2.5-1. 英雄
ソニヤーに向け、われらは騾馬に揺られて山道を進んでいた。
山に入ってからは誰も通りかかることがなく、ひたすらに蹄の音が鳴っていた。
さわやかに吹け抜く風、揺れる白や黄色の花々。見事なコントラストを見せる複数の緑色。大昔の住居跡と思われる土壁。崩壊寸前の、狼煙台のような建造物。
最初のうちはそんな高原や山林の風景がもの珍しくてきょろきょろ眺めていたものの、意外に長い道のりに手持ち無沙汰になってきた。どうやらカイが言う「ヤックムから遠くない」というのは、サルカルからヤックムに行くのに比べれば、という程度の話だったらしい。先に言え。
静けさに飽いて、わたしは口を開いた。
「もう彼女らは目を覚ましただろうか? それを確認して出てこれたらよかったのだが」
結局ヤックムを発つ時になっても、大猿にさらわれた女性たちはめざめていなかった。
怪我はなかったし、そう心配するほどではあるまいと思うものの、気がかりでないといえば嘘になる。
カイが答える。
「霊珠を飲み込んだ猿のすぐそばにいたわけですからね。霊珠の力に影響されて、想像もつかない何事かが体内で起きていないとは限りません」
坑道のそばに生えていた、奇怪な形に変化した樹木のことが思い出された。
「おだやかでないな。なぜ今さらになってそんなことを言う? そなたなら手助けができたのではないか?」
「起きるまで何日かかるかわからないのに?」
「それでも少しぐらいは助言ができるであろうに」
「口を出しておいてすぐに立ち去るようなことをすれば、かえって恨みを買うかもしれません。もっと助けてくれてもいいじゃないか、とね。人の欲にはきりがない。期待を持たせることは言わないほうがいいんですよ。旅人というのは、いっときだけ滞在し、去っていく存在でしょう。神話の英雄でもなければ、善なる神霊のたぐいでもない。なんでも解決できる便利な存在にはなれませんよね」
「それはそうだが……」
「良いことも悪いことも、最終的には住民たち自身で受け入れるべきことですから。旅をするとは、境界を越え、他人の土地に足を踏み入れるということですが、あくまで異物。心の境界までは越えられないものです。それを越える資格があるのは、その場所にずっと住むと決めたときか、よほど英雄的行為に夢を見たときだけです。彼女らを真から救い、あるいは住民たちと住まいをともにしますか?」
「いや……それは手に負えないことだ」
「でしょう。過客たるぼくたちは、ぼくたちの目的を見ているしかないというわけです」
ほほえんでカイは言い、まだ何も見えない山道の先を指差した。
わたしは受け入れなければならなかった。カイの言うとおりだった。苦々しくも。
ヤックムを訪れることはもう永遠にないかもしれないし、それ以前に先を急がねばならず、であれば、女性らにしてやれることが何もないことはまちがいない。何日も容態を見守ってはいられないし、良薬を探して奔走してあげる時間もない。まして、さらに何事か起きたらどうするのか。冷たいようだけれど、すべてに関わってはいられない。
また、ここまで来るのにカイやサーキィの助けは欠くべからざるもので、わたし個人が為せたことなど一握りだ。ふたりにまで「英雄的行為」に付き合わせる理由もない。
英雄に憧れる気持ちはある。人助けができればと思う。しかしそれには副作用があることを、わたしは肝に銘じておかなければならない。善は善を生み出すとは限らない。
さすらうなら、自分の大きさと小ささをいつも見さだめていなくてはいけないのだな。
「ではせめて、彼女らの無事を祈ろう」
「ええ、それがいいです」
「む?」
わたしと同じ騾馬に静かに乗っていたサーキィが突然声をあげた。
次回 >>> 「 水 霊 」




