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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
第4章  永久平和のひととき
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4-3. 動揺

「それで、昨日はいつごろ戻ってきた? 今日は姿を見かけたか?」

 身を乗り出して問うと、店員ははっとして手を口にやり、目をきょろきょろさせた。

「……あれ? そういえば、昨夜はお戻りになってないですね。今朝も見てないし……」

 そう言ったとたん、店員の顔はみるみる蒼白(そうはく)になっていった。

「もしかして神隠しに…………! ああ、お客さん! お客さんはぜっっったい行かないほうがいいですよ、遺跡! ね! ぜったい!」

「あ、あぁ。わかった」

 店員の剣幕(けんまく)に押されて、わたしは何度もうなずいた。

「ああ……お部屋どうしようかしら……荷物残ってたらどうしよう……。宿代清算してもらってたんだっけ……」

 店員はつぶやきながらふらふらとどこかへ行ってしまった。

 店員の尋常でない態度を見て、わたしはにわかに不安になってきた。

 まさか、怪談ではなく、本当に本当の話だったというのか。とすると、父はいったいどうなってしまったのか。

 わたしは思わず席を立ち、いや待てよと思い直して座り、焦燥感にかられてカツカツとかかとを鳴らした。

「サーラさま おちついて」

「あ、ああ。しかしだな」

「バダルさんがどうしたにせよ、ぼくらがやることは決まってます。遺跡に行くことです。最初からその可能性は考えてたじゃないですか」カイはいつもの平静とした口調だった。「森で野宿しているだけかもしれません。旅ではよくあることですよ」

 珍しく慰めるようなことを言うカイ。それは単なる事実を述べただけだったのかもしれないが、今はありがたかった。

「……よし。とにかく、出かける準備をしよう。カイ、サーキィも、朝食を食べたばかりで悪いが、頼む」

「はい」

「しょうち」

 わたしは早足で自分の部屋に戻った。剣を取り上げようとしてやめ、まだ高鳴っている鼓動を抑えようと、ゆっくり深呼吸した。

 思えばおかしなことだ。父は何年も帰ってこず、そのあいだ何が父の身に起きているのかわからないはずなのに、心配で胸が押しつぶされそうになることなどなかった。きっと楽しく痛快(つうかい)な冒険をしているのだろうと思っていた。

 今わたしは、父についてのあやふやな情報を一つ耳にしただけで、動揺している。同じような出来事が、危機が、これまでだって父にはあったかもしれず、それを乗り越えられる練度(れんど)だって父にはあってもおかしくないはずなのに。

 そうわたしの理性は告げている。しかし心はいうことを聞かない。

 これが「知る」ということなのか。わたしの中で何かが変わってしまった。

 わたしは胸に手を当て、目を閉じ、もう一度深く息を吸って、吐いた。

 だいじょうぶ。なんとかなるさ。

 わたしは父からもらった剣をつかんだ。


次回 >>> 「 消 失 」

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