14 ゴーレムマスターは慰める
「う……うぅん……ここは……」
アリスはふっと目を覚ました。視界が安定せず、グラグラと揺れている。全身に感じる痛みをこらえつつ上体を起こし、辺りを見渡す。
部屋というには広い、空洞のような場所だ。上には穴がぽっかりと開いており、かすかに光が差し込んでいる。壁に光源は存在しているものの、その数はまばらで、この空間の全容を把握することは困難だった。
「目が覚めたか……。じっとしていろ」
アリスがゆっくりと声のしたほうを向くと、リーフが座っていた。普段の彼からは考えられない、神妙な顔。そこから、彼は自分のことを本気で案じているのだろうということをアリスは知った。
「結構な高さから落ちたんだ。しんどいなら寝ててもいいぞ」
「……いいえ、大丈夫……」
返答しながら、アリスはクラクラする頭を抑えつつ、何があったのかをおぼろげに思い出していく。床が崩れ落ちた時のことを。
「私は……落ちて、それで……あ…!」
アリスはその直前の記憶を思い出し、焦ったように、アリスはリーフへ向き直る。
「だ、大丈夫? 怪我は……イツツ……」
体を動かしたためか、アリスの体に痛みが走る。それでも彼女はリーフのことが心配だった。
アリスが落ちる時、リーフがかばってくれたのだ。完全に油断していたアリスが、それでも目立った外傷が無いのは、リーフがクッションになってくれたおかげだ。だがリーフには、自分の分と彼女の分、二人分の衝撃が加わっているはずなのである。
「無理するな、俺は大丈夫だ。お前と違って強化魔術をかけて落ちたし、それにこいつもあったからな」
リーフは自身の纏っているボロボロのマントを示す。
「このマントは特別製でな、耐衝撃性が高いんだ。だから、俺は平気だ」
リーフのそれが強がりか、それとも本当に大丈夫なのかは分からない。ただ一つ確かなのは、自分のせいで彼は危うく怪我を負うことだったということだ。
「……ごめんなさい」
アリスはポツリと、謝罪の言葉を口にした。
「どうした? らしくないぞ?」
リーフは明るい口調で話しかけるが、アリスはしおらしいままだ。
「だって……また迷惑かけて……助けられて……」
「俺にもお前にも怪我はなかった。それでいいじゃないか」
「私は……まだ何も助けてあげられてない……」
「気にはしないさ。また、ここを出てから助けてもらうよ」
リーフは慰めの言葉をかける。
しかしアリスは止まらない。眼には涙を浮かべ、あふれだすかのように心情を吐露する。出会ったときから、そして薬草採取のクエストから感じていた思いを。
「私……森で出会ったときから助けてもらってばっかりで……私も助けなきゃって……でも何もできなくて……。だからこのクエストは一人でやるんだって思って……今度こそ助けるって……なのに結局また助けてもらって……」
伏せた瞳から、涙がポタポタと零れ落ちる。
それは、ある種の罪悪感があったのかもしれない。リーフのゴーレムを見て、利用できると思ってしまった、自らの気持ちに対して。
無言でその様子を見ていたリーフは、ゆっくりと立ち上がるとアリスに近づく。
「リーフ一人だったらこんなトラブルも無かったのにって……私ばっかり舞い上がって……迷惑ばかりかけて――」
そこでアリスの言葉を失う。彼女の正面に跪いたリーフが、そっと彼女を抱きよせたからだ。顔は見えない。ただ、なぜだかリーフは微笑んでいると、彼女は感じた。
「迷惑になんか、思っていないさ」
リーフは優しく言った。その言葉にアリスはハッと息をのむ。
「アリスがいなかったら、町に入るのもギルドに登録するのも、食事をするのも宿をとるのだって、あんなにスムーズにはできなかった。俺は十分助けられてる。だからそう、思い悩むな」
