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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
第3章  わからない日
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3-4. 客神

 なかば放心したまま朝を迎え、心完全には戻らぬままファウラと朝食をともにした。なにせこの土地では朝が早いので、心の回復には時間が足りないのだ。朝食を見て、昨夜の夕食に意匠を凝らしたパンが出たことだけは思い出せた。なお記憶に自信はない。

「……ファウラ」

「なんですか? お姉さま」

 朝から笑顔の絶えないファウラに、わたしはどうにか気力をふりしぼって尋ねた。

「初めて会った時、わたしのことを父の『親族の方』と言ったな。父からわたしのことを聞いていたのか?」

「いいえ。家族がいるらしいことは知っていましたけど、詳しいことは何も。サファルという家名も聞いたことがあったかどうかというほどで」

「では、どうやって?」

「わたくしの家は祭司をやっていると言いましたでしょう? そのせいかしら、代々とても勘がいいの。お姉さまを見た時、ピンときました。そしてサーラという名前を聞いて、確信に変わりました。名前の響きがわたくしの胸にしっくりと来ましたから」

 ファウラは自分の胸にそっと手をやった。

 ファウラが言っていた「同じ感じがする」とは、そういう意味だったか。

「昨年母が亡くなったばかりで悲しんでいたところでしたから、お姉さまに会えてわたくしはほんとうにうれしいんですよ。バダルさんも先日来てくださいましたし……」

 わたしの放心は一気に解け、身を乗り出して訊いた。

「いつだ? どれぐらい滞在していた?」

「ええと……十日ぐらい前でしたかしら。ここはすぐ出発してしまいました。母の死を知ってとても(いた)んでいましたけれど、わたくしが立派に家を継いでいたから安心したといって、長居はしませんでした」

「十日か……まだかなり離れているな。いや、ええと。それより。ごほん。ご母堂(ぼどう)を亡くされたこと、お悔やみ申し上げる。若くして祭司を担う苦労はいかばかりかと思う」

 わたしは居住(いず)まいを正して言った。

 血気にはやって礼儀に外れたなという反省と、わたしは彼女や彼女の母をどう思えばいいのだろうという疑問と、それはともかく弔いは万国共通で大事なことであろうという信念とで、ないまぜになりながら。

「ありがとうございます。バダルさんの所在を気になさっているようですけれど、お姉さまはバダルさんを探しておられるのですか?」

「そうだ。実はな……」

 わたしは父から課された成人の儀式のことをファウラに語った。

 泰然(たいぜん)としたファウラもさすがに驚いた様子で、

「まあまあ。そのようなことが」

「父は次にどこに行くかそなたに言っていたか?」

「ええ、聞きました」

「そうか! それはありがたい! ぜひ教えてくれ」

「教えてさしあげてもいいんですけど……」

「? 何かまずいことがあるのか?」

 ファウラは少し考えて、

「いまソニヤーでは困ったことが起きているのです。その手助けをしてくださいませんか? そうしたらお教えしましょう」

「……交換条件というわけか」

 おだやかな性格かと思ったらなかなかしたたかではないか。その若さで祭司の家を背負うだけのことはある、といったところか?

「そんな言い方なさらないで、お姉さま。われわれソニヤーの民は、偶然に訪れる外の者の力を客人神(まろうどのかみ)といって尊ぶのです。お姉さまがたならきっとソニヤーに幸福をもたらしてくれる、と感じたのですよ」

「祭司の勘というやつか?」

「はい」

 ファウラは己の自信に疑うところなしという顔つきだった。

 そんな顔に(こう)することができる言葉はわたしの内にない。異母妹にいいようにやられている気はしなくはないが。

「わかった。何があったか聞かせてくれ」

 そう答えると、ファウラはこうなるのがわかっていたかのように、にっこりと笑った。


次回 >>> 「 天 葬 」

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