表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
閑話  隠れ湯けむり霊泉探訪
36/79

2.5-2. 水霊

 サーキィは脇の林をじっと見つめているが、わたしには変わったものがあるようには見えない。ただ木々が鬱蒼(うっそう)と生えているだけだ。

精霊人(スプライト)の けはいがする」

「なんと。こんなところにか?」

 こんなところに、と言ってみてから、むしろこういうところにこそ精霊人(スプライト)はいるものだったな、と思い直した。

 本来、精霊人(スプライト)はあまり人と触れ合わず、原野で暮らしている。かといって、積極的に避けているというわけではないし、人の社会に順応する者もいるにはいる。

 が、こうして山の奥深くに暮らしている一部の者たちは、人前に姿を現すことはめったになく、気配をつかむのは困難だ。サーキィがいなければ気づかなかっただろう。

「あいにいって みたい」

 サーキィは林の先にずっと視線を送り、うずうずしている様子だった。こんなサーキィを見たことはほとんどない。

「だいじょうぶなのか?」

「どこにすんで いても 精霊人(スプライト)はひとぎらいでは ない」

「それならばいいが」

 われらは騾馬を下り、近くの木につないだ。

 サーキィが見ていた方向をあらためて見てみると、まったく道がない。草が高くぼうぼうと茂っていて、先が見通せぬ。この中を進むのか……。

 わたしが逡巡(しゅんじゅん)している間に、サーキィはさっさと分け入っていた。

 賞賛されてしかるべき行動力だな、と思ったが、そういえばサーキィは地霊人(ノーム)なのだった。地霊人(ノーム)にとってはこういうところをかき分けていくのはどうということはないか。

 地霊人(ノーム)ならぬ身として、まとわりつく草を苦労してよけながら、サーキィのあとをがんばってついていく。

 むせるような草のにおい。ああ、題材屋の店主室の快適さがなつかしい。書類に囲まれて()んだ気持ちになったり、わけもなく厭世(えんせい)的な気分になったりもしたこともあったけれど、目の前を飛びゆく羽虫にぎょっとしたり、蜘蛛(くも)の巣だか何だかわからないものが髪に付いたりはしなかった。

 平坦さという概念に欠ける地面のせいで、何度も足をひねりそうになった。ふと、わたしのうしろに続くカイを振り返ると、すずしい顔でひょいひょい歩いている。く……わたしひとり鍛練が足りないようだな。すずしい顔税を徴収したい。

 カイのさらに後方には騾馬がいるはずだが、もう見えなくなっている。そうとう奥まで来たようだ。

 それにしても、先ほどからやけに湿気があるように感じるし、妙なにおいがする。この先に何かあるのだろうか?

「ついた」

 先に茂みを抜けたサーキィの声が聞こえた。

 わたしもようやく草まみれを脱する。そこには、くずれた円を描くように岩石がごろごろ並んでおり、あたりには湯気がもうもうと立ちこめていた。

「温泉……か?」

「温泉、ですね」

 思わず口にしたわたしに、続いて茂みを抜けてきたカイが答えた。

 これか。これが温泉というものか。

 こんな山の奥深くにあるとは。これでは、めったなことでは見つけられまい。

 温泉は、岩に囲まれた中に満々と湯をたたえていた。湯はわずかに白くにごり、少々鼻につくにおいを発している。

 こんな山の中で入浴するのは気後れするが、けもの道を進んできたから汗をかいているし、体に変な虫が付いている気がするしで、さっぱりしたい気持ちはもちろん山盛りだ。

「にんげんだ」

「にんげん」

 湯気の向こうから、高い音域の声が二つ、共鳴するように届いた。

 湯から上がる水音がする。声の主ふたりは湯気を通り抜けてこちらへやってきた。

 真 っ 裸 で。

 わたしは武術の達人のごとき速さでカイの目をふさいだ。

「なんですかなんですか」

 カイは抗議しながらわたしの手をかいくぐろうとする。

 ええい、神妙にせよ。見るなの禁忌だ。

 現れたふたりは、秀美(しゅうび)な青銅色の髪を長々と垂らし、一糸(いっし)まとわぬ赤銅色の肌の上には、まさしく女性の乳房を持っていた。

 女の精霊人(スプライト)がふたり、われらの眼前にいた。

水霊人(ウンディーネ)

 サーキィがつぶやいた。


次回 >>> 「 温 泉 」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