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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
第4章  永久平和のひととき
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4-10. 剣技

 人影が細長く路地へと差し込む。立っていたのは真っ黒の僧服を着た男。顔をはっきり覚えていないが、おそらく父が聞き入っていた説教師だろう。

 われらは一斉に身構えた。説教師は続ける。

「さらには説教を途中で放棄する。信徒(しんと)の連れ去り。そんな(やから)が野放しにされているなど、あってはならないことです。あなたがたは、教祖様の教えに帰依(きえ)し、永久的な平和のために信心(しんじん)しなければなりません」

 いさめるような口調とは裏腹に、彼の頭部には完璧な笑顔が張り付いていた。

 かと思うと、彼の顔は次第に(ゆが)んでいった。

 頭から、耳から、頬から、口から、(あご)から、そして全身から、石のごとき硬質な物体が不快な音を立てて「生え」出したのだ。

 眼球は青黒く変わり、石の生えた口の奥から、妖しく変化した声が響いてくる。

 それは金属がこすれあったような、奇妙に甲高(かんだか)く、耳障りな声だった。かろうじて聞き取れたその声は、こう言っていた。


「永久平和! 永久平和! 永久平和!」


 わたしは怖気(おぞけ)立って一瞬硬直してしまい、反応が遅れた。

 その間に説教師は突進してきた。体から石をぼとぼと落としながら。

 両手を大きく広げ、わたしを石の波で呑み込もうとするかのようだった。

 まずい。まずい。まずい! しかし体がついてこないっ。

 わたしは思わず目をつぶった。


ザギッ!!


 鈍い金属音がして、説教師が放っていた奇怪な音が静かになった。

 恐る恐る目を開けると、そこには、首のない説教師の体があった。

 わたしは驚いて悲鳴をあげそうになったが、どうにかこらえた。と思ったら、足下に説教師の首がごろんと転がってきて、やっぱり悲鳴をあげてしまった。

「サーラ、まだまだ修業が足りんようだな」

 いつのまにか剣を抜いていた父が、自慢げに言ってきた。

「やあやあ。バダルさんお見事」

 カイは能天気に拍手している。

 いったい何が起こったんだ?

 わたしが困惑していると、そばに寄ってきたサーキィが言った。

「父君 すばやかった」

「はっはっは。どんなもんだ俺の技は。まだまだ俺は若いぞ!」

 そう言って父は力こぶを作ってみせる。

「サーラさま だいじょうぶ?」

 サーキィは、しりもちをついているわたしの肩にやさしく手を添えた。

「あの一瞬で……」

 わたしが驚愕のあまり身動きできないあいだに、父は剣を抜いて説教師の首を斬り飛ばしたというのか。なんたる早技。

 わたしは父が剣技を披露するのを見たことがない。長年無事に旅をしているのだから、もちろん相応の武芸を身に付けているのだろうと思ってはいたが、ここまでの技量だとは。

「なんでしょうかね、この化け物は――おっと」

 説教師の体に近づいて眺め回していたカイは、すっと身を引いた。

 石だらけだった説教師の体は、徐々に砂のような粒に変わって、崩れていった。黒い僧服さえも粒となり、人の形になって生々しく残った。

「うわっ。こっちもか」

 わたしの近くに転がっていた首も、体と同じようにして砂粒へと変化していく。髪の毛一本残さず、ただの砂山になってしまった。

「まったく、なんなんだこいつは」

 父が剣先で首だったものの砂山をさらうと、中にきらりと光るものがあった。

「父上、それは――」

「む?」

 父は無造作(むぞうさ)に砂に手を入れ、光る物体を拾い上げる。

 砂のようには見えるものの、よくもまあ得体の知れぬものに手を突っ込めるな……とわたしは変に感心していた。

 それはさておき、砂が払われたその物体には見覚えがあった。


次回 >>> 「 似 霊 」

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