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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
終章  圏内魔境
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5-4. 回答

「………………」

 ラーシュは沈黙していた。

 それがどれほどの時間であったか。もしかすると、呼吸一つほどの時間であったかもしれない。

 わたしにはその百倍にも感じられたけれども。

 しかして、為されたラーシュの回答は、わたしの望みどおりのものだった。

「旅を好むのはわが一族の宿病(しゅくびょう)であるとはいえ、このような形で向き合うことになるとは思っていませんでしたよ」

 ラーシュは嘆息し、わたしに向き直った。

「あなたと契約しましょう。ただ、結婚するかどうかにはわたしたちは関与しません」

 わたしは感情を表に出すまいと必死だった。

 あくまでも、商談成立の喜びの範囲で収まる表情になるよう努めた。

「腕輪は……そうですね。これを着けてもらいましょう」

 ラーシュは外套の中から左手を出すと、手首にはめていた白金色の腕輪を取り外した。

 淡い月明かりの中でもはっきりとわかる、幻妙(げんみょう)な輝きを持った腕輪だった。植物の蔓が複雑に絡まり合ったような造形からして、カイがはめているものと同形と思われるが、こちらのほうが何倍も美しい。

 いかにも高価そうだし、ラーシュ自身の持ち物と思うと何か恐ろしい力が流れ込んできそうで触るのも気が引けたのだが、わたしは黙って受け取り、同じように左手首にはめた。()(がね)がかちりと音を立てる。

「けっこう。それを外したとき、あなた方が離ればなれになったとき、そして彼が過ぎた<力>を使ったとき、契約は終わるものとお考えください。なお、あえて言っておきますが、これで何の障害もなくいられるとは思わないことです」

 それだけ言い残し、ラーシュはローブをふわりとひるがえして飛び去っていった。

 闇夜を白き流星がひそやかに駆けてゆくのを、わたしはしばらくのあいだ、呆然(ぼうぜん)と眺めることしかできなかった。

「………………っ。ぶっはぁああぁぁあああー」

 緊張の糸が切れてわたしはへたりこんだ。ただ立って話していただけなのに息が荒くなってしまった。心臓はまだ飛び跳ねるのをやめてくれない。

「あはははははは!」

 わたしはぎょっとして振り返った。カイが大笑いしている。

「いやいや。予想をはるかに超えてました!」

 カイがこんなに感情を高ぶらせることがあるとは。あっけにとられてしまった。

 しかし、彼の意外な笑い声のおかげで緊張はどこかへ吹き飛んで、わたしは余裕を取り戻すことができた。

「ふ、ふん。世界広しといえども、カイを困惑させられるのはわたしくらいであろう。きっと驚くだろうと思って、あえて何も言わないでおいたのだ。感謝するがいいぞ」

「ええ。本当にしてやられましたよ。感謝感激雨あられです。おかげでもうしばらく旅が続けられます。ああ、おもしろかった」

 わたしとしても大満足の結果だ。ラーシュに了承させたことも、カイを仰天させたこともそうだが、わたし自身の()り方に、ようやくけりをつけられたのだから。


次回 >>> 最終話「 さすらい 」

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