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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
終章  圏内魔境
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5-3. 取引

「――取引を、したい」

 意を決してわたしは言った。

 ラーシュの表情は動かない。わたしはそのことに少し安堵した。聞く気は、ある。

「わたしの依頼が先ほど完遂(かんすい)されたのはご存じだろう」

 きっとどこかでわれらを見張っていたのだろうと思い、わたしはそう言った。

 案の定ラーシュは答える。「それゆえに私はこうしています」

「そこでだ。わたしはカイに新たな依頼をしたいと思っている」

 ラーシュは少々(まゆ)をひそめて、

「……。何をそんなに彼にこだわるのか、わかりかねますね。そんなことが聞き入れられると思いますか?」

 優しげな声に含まれたわずかな(とげ)にひるみそうになるが、わたしは(つと)めて冷静に、

「まあ最後まで聞かれよ。自分に都合のいいことばかり言う気はもちろんない。わたしは、一人前ではないが公正な商人であるつもりだ。この取引は、わたしと、カイと、ラーシュ殿の三者にとって、意義のあるものだと思っている。

 ――わたしはこのあと、ふたたび旅に出るつもりだ。目的地があるわけではない、さすらいの旅になる。わたしはこの世界のことをもっとよく知りたい。言葉の通じぬところへだって行ってみたいと思っているんだ。だがわたしは未熟者で、介添人(かいぞえにん)が必要不可欠。それをカイに頼みたい。しかし、ラーシュ殿がカイを野放しにしたくないということも重々承知している。だから、取引だ」

 迷いがなかったわけではない。

 でも結局は、わたしの中にある決意が、わたしの口を動かした。

「わたしがカイの監視役を引き受けよう。彼の行くところへはどこへでもついていき、わが命果てるまで目を離さぬと誓う。そのためならば、わたしにもあの腕輪を着けていただいてよいし、誓うだけでは足りぬならば、――――足りぬならば、わたしは彼と結婚してもよい」

 さすがにラーシュの表情が変わった。

 わたしがカイと結婚したならば、カイはわたしの縁者(えんじゃ)となり、一族外の者といさかいを起こしたくないラーシュたちとしては、無茶はできなくなる。それは容易に想像できるだろう。だからこそ(、、、、、)、だ。わたしの覚悟が伝わることが重要なのだ。

 カイはどんな顔をしているであろうな。とても視線を向ける気にはなれない。

 カイからは不服の声があがることはなく、それがかえってむずがゆかった。

「安心してほしい。わたしの洲ではめったなことでは離婚はできぬ。だから、ラーシュ殿をだますつもりで言っているのではないと、わかっていただきたい。わたしにも、カイにも、ラーシュ殿にも利益のある提案だと思う。――いかがだろうか?」

 余裕の面持ちを保って(たた)みかけつつも、わたしは高鳴る胸を懸命に抑えつけていた。

 目的のない旅はカイがもっとも望むものだ。それにわたしは帯同(たいどう)する。カイは引き続き腕輪を着けるし、監視役としてわたしも同様。カイがわたしから離れれば、すぐにラーシュたちにわかるだろう。カイは旅を続けるが、勝手な振る舞いはできないから、一族としては最低限の用は果たせるはずだ。それに、カイをこのまま連れ帰ったとして、また何か悪だくみをして逃げ出す可能性があることは彼女らも考えているに違いない。ならば、わたしがする「ゆるやかな監視」にも利点を見出すことができるだろう。加えて、結婚を言い出すほどの人間の願いをむげに断れば、余計に面倒な事態になる可能性があると考えるはずだ。――――説得力があると思った考えが、頼む説得されてくれという願いが、頭の中をぐるぐると巡った。

 あとの希望は――ばかげた期待だろうとは思うが――、わたしが旅の途中で命を落とすその時まで、あるいは老いさらばえてさすらいを辞めるその時まで、彼女らが十分に「気が長い」かどうかだ。


次回 >>> 「 回 答 」

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