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追放されたゴーレムマスターはのんびり旅をしたかった  作者: もあい
第一章 旅立ちとスタンピード
13/39

13 ゴーレムマスターは付き添う


「ふふん! 順調ね!」


 鉱山ネズミの耳が入った皮袋を腰に下げ、アリスは機嫌よく呟いた。

 すでに目標20匹のうち、17匹まで倒している。もちろん、倒しているのはすべてアリスだ。リーフはただ後ろで見ているだけである。


「さすがに見事な炎魔術だ。見てるだけでほれぼれするな」


 俺たちにとってみれば、この程度のクエストは順調でないとありえないだろう。リーフはその言葉を飲み込んだ。


 魔の森にリキュアを採りに行ったとき、アリスは決して得意でない風や地の魔術で魔物を倒していた。ギルドに聞いたが、リキュアが採れる周辺の魔物のランクはD~Cとのことだ。


 しかもリーフと出会った時には、Bランククラスの防御力を持つ彼のゴーレムを吹き飛ばしている。つまりアリスは、火力だけなら最低Bランクはあるのだ。もちろん冒険者としては未熟なので、総合的にはもう少し下がるだろうが、それでもネズミ程度の魔物であれば苦戦することのほうが難しい。


 だが、今までで最高に機嫌がいいアリスを見ていると、そんな冷めたことを言うのは野暮だろう。


「でしょでしょ! それにほら、素材もたっぷり」


 アリスは嬉しそうに、自分の背嚢をリーフに見せる。そこには、ネズミの素材がパンパンに詰まっていた。


 ダンジョンの魔物の死体は、一定時間でダンジョンに吸収されてしまうが、ある程度の確率でドロップ素材と呼ばれるモノが残る。鉱物や魔物の体の一部、魔石などがあり、これがダンジョンにおける資源の一つなのだ。なお、人をおびき寄せるための餌というのはドゥーズミーユの言である。


 鉱山ネズミの場合は背中に生えていた突起物が主なドロップ素材だ。鉱物を食べる習性のある鉱山ネズミは、吸収した金属を背中に溜めるらしい。これがそのまま、鉱物資源として用いられる。


「質は低いが魔鉄だな。俺の加工には堪えんが、売れば二束三文にはなるだろうな」


「そうかもね。でもお金にならないよりはいいじゃない! ふふ、最初のクエストでこんなにツイてるなんて、幸先いいわ!」


「テンション高いなお前……」


 これまでのことをすべて自分で行っているからか、アリスは非常に機嫌が良かった。自慢げに戦利品を見せるその姿は、リーフからしてもなんだか微笑ましい。


「だが、油断はするなよ。順調にいってる時が一番怖いぞ」


 だからこそリーフは釘をさす。それは己の経験からくる言葉だ。


「心配しなくたって分かってるわ。大丈夫よ、心配しなくても」


 その言葉をアリスは軽く返す。平たく言えば調子に乗っている。


 もっとも例え奇襲を喰らったとしても、この階層では魔物に殺されることはないだろう。それだけの自信が彼女にはあったし、実際事実だろう。それはリーフも理解しているが、はしゃぐ様子を見てなんだか不安になるのだ。


 そうこうしているうちに、アリスは次の獲物を発見する。


「見つけた! おあつらえ向きに三匹いるわ!」


 通路の先に、ネズミどもが見えた。アリスの言う通り三匹、これを倒せばクエスト目標は達成だ。


 アリスの声に気付いたネズミ達は、向かってくるでもなく逃げ始める。それはダンジョンの魔物がとるにしてはおかしい行動ではあるが、アリスはその違和感には気づけなかった。


「むぅ! 逃げるな、待ちなさい!」


「ちょ、おい! 待てアリス!」


 ネズミを追ってアリスは走り出す。慌ててリーフも追いかける。


 逃げるネズミに対して、アリスは走りながら魔術を放つ。だが、ちょこまかと動くネズミを捉えきれない。


「すばしっこいわね! “炎旋矢(フレイムアロー)”!」


 杖の先端から炎の矢が撃ちだされる。


 アリスは先ほどから無詠唱で魔術を行使している。

 無詠唱は詠唱ありに比べ、ノータイムで魔術を行使できる。だが、それを使うものがほとんどいないのは、消費マナに対する威力が見合ってないからだ。上級魔術と同等のマナを消費して、下級魔術以下の威力にしかならないため、実用性に欠ける。魔術師がこれを使うのは、相手が自身と比べるべくもないほどの弱者であったときくらいだ。


 しかし実際、アリスと鉱山ネズミにはそれほどの差があったし、走っているこの状況では詠唱するのは億劫だった。アリスは完全に油断していた。


「当たった!」


 矢は真っすぐに突き進み、逃げるネズミたちの後頭部を焼き貫いた。ネズミたちは三匹とも、勢いのまま倒れる。


 アリスはさっそく、うきうきした様子でその死体に駆け寄って、耳を削いだ。


「どう? これでクエスト達成ね!」


 得意げにリーフに振り返る。だが、後ろから走ってきているリーフが、慌てたように何か言っていることに気付いた。


「え? なによ」


「……ろ……! バ……!」


「だからなに?」


「後ろだ! 敵だ!」


「え?」


 アリスは慌てて振り返る。そこには3メートルほどの灰色の魔物が、今まさに手にした斧を振り下ろそうとしていた。


「うっそでしょ!」


 間一髪でアリスは斧を避ける。斧は地面にぶち当たり、ガギィン、と強烈な音が鳴り響く。


「なに、この魔物! ネズミどものボス!?」


「恐らくそこは門番部屋だ! 周りをよく見ろ!」


 そこでようやく、アリスは冷静に辺りを見渡す。そこは今までの通路と違って、広く部屋のようになっていた。魔物の後ろには扉が見える。そこが次の階層への階段なのだろうと、アリスは予想がついた。


