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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
第4章  永久平和のひととき
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4-2. 接近

 起きた時、一瞬ここがどこなのかわからなかった。

 ああそうだ、わたしはセアンに来たのだった。夜中に着いて、すぐに宿に入ったのだ。

 ファウラの話によれば、父は遺跡を見にセアンまで来ているはずである。われらは急いでやってきたのだから、父はまだきっとこのあたりにいるはず。

 今度こそ捕まえてやるぞ。

 わたしは窓から見える朝日にそう誓ってから、身じたくをして宿の食堂へと向かった。カイとサーキィはすでに来ていた。

 まずは朝食だ。さてこの土地にはどんな食べ物があるのかな……と考える必要もなく、ここでは朝食はだいたい同じ献立(こんだて)のようで、席に着くとほどなく食事が届いた。

 給仕(きゅうじ)に訊いたところ、炒めた肉と野菜を赤茄子(トマト)ソースで煮込み、そこに玉子を落としたものだとのことだ。パンが添えられている。

 熱された油の香りと、赤茄子(トマト)ソースの色つやのおかげで、腹がググゥと鳴る。はしたない。……といった感情は、あまり湧いてこなくなった。

 食べてみると、()み入る塩味と酸味と香辛料で、わずかに残っていた眠気が気持ちよく吹っ飛んでいった。赤茄子(トマト)と玉子の(いろど)りで目にも気持ちがよい。

 いいところだな、セアン。

 昨夜は、坂道だらけの町の中を疲弊(ひへい)した体を引きずって宿を探したので、怨念をたっぷり生成してしまった。朝の爽快な一食で、そんな怨念は簡単に払拭(ふっしょく)された。自分の現金さに笑ってしまいそうになるが、食事は命の基本であり旅の醍醐味であるからな。しかたがないのだ。ふっふっふー。おなかまんぞくだ。

 ――と。ひたってばかりもいられない。

「ちょっといいか?」

 食後のお茶を出してくれた店員の女の子に、わたしは声をかけた。確かこの子は昨夜は宿の受付をしていた子だ。

「この近くに遺跡があると聞いたんだが」

 と訊くとなぜか店員は一瞬ぎょっとした顔をして、

「あ、はい……。川の下流にあるといわれてますけど……」

「いわれてる?」

「町の者は誰も近づきませんし、私も行ったことがないので、本当にあるのかどうかわからないんですよ」

「そんなに物騒なところなのか?」

「物騒というか……昔からのならわしみたいなものです。神隠しに遭うからとか、迷って森から出てこれなくなるからとか、セアンではいろいろ言われて育つんです。興味本位で森に入っちゃって、そのまま戻ってこなかった人が本当にいるんですからね」

「はは、まさか」

 わたしは軽く返したが、店員は意外にも深刻な顔つきだった。

 わたしとしてはたあいもない怪談だろうと思うのだが、気にかかる態度だ。

「それにしても、珍しいこともあるもんですね。最近じゃお客さんで二人目ですよ、遺跡のこと訊いてきたの」

「!! そ、その一人目というのはどんな人だった? まだこの宿にいるのか?」

「ええっと……こう、がっしりとして背が高くって、ひげ(づら)で」

 父の風貌(ふうぼう)に当てはまっている!

「けっこう前から滞在してらっしゃいますね。連日、熱心に町の図書館に通って調べ物をしてたようなんですけど、ちょうど昨日、遺跡を見に行くと言って出かけていきましたよ。やめたほうがいいって言ったんですけどね」

 よぉーし! これはきっと父に違いない! とうとうあと一歩のところまで接近したぞ。わたしはぐっと拳をにぎった。


次回 >>> 「 動 揺 」

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