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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
第4章  永久平和のひととき
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4-17. 教祖

 教会船のそばまで来た時、船の上に付いた鐘が鳴った。

 それとともに、われらに疑念の視線を浴びせていた住民たちがひざまずき、船に向かって拝みはじめた。

 なんだ? どうした?

 その疑問はすぐに氷解(ひょうかい)した。

 係留(けいりゅう)された船からひとりの老人が下りてきたのだ。街の誰もがその老人に向かってひれ伏している。

 真っ白の髪と長いひげ。しわが多数刻まれたその顔は、驚くほど穏やかなものだった。

 説教師とわずかに異なるだけの意匠の僧服に包まれ、長く人々を導いてきた自信があらわれた物腰は、教祖としての威厳を十二分にたたえたものと見えた。

 屋根の上のオブジェと同じ形の首飾りが、しゃらんと揺れて淡く光った。

「あなたたちですね? 先ほどから街を騒がせているのは」

 年輪を重ねた声。老人はわれらの前へゆっくりと進み出でる。

 教祖オロイシュ。彼にまちがいあるまい。初めて会ったはずだし、今しがた船から下りてきたばかりなのに、すべての事情を把握しているような口ぶり。

 やはりこの街がこのようにして在るのは、こいつが主因か。

 しかしオロイシュは敵対的な目つきを向けてくることはなかった。あくまでも優しい声色でもって彼は言う。

「戦うのをやめ、祈りなさい。わだかまりを捨て、心を(しず)かに保ちなさい。川は清らに流れ、木々は豊かに実をつけ、大地も風も我々に大きな恵みを与えてくれる。不足なものは何もありません」

オロイシュの言葉は(おごそ)かに響き、篤実(とくじつ)さを感じさせるものではあった。

 されどわたしは言い返す。

「ご高説は結構だ。平和な世界を望む邪魔をしに来たわけではない。われらは偶然迷い込んだに過ぎず、ここから出られれば口出しも手出しもせぬ」

「平穏なるわが国。争いごとを好まず信仰厚き人々。なにものにも(おび)える必要はありません。ここから出てどこに行くというのです? 世界には戦いが満ちあふれ、いつも誰かから奪い取ろうと野心に満ちた人々が跋扈(ばっこ)しています。日々をただ穏やかに暮らしたいだけなのに、理不尽な出来事は数限りなく起きる。あなたにも心当たりがあるのではありませんか? いったいここの何が不満なのです?」

 もちろん心当たりはある。この旅が始まったのがまさしくそれだ。

「みなが一つになれば永劫の安寧が約束されるのです。粗暴な世界からは隔絶(かくぜつ)されながら、それでいて繁栄は続いていく。理想の社会がここにはあるのですよ」

 だが甘言(かんげん)には乗らない。

 わたしは題材屋の店主室で日々に飽いていた自分を覚えている。倦んだ毎日に刺激を求めておきながら、理不尽を喰らわされて不満を言い、また平穏を求める。そしてきっとまた飽いていく。すべてはその繰り返しだ。

 しかし、その過程で負った傷が、直面した世界の驚異の数々が、今のわたしを支え、そして未来のわたしを強くしてくれるだろうということを、この旅で知った。わたしは明日、もっと強くなりたい。明日のない街に、わたしの居場所はないのだ。

「この街に不満はないが興味もない。美しき夢はおのれらだけで見てもらいたい」

「夢……?」

 オロイシュの声音が変わった。

「夢ではない!」

 わたしをねめつけながら、これまでとは打って変わって激しい口ぶりだった。

 途端に、船の鐘が囂々(ごうごう)と鳴りはじめる。

「ここは理想郷。永遠に持続し、永久に平和な場所。私が作り上げたこの国はいかなるものからも切り離されてここに存在しつづける。世界中が戦いに染まろうとも、世界のすべてが破滅しようとも、ここだけは誰にも犯されない。すでにあなたたちも私の大事な民草(たみぐさ)だ。この街を出ることはゆるされない!」

 オロイシュは絶叫(ぜっきょう)した。


次回 >>> 「 威 力 」

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