1-9. 理由
「あんまり使うと追っ手にかぎつけられるんじゃないかなと思って」
「そ、そうなのか」急に目の前の人物が怪しく思えてきた。「追っ手をつけられるとは、そなた何をしたのだ」
「簡単に言うと、ぼくが一族の掟というかルールを守らないから、ですね」カイは肩をすくめた。「でもぼくは好きなようにやりたいので、逃げちゃいました」
「一族? 動術家の一族ということか?」
「まあそこらへんも秘密のないしょで」
ぐむう……。もっと問い詰めたいが、この者に案内を頼むしかない以上、無理に訊くこともできぬか。機嫌を損ねてガイドを断られても困る。
それはそれとして、追われているということは……?
「…………。まさかだが、命まで狙われているということではあるまいな?」
「えーっと。あ、そうそう。だいじょうぶです。あなたの命はぼくが守ります」
「わたしまでまとめて狙われるというのか! いい笑顔しよってからに!」
「冗談ですよぉやだなぁ。攻撃されるとしたらぼくだけですし、同じところによほど長く滞在しなければそうそう見つかることはありませんよ」
カイはそう言ってからからと笑った。
ちょっと信用ならないが……。しかしまあ、信じるしかないか。
父を捕まえるだけでも難儀なのに、誰ともわからぬ者から命を狙われたのではやっていられない。どうか言うとおりであってくれ。「神様トーマ様スラオヤ様……」と心の中で神頼みするぐらいしかできないのがもどかしい。
わたしは腰に手を当て、一息ついた。
「それにしても、そなたはその調子であちこちの辺境をさすらってきたのか。いつ終わるとも知れぬ旅だな。追っ手があきらめるまで放浪を続けるつもりか? それだけの理由で僻遠の地ばかりを訪れてきたわけではあるまい。なにか目的があるのだろう?」
わたしの問いかけに、カイはちょっと得意げに答えた。
「ある文筆家が言っていました。『旅に出る理由を訊かれると、いつもこう答える。自分が何を避けているのかはよく知っているが、何を求めているのかはよく知らない、と』」
わたしはそれを聞いてふき出してしまった。
「ははははは! わたしがいままで読んできた『題材』にはさまざまな旅人の矜持が書かれていたが――さすがは酔狂なるカイヴァーン、一番気の利いた答えだ。歩き回るために歩き回るというわけか」
これ以上「さすらわずにいられない者たち」をうまく言い表した言葉はあるまい。
わたしは、これから追いかける人物を想像しないではいられず、独りごちた。
「父もそうなのであろうかな」
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