「で、でも……」
それはすべて打算からの行動だ。それを口にしようとするが、リーフの言葉に止められる。
「お前がいてくれて良かったと思ってる。本当だ」
「うん……」
「だからもう泣いてくれるな」
「……うん……でもね、リーフ……」
――もう少しだけ胸を貸して。
そして、リーフの胸に顔をうずめたアリスは、数分ほど静かに泣いた。
・ ・ ・
「さぁ! どうやって戻るか考えましょう!」
アリスはいつものように、力強く元気よく言った。その目元は真っ赤だが、表情は明るい。重い荷物を降ろしたような晴れ晴れとした顔だ。
「フ、相変わらず気分の移り変わりが激しいやつだ……」
リーフは苦笑するように、しかしどこか嬉しそうに呟いた。その胸元は濡れていたが、彼はそれを気にはしなかった。
「さてアリス。こうなった以上二人で協力することに異議はないな」
「むぅ……しょうがないわね……」
しぶしぶとアリスは頷く。実際、落ちた衝撃で結構なダメージを彼女は負っていた。
「よし。まずは現状の確認だ。ここは鉱山ダンジョンの地下一階、俺たちは門番部屋から落ちてきた」
「そうね。ギルドで聞いた時も地下の存在なんて言ってくれなかったし、どうなってるのかしら」
プリプリと怒るアリス。自分にはミスがないという態度だ。そして、それはあながち間違いではない。
もちろん彼女が油断していたことは事実だ。しかし、それを差し引いても、今回のこの事故を、新米冒険者の彼らが防ぐことは難しかっただろう。非常に堅牢なはずのダンジョンの床が崩れ、存在を知られていない地下に落とされる、というのは通常考えられることではない。
「そう、それだ。そしてアリス、何か思い出すことはないか? ドゥーズミーユが言っていた注意事項を」
そこでアリスはハッとして表情を作る。
「まさか……トラップ……!?」
「そうだ。これはダンジョンが作り出した、俺たちを食うためのトラップだろう。と、すると……」
ズシリ、ズシリと、遠く空洞の奥から聞こえてくる。その音はゆっくりと近づいてきている。
「そら来たぞ。俺たちを殺すための刺客が」
微かな明かりに照らされて、その足音の正体がおぼろげながら浮かび上がった。
十数メートルはあろう巨大な体、鉱物を彷彿させる鈍色のうろこ、背中には白い晶柱がいくつも突き出し、そのうろこと同じ鈍色の眼は暗闇の中でもギラギラと光っている。
「……クマとは比較にならない圧力ね……」
その姿を確認したアリスは顔をしかめる。その額にはツッと冷や汗が流れた。
「こういう時にアイツがいると便利なんだがな。鉱山ネズミ、鉱山クマときて……さしずめ鉱山トカゲってところか」
対してリーフは余裕を崩さない。不敵な笑みを浮かべ、現れた敵――鉱山トカゲを見据えていた。
少しずつリーフたちと距離を詰めていくトカゲは、おもむろにその歩みを止めると――
「グルアアアアアアアアアアア!!!!」
にわかにリーフたちに突撃してくる。ただ全力で走っているだけだが、それでも十数メートルもの巨体である。直撃すれば、人間など粉みじんだろう。
「キャッ!」
リーフはアリスを横抱きに抱え、身体強化をしながらその突撃を回避する。
トカゲはその勢いを止められず、頑丈なはずの壁にめり込んでしまう。しかし、なんら意に介した様子もなく、泰然とリーフたちに向き直る。
「やはり、今までの魔物とは格が違うな……アリス、爆閃炎はまだ使えるか!」
リーフがアリスに問いかける。
「ごめんなさい。ちょっと無理かも!」
それに申し訳なさそうにアリスは答える。
