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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
第3章  わからない日
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3-1. 祭司

 けっこう時間がかかってしまったな……と、ソニヤーが見えてきて思った。

 日は傾き、陽光がもたらす熱は落ち着きはじめていた。

 先ほどまで日差しは強く、乾燥していたため、町と人が生み出す水気がありがたく感じられてしかたなかった。砂煙に巻き込まれるのはもうごめんだ……早く宿に入りたい……と心底思うのだが、くたびれていて騾馬を走らせる気も起きない。

 ソニヤーは、ヤックムとはずいぶんおもむきの異なる町だった。植物はまばらに生えているだけ。建物の外見も歴然と異なっていて、こちらでは土壁や煉瓦(れんが)がよく目に入る。家屋が全体的に土か砂の色といった様相(ようそう)で、こんなふうな中でも人は生きているのだなと変に感心させられる。

 交易路の中継点ではあるが、隊商にとってはここは一休みする程度の町であるらしく、もう少し西にあるオアシスのほうがずっと大きく豊かだとカイは言う。

 町の人々は、日光を避けるためであろう、肌をあまりさらしていない。隙間から見える肌はみな浅黒かった。

 家の色合いに比べて服装は色鮮やかで、特に女性は赤・黒・青・黄に緑色と、多色の糸をもってつむぎあげられた華やかな(よそお)いだ。砂礫(されき)の多い土地ゆえの美感なのかもしれない。男も女も帽子か布で頭部をおおっているのは、これも日よけのためなのであろう。

 ときおりそんな中にまるで違う服装の者がいる。ヤックムの人にも少し似て、おそらく町の外から来た商人なのだろうな。

「おや、もめごとでしょうか」

 カイの視線の先を見ると、町の広場にあるあずまやの下に人が数人集まって、思い悩んだ顔で話し合っているのがわかった。

 不思議に思ったのは、その人たちの中に、わたしと同じような年ごろの――いや、おそらくは年下であろう少女が一人、混ざっていたことだ。ほかはみんな年かさの男なのに。

 少女は、いくつも首飾りや耳飾りを着けた荘重(そうちょう)な出で立ちで、町を歩くほかの少女らとは明らかに異なる位の者と見てとれた。

 宿を探してわれらが広場のあるほうへ進んでいくと、

「やあ、旅の人かい? 女の人は珍しいね」

 壺や(びん)、食器を並べた道具屋の主らしき中年の男が、われらに愛想よく話しかけてきた。

「歓迎したいんだけどねえ。今ちょっと困ったことが起きててね……」

 と言って、男は広場に目を向けた。

祭司(さいし)様がたが話し合いをしてるんだけど、どうにもね」

 尋ねてもいないのに、男は人懐っこい感じで説明してくれる。旅人に優しい町なのはまちがいないようだ。

 その時、偶然こちらの方向を向いていた先の少女が、われらに気づいたようだった。

 少女は少しばかりこちらを見ていたが、視線を戻し、取り巻く男たちに何事かを話した。すると男たちは散会(さんかい)していった。

 なんであろうか、あの視線。

 例によって、旅人の姿が珍しかったというだけか?

 と考えていると、その少女がわれらのほうに向かって歩いてきた。

 近くまで来るとわかるが、やはりわたしよりは若い。わたしよりやや低い背丈。上品に切りそろえられたつややかな黒髪は、金色の髪飾りによってまとめられていた。かわいげな顔つきは年相応に見える。

 だが、まとっている荘厳(そうごん)な雰囲気から、透きとおった強い意志のようなものを感じて、わたしは少々気圧(けお)された。道具屋の店主もスッと身を引いて、緊張している様子だった。

 少女はわれらを――というより、わたしひとりを、じっと見つめてきた。

「……わたしの顔に何かついているかな?」

 できるだけ愛嬌(あいきょう)のある表情を作ってみても、少女は黙ってわたしから視線を外さない。

 向こうが勝手にわたしを見つめてきたのだが、騾馬にまたがったままなのがなぜか失礼な気がしてきて、降りようかどうしようかもぞもぞしてしまった。ええと、困ったな。どうしたものか。

 精霊人(スプライト)のそれに似ているようにも感じる、どこまでも見透かすような少女の目つき。わたしの顔というより、わたしの心の裏を見ているような眼光であり、居心地の悪い思いがする。

「サーラさま きれい だいじょうぶ じしんもって」

 サーキィがわたしの発言を受けてどこか誤解したようなことを言う。

「サーラ」

 サーキィが言うのを聞いて、少女はわたしの名を呼び、次いで驚くべきことを口にした。

「そう。あなた、バダルさんの親族の方ね?」

 わたしは思わず身を乗り出した。

「な、なぜそれを」

「わかるわ。同じ感じがするもの」

 同じ感じ――?

 そう言われると、うれしいような気がちょっとばかりしたものの、腹立たしい気持ちのほうが強く浮かんできた。放蕩者(ほうとうもの)といっしょにされては困る!

「会えてとてもうれしいわ。わたくしの家までいらして。そこで話しましょう?」

 少女はきびすを返して、何らのためらいなく歩きはじめた。その迷いのなさ、すべての状況を理解しきったような振る舞いに、わたしはあっけにとられてしまった。

「なんなんだ……?」

「おもしろい方ですね」

 カイは、ぼうぜんとするわたしの横で感心したように言い、少女のあとを追いはじめた。

「サーラさま いってみよう きっと父君の てがかり」

「そ、そうか。そうだな。うん」

 サーキィに言われてわれに返り、わたしもカイに続いた。


次回 >>> 「 沸 騰 」

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