12 ゴーレムマスターは鉱山に向かう
そして翌日の朝。いつもの帽子にいつものマントを羽織ってリーフがギルドへ行くと、すでに準備万端のアリスが玄関に立っていた。
「来てたか」
「……当たり前じゃない。私、まだリーフを助けてないもの。今回はしっかり助けてあげるんだから覚悟しなさい!」
そう言ってプイッとそっぽを向くアリスに、リーフは思わず笑ってしまう。たった一日だというのに、このやりとりが随分と懐かしく感じられた。
「フ、そうだな。じゃ、しっかりと助けられてやるよ」
「むぅう! その余裕も今日までよ! 私の助けなしじゃ冒険に出られないようにしてやるんだから!」
「期待してるよ」
そう言ってリーフはギルドへ入ろうとする。
するとアリスは、慌ててリーフを追い越し、そのまま真っすぐ受付へ向かう。今日はリーフには何もさせたくないのだろう。それを見送りながらリーフは苦笑した。
・ ・ ・
Eランクに上がるためのもう一つのクエスト、それはダンジョンでの討伐クエストである。
リューエンから南に、徒歩で一日ほどの場所にあるそのダンジョンは、もともと主に鉄鉱石を産出する鉱山だった。だが百年ほど前、何らかの原因でダンジョンと化したと言われている。現在ではギルドによって管理され、ダンジョン由来の様々な資源を産出している。
今回のクエストは、その第一階層に現れる鉱山ネズミという魔物を十匹狩るというものだ。
町からダンジョンへのその道程を、二人はリーフのゴーレムによって進んでいた。
「今日は助けてくれるんじゃなかったのか?」
にやにやしながらリーフはアリスを煽る。
「ダンジョンで! 助けて! あげるから!」
ふん、とゴーレムの上ですねるアリス。彼女も今日はしっかりとリーフを助けるつもりではあった。だが、ゴーレムを使えば半日しないうちにダンジョンに着くのに、一日かけて歩いていくというのはさすがに許容できなかった。
「これが! 合理的! 判断でしょ!」
「確かにな。さすが、商人だ」
実際、リーフもアリスの言うとおりだと思っている。時間的にも費用的にも、移動にゴーレムを使わない手はない。ならばなぜこんなことを言っているのかというと、単に煽りたかっただけである。
もちろん、彼はアリスを嫌ってなどはない。ただ、休日一日を一人で過ごして思ったのは、この掛け合いが案外楽しいということであった。王国では彼とこのように話せる人間などほとんどいなかった。
「リーフ様……」
懐からドゥーズミーユの呆れ声が聞こえる。実際、正しい意見である。リーフはすでに20をまわった大人の男である。それが年下の、しかも少女を煽るなど非紳士的であることは間違いないだろう。
しかし、ドゥーズミーユの注意を遮ったのは他でもない、アリスだった。
「いいの、ドゥーズミーユ。私はまだ、このポンコツ野郎を助けてないもの。こいつの口を塞げるのは、私がしっかり成果を上げた時よ!」
真っすぐ前を見つめてアリスは言う。その瞳は強い意思を持っていた。
「アリス様がそう言うのであれば……」
ドゥーズミーユは引き下がる。
その言葉を聞いていたリーフは内心、意外に思う。アリスがここまで律儀かつ真面目だとは思っていなかった。その言葉の端々に垣間見える真っすぐな性根を、彼はそれなりに好ましく思っていた。
だが、それはそれ、これはこれだ。
「成果、期待しているぞ。まあ頑張ってくれ」
「むぅぅうぅうう!!」
アリスは、リーフの言葉に体をプルプル震わせて怒るのだった。
そんな掛け合いをしつつ、ゴーレムが走ること数時間。ダンジョンの入り口が見えてきた。
ニガロ鉱山ダンジョン。それがこのダンジョンの正式名称である。
周辺には簡易的な宿泊施設や商店、酒場が立ち並ぶ宿場町がある。ダンジョンに挑む直前、あるいは帰還した直後に利用されている。宿にはギルドの支店が存在し、そこで通行許可証をもらって初めてダンジョンに入ることができる。
ダンジョン入り口は鉄製の門が備え付けられており、両脇には守衛が立っている。門自体は基本的に四六時中開かれているが、入るには守衛に通行許可証を見せなければならない。これは危険地帯であるダンジョンに、不要な人間を入れさせないためだ。
アリスはクエスト受注したとき案内された通りに、宿に行って許可証をもらう。そして、さっさとダンジョン入り口に向かう。道中、物珍しそうに辺りを見回そうと立ち止まるリーフを、彼女は引きずっていく。
そして、ようやくたどり着いた入り口で、ダンジョンに入る直前、彼女はリーフに振り返って言った。
「で、リーフ。今日はあなたを私が助けてあげるのよね」
「そうだな」
「だったら、ゴーレムは置いていって」
「なんでだ?」
「だって、ゴーレムあったらリーフは私を助けちゃうじゃない!」
