討伐自体は年に一回ほど報告されるのですが……この素材が確認されたのは十年ぶりですね……」
「そんな珍しいものなの?」
なんとか立ち直ったアリスは驚いたように聞く。だがリーフは、そんな気性でもないだろうと、頭を横に振る。
「時間が無かったからきちんと鑑定してないが……魔鉱、おそらく純度の高い魔銀だろ? これくらいなら市場に出回っているはずだ」
魔銀。高い魔導率と強度、そしてあらゆる魔術に対する親和性を持つ魔鉱の一種である。リーフは国を追放される前に幾度も扱ったことがある。
「その通り、これは極めて純度の高い魔銀です。ですが、採れる土地によって微妙に魔鉱の性質が異なるように、魔物からドロップした魔鉱もまた、天然のものと性質が異なるのです」
「そんなものか」
リーフは軽い驚きを感じる。彼が主に扱っていたのはオリザ王国産の魔銀だ。オリザ産の魔銀は他の産地のものと比べて品質が高い。なので、彼はそういった地域差、産地差を考えたことはあまりなかった。
古い記憶で、そういった内容の論文を読んだ記憶もあるが、王国にいる間は必要のない知識だったので、すっかり抜け落ちていた。
「私どももこれがどのような性質が分かりませんが、少なくとも高値がつくことは想像できます。申し訳ないのですが、これはこちらでは買取できません。ギルド本部へお持ちください」
「買い取ってくれないの?」
先ほどと矛盾する職員のセリフに、アリスは当然の疑問をぶつける。職員は困ったように笑いながら、その疑問に答えた。
「恥ずかしながら、単純に、このクラスの素材を買い取るだけのお金がないのですよ」
「……それはしょうがないわね」
単純なその回答に、アリスは思わず脱力した。変わってリーフが一つの提案をする。
「しょうがないな。じゃあ、預かってもらえるか? 今日はもう遅いからここに泊まろうと考えているんだが、これを担いで寝るのはな。アリスもそれでいいだろ?」
「そうね。かまわないわ。預かるのは出来るの?」
「それなら大丈夫ですよ。では、明日の朝まで預からせていただきますね」
「頼む」
晶柱を受け取った職員は、それを鑑定員に渡して下がらせる。そして、真剣な顔でリーフたちに聞いた。
「それとですが……アリス様、リーフ様。ドラゴンとはどこで遭遇しましたか? 見たところ、最上階まで行ったわけではないでしょう?」
「地下だ」
端的なリーフの言葉に職員は驚く。ニガロ鉱山ダンジョンは一から五階まで。それが今までの調査の結果だったからだ。
「正確には、一回の門番を倒したあと、床に穴が開いた。その下に存在するスペースにいた」
「あ! そうよ! ビックリしたのよあれ! 地下があるだなんて聞いてなかったわ!」
アリスは憤懣やるせないといった顔で職員に詰める。実際命の危険があったことは確かだから、彼女が怒るのも無理はない。
「も、申し訳ありません。しかし、ギルドでも地下の存在は確認しておらず……。恐らくですがダンジョンのトラップでしょうか」
「たぶん、そうなんだろうな。もし、過去に行方不明になった連中がいたなら、そいつらは地下に落ちたのかもしれんな」
「……そうですね。そうかもしれません。貴重な情報、ありがとうございました。本日はしっかりとご休憩ください」
職員は深々と頭を下げる。リーフは軽く手を挙げて答え、アリスと共にギルドカウンターを後にするのだった。
・ ・ ・
「今日もまた、長い一日でしたね」
宿屋の部屋の一室で、ドゥーズミーユは言った。
カウンターを離れた後、宿に併設された食堂で食事を済ませたリーフたちは、それぞれ部屋をとって別れたのだった。
「だが、実りある一日だった」
リーフの見識は狭い。ダンジョンのこと、魔物のこと、素材のこと。本で知っていたとしても、生の体験は初めてだ。その体験こそが、彼の求めていたものだ。
「心の通じる相手を見つけたからですか?」
「からかうなよ」
そして、良い旅の道連れができたこともだ。このことをアリスに直接伝えることは、恥ずかしいのでないだろうが。
「私の勘は当たったでしょう?」
「……お前はいつからそんな性格が悪くなった?」
「誰のおかげでしょうか」
「全く……」
明かりを消してリーフは布団をかぶる。そして、ほどなくして規則正しい寝息を立て始めるのだった。