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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
第3章  わからない日
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3-2. 沸騰

 道具屋が「祭司様」と言っていたとおり、少女がこの町で高い身分を持っていることはまちがいないようで、家の位置といい、大きさといい、町の人たちに尊崇(そんすう)の念でもって扱われていることがよくわかるありようであった。青を基調としたモザイクでいろどられた門や壁は、息をのむほど美しく、まるで空へ溶け込むかのようだ。

 われらは客間とみられる部屋へ通された。色彩にあふれた技巧的なじゅうたんが何枚も敷かれた大きな部屋だった。少女が家の召使いらしき人に指示しているのを聞くに、このまま泊めてくれるらしい。

 そのこと自体はありがたい話であるのだが、説明もなく段取りを進めていくので、こちらは状況に流されるばかりで感謝の言葉を述べるひまもない。

 すべての指示が終わって、少女は、鳥をモチーフにした柄のじゅうたんの上にゆったりと座って言う。

「みなさんもお座りになって」

 われらが彼女にならって着座(ちゃくざ)すると、少女はやさしくほほえんで口を開いた。

「今日は泊まっていらしてくださいな。あとで夕食も用意させます。お望みならば、何日でもいてくださってかまいませんよ」

「ちょっと待ってくれ。それは望外(ぼうがい)なことで感謝申し上げるが、父との関係を――」

「父? ああ、そうでしたか。あなたはバダルさんの娘なのですね」

「そうだ。わたしの名前はサーラ・サファル。バダル――バダル・サファルはわたしの父だ」

「わたくしは、ファウラ・テルベと申します。どうぞ気軽にファウラとお呼びくださいね。わが家は代々祭司をつとめております。ソニヤーを代表して、みなさんを歓迎いたしますわ」

 ファウラはそそとした物腰(ものごし)で、カイ、サーキィにも丁重にあいさつした。

「さて、バダルさんのお話しでしたか」

 ファウラは笑顔のままでありながらも、少々の躊躇を混じらせて、続けた。

「驚かせてしまうかもしれませんけれど…………。実を申し上げますと、バダルさんは、わたくしの父にあたる方なんです」

 ……?

 なんだと。

 なんだとぉ?

 なんですとぉ??

 かっ、かっ、かっ、かくしっ

「へえ。バダルさんの隠し子ですかー」

 カイが能天気に言った。

 そなっ、そなた! もう少し言葉を選べ!

「あらあら、隠し子だなんてそんな」

 ところがファウラは可笑しく思ったようで、大いに顔をほころばせた。

 なんだこれは。なんだこれは!

 頭が沸騰して、何か言おうとするのだが、口から出てこない。わたしはあわあわと唇だけ動かして、最終的には押し黙ることになった。

 ………………。

 …………。

 ……。

 まあ。

 もしかしたら、

 もしかしたらそんなこともあるのではないかと、思ってはいた。

 数年に一度しか帰ってこない父。

 母が以前「きっとどこかで子供でも作ってるにちがいない」と言っていたことがあった。それは恨みがましい様子ではなかった。まったく自然の摂理であるかのように、なんの文句もつける気がないというふうな言い方だった。それは、水が高いところから低いところへ流れるのを止められないのと同じ、と言わんばかりなのだった。

 だから、わたしはなんとなく察して、何があっても受け入れるしかないのだろうなと、あきらめの気持ちを持ってはいた。

 だが、だからといってだな……。簡単にあきらめられたら悟りは要らぬのだ。


次回 >>> 「 骨 肉 」

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