4-9. 蠢動
父をにらむわたしをよそに、カイはあごに手をやって考えこんでいた。
「ふーむ……。状況からすると、精神操作にかかったということになりますかね」
「まあ、そういうことなのだろうな。うまくやられてしまった」
「精神操作だと? そんなことができる術があるのか?」
「サーラさん、そんな術が存在してるかどうかは問題ではないんです。ここはすでに異常な空間なんですから、どんなことが起きても結果だけを受け入れればいいんですよ」
「うむうむ。さすがカイ殿」
「む、むむ」
ぐぐぐ。少年と中年がわかりあった顔をしよって。なんだなんだ。一級のさすらい人のあいだでは、これぐらいの超常現象は当たり前だとでもいうのか。
地団駄を踏みたいが、立ち上がるのが面倒なので、代わりにふたりをねめつけてみるが、ふたりともどこ吹く風である。
「何がどうなってそうなったかはともかく、そういう現象が起きたということは事実です。ぼくたちも日が落ちるまでにどうにかしないといけませんねぇ」
「あ、そうか……。われらも父上のようになってしまうということか」
「まことに遺憾ながらそういうことです。バダルさん、この都市についてセアンの図書館で調べてたんでしょ? 教えてください」
「ああ、役に立つかどうかわからんが――」
父はごほん、とせきばらいをした。
「わかっていると思うが、この都市は大昔に滅んでいる。滅んだのは三百年前とも四百年前ともいうが、正確なことはわからん。平和を絵に描いたような都市だったらしいが、よそから拡大してきた戦乱に巻き込まれてあっさり壊滅、生き残った住民はほかの土地に散り散りに移り住んだようだ。以後、このあたりの支配者は何度か変わったが、もともと便の悪い土地だし、ここいらはずっと無人地帯だったみたいだな。それで荒れ放題となってしまったわけだ」
「父上、セアンの人たちは?」
「セアンの始祖がこの地にやってきたのは百五十年ほど前。森の下流を切り開こうとすると、時々人が行方不明になってしまう。そのことはおとぎ話や怪談になって連綿と受け継がれ恐れられ、ここは依然として森のまま、と」
「ということは、その神隠しに遭ったセアンの人も父上と同じように――」
「ああ、もうほかの住民と区別がつかないほどに取り込まれてしまったんだろうな。不憫なことだ。偶然この森を通りかかった行商人や旅行者もいるかもなあ。俺ももう一晩あのままだったら、どうなっていたことか……」
恐ろしい。恐ろしい。
あんなに幸せそうにしている住民たちばかりなのに、その中には不本意にもここへ連れてこられ、家族と引き裂かれた人がいるのだ。
むりやりにここへ引き込まれ偽りの笑顔をさせられ、そのことを強化するように、あちこちで辻説法が為されている――
わたしはぞわぞわと湧きあがるこの上ない気持ち悪さにとらわれた。いま感じている路地の質感さえも汚らわしい。こんなところに取り込まれるなど、まっぴらごめんだ。
「歴史書には、この都市の統治者であり宗教指導者だったという、オロイシュなる男の名前が記されている。だからここの宗教はオロイシュ教と近隣では呼ばれていたらしい。オロイシュは数々の奇跡を起こしたとされていて、それゆえに民衆の信仰は厚く、小都市ではあるが長く安寧を謳歌したそうだ」
「今のこの街の状況は、その時代を映しているというわけか……」
わたしは路地から通りのほうへ目をやった。往来する人々がなごやかに過ごしている雰囲気が伝わってくる。
争いのない街。それが静かに存在しているだけなら実に結構なことだ。たとえこんな浮き世離れした時空間であったとしても。
しかし彼らの背後には、人の魂を呑み込もうとする「何か」が蠢動している。そう思えば、笑顔の絶えない彼らが、その笑顔のゆえにいっそう気味悪く感じられてくるのだ。
「それで、そのオロイシュとやらに会えれば、街を出る手がかりがつかめるんじゃないかと思ったんだが……居所をつかんだ時にはもう日が落ちていた。時間切れさ。はっはっは」
「父上、笑い事ではないぞ」
「まったく笑い事ではありません。暴力の徒がこの街にいるなど」
その声は、先ほど見た通りのほうから差し挟まれた。
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