1-6. 依頼
わたしは少年の手を取って力強く言った。
「ついては、お力を貸していただけないだろうか? むろんサファル商会から十分な依頼料を支払うつもりだ。わたしは商会の経営者見習いとして題材屋の店主をやっているに過ぎない身だが、支払いは百万の努力をもってすることを約束する」
「依頼。ふむ。その手紙を預かった町までのガイドを?」
「しかり。が――わたしの見たところ、そなたはずいぶんと若く見えるのに、練達の旅人と見受けられる。わたしはこの洲を出たことがない。父の知己でもあるようだし、その町から先へも、ともに行ってくれればうれしい」
ぶしつけなお願いだということはわかっていた。
さらに、ちょっと妙なことを言っているなと自分で自分を可笑しく思った。
この少年の風体で一線級の旅人であるならば、幼児期から経験を積んでいるということになってしまう。それは非現実的なことであろう。
洲の外には、家族で隊伍を組んで各地を巡り、商売をして回る者たちがいるという。彼の一家がそうであったとしても、この年頃で独り立ちすることはあるまい。
彼は歩く奇妙であった。
だがわたしは題材屋の主人。奇天烈なことを受け入れる心のありようにかけてはいささか自信がある。そういう生業だ。
頭を下げるわたしに、少年はあっさりと返答した。
「いいですよ。でも条件があります」
「なんだ。何でも言ってくれ」
「ひとつ。依頼料は要りません。そうですね、路銀程度はもってもらいましょうか。それ以外は無償でけっこう」
「しかしそれでは、」
わたしが抗議の声をあげきる前に。
「ふたつ。ガイドでなく仲間としてなら請け負います」
「?」
ガイドと仲間にはわたしにとって何ほどの違いがあるのか?
瞬間、脳裏にいろんな人間関係像がよぎったが、画然としない。
――――しかしなんであれ、だ。わたしは受け入れるしかないのだ、結局のところ。
母の理不尽。父の理不尽。行くも退くも、舗装されたきれいな道は期待できない。わたしがいま踏んでいる整備された石畳は、未来には続いていない。
だから考えることはすぐにやめた。
「わたしが支払うべきことが増えた気がしない条件だが……。委細は問うまい。とにかく承知した」
「それはよかった。ところで、題材屋の経営はいいんですか?」
「なに、しょせんは見習い経営者。お飾りも同然なのだから、どうということはないさ。――たぶん」
怒る母の顔がちょっと思い浮かんだが、積極的に忘却した。
「おっと、名乗っていなかったな。サーラ・サファル。サファルの名にかけて、父を捕まえるまでの道程、誠実に歩むことを誓う。また、父の手紙をここまで届けてくださったこと、こころより感謝申し上げる」
「カイヴァーン。カイと呼んでください」
「カイヴァーン! カイヴァーンとはあのカイヴァーンか!」
「どのカイヴァーンか知りませんがたぶんそうです」
カイヴァーンは飄々と答えた。
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