アリスが言うことには、今回は最初から最後まで自分がクエストをこなしたい。それでリーフを助けたことになるだろうから。でも、リーフがゴーレムを連れていたらうっかり自分を助けてしまうかもしれない。そうしたら、自分はいつまでもリーフを助けられない、とのことだ。
「しかし、万が一ってのもある。俺がゴーレムを連れてないせいでお前を助けられないというのは、さすがに寝覚めが悪いぞ」
「私だって魔術師のはしくれよ! 助けがなくたってやれるわ!」
その強硬な態度に、リーフはやれやれ、と肩をすくめる。
「わかった、わかったよ。今回は完全に、アリスに任せる」
「分かればいいの! せいぜい私の魔術に見とれて、転ばないよう注意しなさい!」
アリスはビシッとリーフを指さすと、守衛に許可証を見せ、ダンジョンの中に入っていく。
リーフもそれに続こうとして、ふとあることを思いつき、守衛たちに話しかける。
「すまないが、少しいいか?」
「なんだ? 何か用か?」
「いや、用ってほどでもない。俺たちはこれからダンジョンに入るんだが、とある事情でゴーレムを持って入れなくってな。でだ、出てきてからまた作り直すのも面倒だし、こいつをそこの脇にでも置かせてくれないか?」
「……ははぁ、そうか。あんた、Fランクの駆け出しだろ? ダンジョン出てからすぐじゃ、確かに面倒だろうな。ゴーレム造るマナが足りなくて」
守衛の勘違いを、都合がいいとリーフは肯定する。
「そういうことだ。頼めないか?」
その頼みに守衛の片方が顎をこすって答える。
「さっきの問答も聞こえてたぜ。確かにあのねぇちゃん、気ぃ強そうだし、めんどくさそうだしな。いょし、新人応援ってことで、特別だが許可してやろう。な、いいだろ?」
そう顎をこすった方が、もう一人に確認をとると、了承の返事が返ってくる。
「しょうがない。今回だけだぞ?」
「助かる。帰ってきたら、そこの酒場で一杯おごるさ」
「そいつは嬉しいねぇ。だったら酒をちゃんとおごってもらうからおめぇ、生きて帰って来いよ」
「ありがとう」
リーフは二人に礼を言うと、ゴーレムを脇に置いて、アリスの後を追うのだった。
入り口をくぐり抜けてダンジョンに入ると、意外なことに明かりが点いていた。鉱山がダンジョン化した影響なのだろうか。不思議なものだとリーフは思った。
そのまま少し歩くと、その先の小部屋でアリスがぷりぷり怒りながら待っていた。
「何してたの。遅かったじゃない」
「ま、少しな」
「子供じゃないんだから、変なところで立ち止まるのはやめてよね! 心配になるじゃない!」
「フフ、ああ悪かった。気を付けるよ」
アリスの言うことはもっともである。だが、怒っている態度とは真逆のセリフに、思わずリーフは笑ってしまうのだった。
「もう……。じゃあ、進むわよ」
アリスを先頭にダンジョンを進み始める。
こうしてクエストが始まった。
「ところでアリス。ダンジョンで注意するべきことを教えてくれないか?」
歩きながらふと沸いた疑問をアリスに聞く。リーフはダンジョンに入ったことがないため、何か注意するべきことがあるなら聞いておきたかった。助けられる実績を稼ぐという目的もある。
「あ~、うん、知ってるのよ。知ってるけども、ほら! 私って見かけによらず口下手だから! しょうがないわねドゥーズミーユ。説明してもいいわよ!」
非常に分かりやすい態度である。だが、あれだけ大口を叩いた手前、知らないとも言いづらいのだろう。
「そうか。じゃあ、ドゥーズミーユ、頼む」
「かしこまりました、リーフ様、アリス様」
懐から出てきたドゥーズミーユは、ひょいとリーフの肩に乗る。どうやら、腰を据えて説明するようだ。
「そもそもダンジョンとは、高濃度のマナが洞窟や建物に溜まった際に変異して、生物のようにふるまうようになったものです。そして宝や資源で人や生物を釣り、内部に生息する魔物を利用して殺すことによってエネルギーを得ます。多くの人間を喰らったダンジョンは進化し、巨大化していきます」
「そいつは恐ろしいな」
「ダンジョンはベースとなった構造物にもよりますが、基本的に複数の階層に分かれています。各階層の階段前には門番が存在し、それを倒すことで次の階層へ進めます。最深部には、心臓ともいうべきダンジョンコアと、それを守る守護者が存在します。コアを破壊することでダンジョンそのものを壊すことができますが、ダンジョンは資源を生み出すので破壊することは、基本的に禁止されています」
「なるほど」
「……ふむふむ」
アリスが小さく頷いている。リーフはそれをちらりと見て、今回のクエストの行く先に不安を覚えた。
「で、肝心の注意事項は何だ? しっかり詳しく説明しろよ」
「ダンジョンの注意事項はいくつかあります――」