「大丈夫かアリス!」


「ええ……問題ないわ。それにしても、あれがネズミのボスなのかしら。あれじゃネズミじゃなくて、鉱山クマね」


「ずいぶん余裕だな」


「そりゃあね。さっきは突然で焦ったけど、正直、あの程度の魔物なら簡単に吹っ飛ばせるわ」


 当然でしょと鼻を鳴らし、アリスは鉱山クマのほうへ向き直る。


 クマは思いっきり地面を叩いて手が痺れたのか、しきりに手を振っている。その外見は鉱山ネズミと共通した特徴を持っている。尖った耳に突き出した鼻、背中の突起物などだ。しかし、体の大きさと、そして体格はネズミとは比較にもならない。まさしく門番らしい、威圧的な格好だ。


 それでもアリスは、怯むどころかふふんと鼻を鳴らす。

 

「でもあの時、リーフはゴーレム魔術を見せてくれたじゃない? だから、私も本気の炎魔術を少しだけ見せてあげる」


 その言葉は、リーフが聞いた中で最も自信に満ちた彼女の言葉だった。


「言うなぁ。なら、お手並み拝見といこうじゃないか」


「瞬きしたらダメなんだからね!」


 一瞬、アリスの体を白い光が包む。それが収まると同時に、アリスは猛然とクマへ駆け出し、その腹部に思いっきり飛び蹴りを浴びせた。


 反応することも、まして踏ん張ることもできなかったクマは、そのまま蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられた。頭から崩れ落ちたクマが、グギュルとうめき声を上げる。


「キレイな身体強化魔術だな」


「あれほどのものはなかなか見られませんね。お手本の様だと考えます」


 そんな様子を見て、リーフと、そして懐のドゥーズミーユは感心したようにつぶやく。


 身体強化の魔術は全ての魔術の基礎だ。体全体にマナを流し、身体能力を強化する。その過程で、魔術師はマナを体に流す感覚を掴んでいく。また、マナが全身に流れるので、体や魔道具を介した魔術の行使をスムーズに行う訓練にもなる。身体強化魔術の練度が、そのまま魔術師の練度ともいえるだろう。


 そして、それは一朝一夕の鍛錬で身に着くものではない。アリスは少なくとも魔術師の家の出だろうと、リーフは思った。


「長引かせるつもりはないわ! これでフィニッシュ!」


 うずくまったまま動けないクマに杖を向けると、アリスは魔術の詠唱を始める。


「火よ! 荒れ狂う閃熱の炎界よ! 我がマナに従い灰燼を為せ! “爆閃炎(フレア)”!」


 あふれ出るマナが白炎と化し、まばゆい熱線となって一直線に撃ち放たれる。それはクマを飲み込みうと、炎のドームを作り出した。ダンジョンの壁すら熔かすほどの炎に、当然クマが耐えられるはずもなく、断末魔すら上げる暇もなく吹き飛んだ。


















































「ふふん! どうよ、私の炎魔術は! 爆閃熱(フレア)の魔術なんて、そうそうお目にかかれないわよ!」


「……ああ、確かにすごかった。だがな――」


 鼻高々なアリスへと、リーフはツカツカと歩み寄る。彼の明らかに怒気を孕んだ雰囲気に、しかしアリスは気がつかず話を続ける。


「そう褒めなくてもいいのよ! ふふ、これで私の魔術はチャチじゃないって――あいた!」


 アリスの自慢は、リーフの小突きによって遮られた。


「あんな魔術をこんな狭いところで、しかも近くに人がいるのに撃つなバカ! とっさに障壁を張らなかったら、こっちまで被害がでてるぞ!」


「う……ごめんなさい……」


 自慢げだった態度が一変して、一気にしおらしくなる。その変化に、リーフは慌ててフォローをする。


「……ただ、あの魔術は見事だった。お前の炎魔術をチャチと言ったことは訂正する」


 頬をぽりぽりと書きながら、リーフはそっぽを向きながら言った。その言葉を聞いて、アリスの機嫌はたちまち回復する。


「ふふ、ありがと。けどあれは、まだ全力じゃないんだからね! もし見せる時が来たら、その時は度肝を抜かれないよう注意しないさい!」


 アリスは満面の笑みをリーフに向ける。その無邪気さが、リーフには少しまぶしく見えた。


「ところで、あの灰のところに何か落ちているな」


 なんとなく照れくさくなったリーフは、慌てて話題を変える。


 リーフの指さす方向には、先ほど灰になったクマがいたところであるが、そこにはネズミのものよりもかなり大きい突起物が落ちていた。門番のドロップ素材である。


「全部灰にできなかったのは、少し複雑ね……。けど、ま、運が良かったと思いましょ」


 アリスは軽い足取りで、それを拾いに行く。

 

 部屋の中ほどまで踏み出した時だった。アリスの足元がピシリと嫌な音を立てる。


「えっ――」


 アリスはにわかに浮遊感を覚える。下を向くと、頑丈なはずの床は崩れ落ち、獲物を待ち受けるかのようにぽっかりと穴が開いていた。その先に見えるのは、底知れぬほどの闇だ。


「アリス!」


 リーフはとっさに駆けだすと、身を投げ出してアリスを抱きかかえる。

 そして懐からドゥーズミーユを取り出すと、素早く崩れていない床の上へ投げた。


「ドゥーズミーユ! 頼んだぞ!」


 リーフの言葉に、床へ着地したドゥーズミーユは一言答えた。


「かしこまりました」


 小さなゴーレムに後を託し、リーフはアリスと穴へ落ちていった。




 

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