無詠唱魔術を乱発していた上、一度爆閃炎を使っている。加えて、まだ落下のダメージが残っている。そのため、アリスには爆閃炎クラスの魔術を使うだけのマナは残っていなかった。
「なら上級火球はどうだ!」
「できるけど!」
「よし、なら――うおぉ!?」
トカゲが床に右足を叩きつける。ズシンという強烈な足音と共に、その足から陣が形成される。同時に床から巨大な石の槍が生え、リーフたちに襲い掛かった。
「魔術が使えるの!?」
「ちっ! こっちはゴーレムも作れねぇってのに!」
リーフはひどく理不尽を感じる。こちらはダンジョンの石材に干渉できないのに、敵はやすやすと操ってくるという事実にだ。
愚痴りながらも身体強化のレベルをあげ、次々と襲い掛かる槍の隙間を縫っていく。
「風よ! 一陣の烈風よ! 我がマナに従い敵を討て! “中位圧風衝撃”」
避けながらリーフは風の魔術を撃ちだしていく。風は衝撃となって槍を打ち砕き、トカゲに直撃する。しかし、表面の甲殻を少し削った程度だ。まるで、その程度か、とでも言う風にトカゲはグルグルとうなる。
「やっぱダメか。だが隙は出来たな! アリス!」
「分かったわ! 火よ! 燃え盛る炎よ! 我がマナに従え! “上位火球”!」
リーフが下すと同時に、アリスは魔術を詠唱する。マナは彼女の腕を通じ、炎へと変換される。一瞬後には、彼女の大きく掲げた両手の間に、数メートルほどの巨大な火球が形成された。
「で、次は! 撃っていいの!?」
「少し待て! これを使う!」
リーフは懐から、びっしりと刻印が刻まれた、十センチほどの鉄球を取り出す。
「ふっ!」
それにマナを流し込むと、刻印に光が流れ、鉄球は静かに唸り始める。リーフはそれを、アリスの火球へ投げ込んだ。
鉄球は火球の中心で静止すると、光を放ち始める。
「アリス! 説明する暇はない! なにがあっても受け入れろ! いいな!」
リーフのその言葉にアリスは一瞬驚いた顔をする。しかし、すぐに不敵に笑う。
「任せなさい!」
力強く頷いた、その言葉を信じて、歌うようにリーフは魔術を唱える。
「我が名のもとに鋳造せよ! マナを偽りの命に換えよ! “創造:炎人形”!」
「な、なに!?」
リーフの詠唱によって、火球がドクリと脈打つ。ぞわりとアリスは嫌な感覚を覚える。両腕から何かに浸食されているようなぞわぞわとした感覚。しかし、それでも彼女はそれを受け入れる。
リーフが信じろと言ったのだ。なら、信じないと嘘だろう、と。
「撃て! アリス!」
リーフの絶叫に、アリスはすべてのマナを振り絞って応えた。
「燃え尽きなさい!」
アリスが火球を撃ち放す。それは一直線にトカゲへと向かっていく。
「ガアアアアアアア!!!!」
だが、黙って直撃を喰らうトカゲではなかった。大きく開いた口に陣が形成され、火球と同程度、いやそれ以上の岩塊が生み出される。トカゲは間髪入れず、自身めに襲い来る火球めがけて放った。
火球と岩塊がバチバチと競り合う。だが、わずかずつだが岩塊が押していく。
「やっぱり火球じゃ火力不足よ! どうするの!?」
焦ったようなアリスの言葉を、しかしリーフは余裕を持って返した。
「……全ての準備は完了した。 見せてやろうぜ、アリス! 俺たちのゴーレム魔術を!」
森でゴーレムを作った時のように、リーフは両手を広げる。
「マナよ! 細く、長く、強く! 我が念を運び掌握せよ! “操糸送念”!」
その指からマナの糸が伸び、火球に繋がる。
「やれ! “火炎魔戦人形”!」
火球の中心から、燃え盛る二本の太い腕が飛び出す。それは岩塊を打ち砕くと、殻を割るように火球を開いていく。
そして、炎の魔人が形成された。