2.5-2. 水霊
サーキィは脇の林をじっと見つめているが、わたしには変わったものがあるようには見えない。ただ木々が鬱蒼と生えているだけだ。
「精霊人の けはいがする」
「なんと。こんなところにか?」
こんなところに、と言ってみてから、むしろこういうところにこそ精霊人はいるものだったな、と思い直した。
本来、精霊人はあまり人と触れ合わず、原野で暮らしている。かといって、積極的に避けているというわけではないし、人の社会に順応する者もいるにはいる。
が、こうして山の奥深くに暮らしている一部の者たちは、人前に姿を現すことはめったになく、気配をつかむのは困難だ。サーキィがいなければ気づかなかっただろう。
「あいにいって みたい」
サーキィは林の先にずっと視線を送り、うずうずしている様子だった。こんなサーキィを見たことはほとんどない。
「だいじょうぶなのか?」
「どこにすんで いても 精霊人はひとぎらいでは ない」
「それならばいいが」
われらは騾馬を下り、近くの木につないだ。
サーキィが見ていた方向をあらためて見てみると、まったく道がない。草が高くぼうぼうと茂っていて、先が見通せぬ。この中を進むのか……。
わたしが逡巡している間に、サーキィはさっさと分け入っていた。
賞賛されてしかるべき行動力だな、と思ったが、そういえばサーキィは地霊人なのだった。地霊人にとってはこういうところをかき分けていくのはどうということはないか。
地霊人ならぬ身として、まとわりつく草を苦労してよけながら、サーキィのあとをがんばってついていく。
むせるような草のにおい。ああ、題材屋の店主室の快適さがなつかしい。書類に囲まれて倦んだ気持ちになったり、わけもなく厭世的な気分になったりもしたこともあったけれど、目の前を飛びゆく羽虫にぎょっとしたり、蜘蛛の巣だか何だかわからないものが髪に付いたりはしなかった。
平坦さという概念に欠ける地面のせいで、何度も足をひねりそうになった。ふと、わたしのうしろに続くカイを振り返ると、すずしい顔でひょいひょい歩いている。く……わたしひとり鍛練が足りないようだな。すずしい顔税を徴収したい。
カイのさらに後方には騾馬がいるはずだが、もう見えなくなっている。そうとう奥まで来たようだ。
それにしても、先ほどからやけに湿気があるように感じるし、妙なにおいがする。この先に何かあるのだろうか?
「ついた」
先に茂みを抜けたサーキィの声が聞こえた。
わたしもようやく草まみれを脱する。そこには、くずれた円を描くように岩石がごろごろ並んでおり、あたりには湯気がもうもうと立ちこめていた。
「温泉……か?」
「温泉、ですね」
思わず口にしたわたしに、続いて茂みを抜けてきたカイが答えた。
これか。これが温泉というものか。
こんな山の奥深くにあるとは。これでは、めったなことでは見つけられまい。
温泉は、岩に囲まれた中に満々と湯をたたえていた。湯はわずかに白くにごり、少々鼻につくにおいを発している。
こんな山の中で入浴するのは気後れするが、けもの道を進んできたから汗をかいているし、体に変な虫が付いている気がするしで、さっぱりしたい気持ちはもちろん山盛りだ。
「にんげんだ」
「にんげん」
湯気の向こうから、高い音域の声が二つ、共鳴するように届いた。
湯から上がる水音がする。声の主ふたりは湯気を通り抜けてこちらへやってきた。
真 っ 裸 で。
わたしは武術の達人のごとき速さでカイの目をふさいだ。
「なんですかなんですか」
カイは抗議しながらわたしの手をかいくぐろうとする。
ええい、神妙にせよ。見るなの禁忌だ。
現れたふたりは、秀美な青銅色の髪を長々と垂らし、一糸まとわぬ赤銅色の肌の上には、まさしく女性の乳房を持っていた。
女の精霊人がふたり、われらの眼前にいた。
「水霊人」
サーキィがつぶやいた。
次回 >>> 「 温 泉 」