ドゥーズミーユは朗々と説明していく。曰く、敵を深追いしない、小部屋に注意する、地面や壁が脆い場所に注意するなどなど。
「特に小部屋や脆い地面の先には、強力な魔物が潜んでいる可能性が高いのです。俗にこれらはトラップと呼ばれます。ダンジョンが冒険者を喰らうための罠というわけです。ダンジョン探索において最も注意しなければならないことの一つと考えます」
主な注意点は以上だと考えます。そう言って言葉を締めた。
そのよどみない説明に、さすがは俺の最高傑作、とリーフは内心にやついた。
「そう、そう言いたかったのよ! ありがとね、ドゥーズミーユ。分かりやすく説明してくれて」
「理解した。ありがとう、ドゥーズミーユ。それにアリスも」
リーフはとりあえず、アリスを持ち上げることにした。
「それと、リーフ様は理解なさっているでしょうが……。ダンジョンの壁や床からゴーレムは作れません。これはしっかりと心に留めておいてください」
「え、そうなの?」
驚いたようにアリスが呟く。
「……創造魔術は疑似的な命を与える魔術だ。すでに生きているものに命を与えることはできないのさ」
「へぇ~……」
知っているからゴーレムを置いてこさせたんじゃないのか。リーフはその言葉を飲み込んだ。
「で、でも私が全部助けてあげるんだから、リーフがゴーレムを作る機会なんてないじゃない? 問題ないわね!」
「そうだな。ところで今回の鉱山ネズミだったか? そいつについても教えてほしい」
「かしこまり――」
「いいわ、ドゥーズミーユ! ここは私が説明する!」
アリスはビシッとドゥーズミーユを遮る。出がけにギルドで聞いてきたのだろう、さっきと違い自信満々だ。
「ネズミって言っても町に出るようなネズミじゃないわ。鉱山系統のダンジョンによく見られるゴブリンの一種よ。体格は子供程度。鉱物をかじるところから鉱山ネズミと名づけられたそうよ。戦闘能力は高くないけど、常に数匹以上で行動してるから注意が必要ね」
「ほほう、さすがだな。だが、敵は複数なんだろ? 本当に一人で大丈夫か?」
「私を誰だと思ってるの? まあ、見てなさい」
ふん、と胸を張る。相当自信があるのだろう。
「なら任せたが……危ないと思ったら援護するからな」
「そんな機会は来ないけどね」
そんなことを言いつつ通路を曲がると、正面にいくつかの気配が現れる。
自信たっぷりのセリフを言いながらも初めてのダンジョン。さすがに警戒していたのであろう、アリスはサッと杖を構えると、ゆっくりと気配に近づく。
通路の明かりに照らし出されたのは、4体の醜悪な魔物だった。灰色の小さな体で背中には鉱物のような突起がいくつか生えている。顔には大きく突き出した鼻にとがった耳、そして鋭い二本の歯。釣り上がったその目はギョロギョロと忙しなく動いている。
「あれが鉱山ネズミか?」
小声でリーフが聞く。
「そうよ」
やや緊張した面持ちでアリスが頷く。ゆっくりと杖の先端を標的に向ける。
鉱山ネズミ達はまだこちらには気づいていないようで、ギィギィと耳障りな声を上げている。
「見てなさいね、私の炎魔術」
アリスは小声で、しかししっかりと詠唱を始める。
「火よ。一陣の焔火よ。我がマナに従い敵を薙げ。“中位炎投刃”」
ネズミ達がその声に気付くのと、杖から炎の刃が打ち出されるのは同時だった。
高速で迫りくるその炎に、ネズミ達は声を上げることなく真っ二つに焼き切られた。
「どうよ私の炎は! すごいでしょ! ね、ねっ!」
「あー、すごいな。さすがだ」
リーフは適当に合わせる。だが、そんな返事でもうれしいのか、アリスは自慢げに胸をそらす。
「ふふん。まあ? 私にかかればこんなものよ! リーフに助けられなくたって全く問題ないわ! むしろ私が! リーフを助けてあげるんだから!」
「喜んでいるところ悪いが……」
「どうしたの? ああ、お礼を言いたいのね! ふふ、そんなかしこまらなくたっていいのに。でもそうね。助けられたんだから、お礼を言うのも当たり前よね!」
「そうじゃなくてな……ネズミどもの死体、消えかけてるぞ?」
「……え?」
慌ててアリスが振り返ると、鉱山ネズミたちの死体は溶けるように消えかけていた。
「うそ!? 耳も素材も採ってないのに!」
今回のクエストは鉱山ネズミをそれぞれ十匹ずつ、合計二十匹倒すことだ。そして討伐証明として耳が必要なのだ。
「ダンジョン内の魔物は絶命するとダンジョンに還元されます。その過程で死体があのように消えるのだと考えます」
「ちょ、ちょっと、そういうことは早く言ってよ~~~!」
慌てて溶けゆく死体に駆け寄るアリスを見て、リーフは苦笑するのだった。
割烹のほうにリーフ、アリスの容姿や設定を書いているので興味があれば。たまに設定も書いていこうかと思ってます