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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
第1章  父を殴りに三千里
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1-5. 宣言

「なんともたいへんなご身分であらせられる」

 少年の反応はどこかおもしろがっているようで、ほのかに腹立たしい。

「なるほどなるほど。それでぼくを探しに来たんですね」

「そなたを見失ったら、儀式を初手からつまづくところであったよ……」

 今やわたしは肩をがっくりと落とすことにかけては世界一であった。

「ぼくは、題材屋に行く予定があるならと手紙を預かっただけでしたからね。そんなことが書いてあるとは、バダルさんも人が悪い」

「まったき放浪者である父を捕まえねばならないなんて、狂気の沙汰だ! ピッサーリ・マッダ!!」

「わあ。初めて聞くフレーズだ。この土地の方言ですか? どういう意味です?」

「言わせるなっ! ……いや、申し訳ない。会ったばかりなのに失礼な言葉を……」

 つい汚言(おげん)を口走ってしまった。恥ずかしい。はしたない。わたしは平謝りした。

「いえいえ。どうせ意味わかりませんし。ちなみに、その儀式をやり遂げられない場合はどうなるんです?」

「家業を継ぐことができないのはもちろん、結婚も認められない。財産分与も不利になる。ひどいときには、洲から放逐されることもあると聞く。弟妹はいるものの、母がもしわたしに期待してくださるなら、立派に後を継ぎたい。婚約者はいないが、結婚する気だって十分あるんだ。……うう、想像するだけでおぞけだってしょうがないが、とにかく人生は真っ逆さまになるんだ」

「土地の数だけ不幸の種類があるもんですねぇ。しかし、家まで追い出されるってのはそうそうあることじゃないんでしょう?」

「うん……それはそうなんだけども……」

 わたしは母の姿を苦々しく思い描いた。

 商売においては誰にも引けを取らない聡明なる母であるが、まれに得体の知れぬ考えに取り憑かれることがある。そういうとき、母は何でもないことのように無茶を言うので、もしその行状が儀式不履行に関して発揮されたらと思うと、震えが止まらない。いったい何を要求されることやら。

 それに比べたら、父を捕まえるほうがいくらかマシな気がしてくるのである。

 いや、そちらにしたって無理であり無茶でありふざけるなであり、仮にこの少年が手紙の内容を知っていながら届けに来たのだったとしたら、「なぜ父を止めなかった!」と八つ当たりに殴っていたことであろう。

 ああ、なんて危うい人生だ。

 わたしはもう一度深く嘆息する。

「…………はあああ――――。とはいえ、だ。儀式は儀式であるからな。これも運命と思うしかあるまい……。わたしの半身の源は当の放浪者なのだから」

 わたしは自分に言い聞かせるようにしてそう言った。納得したくはないが、するしかないのだ。

「おー。それじゃあ、」

 少年の応答に便乗してわたしは宣言する。

「わたしは父を捕まえてみせる!」


次回 >>> 「 依 頼 」

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