2-14. 土産
驚いたことに、さらわれた女性は一人ではなかった。ヤックムの人たちが言うには、隣町の女性が二人いたらしい。不届きな猿である。
女性らは坑道の奥で眠っていて、外傷はなかった。猿がいったい何の目的でさらったのかわからなかったが、あんな怪物と化した存在が何を考えるかなど、それこそ想像の外だ。
とにかくも、すべて助け出されたし、化け物は消えた。ヤックムの人々は喜び、鉱山の仕事を再開しはじめた。われらは父の課した面倒事を片付けたのである。
女性らがまだ目を覚まさないというのは気がかりだが、医者はどこにも異状はないと言っているし、じきにめざめるであろう。
仕事紹介所でさっそく父が残した革袋を受け取り、中を見ると、紙片が目についた。
〝ソニヤー〟
紙にはそっけなくそう書かれていた。わたしには聞き覚えのない単語だった。
「カイ、わかるか?」
わたしはカイに紙片を見せた。
「行ったことはないですが、知ってはいます。交易路の途中にあるオアシスの町ですね。ヤックムからはそう遠くないはずです」
「そうか、それはありがたい」
「みなさん方、ソニヤーにおいでになるんで?」
受付のリウ氏が上機嫌で話しかけてきた。
それはそうだろう、化け物はいなくなったのだから。われらが父の置き土産を受け取りに来た時には、鉱山仕事を目当てに滞留していた労働者たちを楽しそうにさばいていた。
「ああ、次の行き先はそこだ」
「でしたら、騾馬を手配しましょう。なに、お金は要りません。この町を救ってくだすった大恩人ですから。もちろん報奨金も出しますよ」
言うが早いか、小間使いの小僧に指示を出し、「宿のほうに用意させておきますから」と元気よく言って仕事に戻っていった。
「プレゼント は?」
サーキィが首をかしげて言う。
そういえば、父は、次の行き先と、「ちょっとしたプレゼント」とやらも革袋に入れていたのであったな。
袋を探ってみると、中には宝石のごとき物が見えた。いびつな楕円形で、指輪に付いていてもおかしくないような大きさだ。
取り出して、紹介所の窓から日にかざして見てみた。光り輝くというほどではないが、美しい風合いの、紫翠色の石。何とも例えがたい、幻想的な色合いで、石の中で色が流れとなって蠢いているように感じる。
革袋にはほかに何も入っておらず、この石が何なのかはわからない。
この鉱山で働いていた時に掘り出した物なのだろうか? 父め、石の出自ぐらい書き置いてくれてもよかろうに。
単純に成人の祝いに宝石を、というわけか?
………………。
それにしてもこの形、どこかで見たことがあるような……。
「そうかこれは……!」
わたしは父からもらった剣を鞘ごと腰から抜いた。カイから渡された時に気になっていた、不釣り合いな柄のくぼみ。あそこにはまるべきものなのではないか?
はたして、柄のくぼみにそっとはめこんでみると、ぴったり入った。
この剣はもともとこういう状態のものだったのだ。
「サーラさま」
サーキィがわたしのマントを引っ張った。
「なんだ?」
「なにか かわった そのつるぎ」
「そうなのか?」
そう言われてみれば、当初サーキィはこの剣になにやら力があるようなないような……と言っていたな。本来の形に戻って、サーキィに感じ取れるところが出てきたのだろうか。
「地霊人の釼と にているような にていないような …… やっぱりよく わからない」
変わったには変わったが、仔細判明せぬままか。まあ、それはそれで、ただの剣として使えばよかろう。父の考えるところはわからないが、欠けていたものが戻ったのは気分がいい。持ち物があるべき姿をとっているのは、それだけで自分が上等になった気がするものだ。
せっかくだからナイフのように力を増してくれればいいが、サーキィの反応からすれば望み薄だな。
「でも」
わたしが剣を腰に戻そうとすると、サーキィが言葉を継いだ。
「ちょっと きもちわるい」
「気持ち悪い?」
「へんなかんじ でも よくわからない」
「…………。カイ、そなたはどうだ? なにか感じるか?」
「はて。その石がはめこまれて変化したのはわかるのですが、どうなったのやら」
「そなたもサーキィと同じか」
「気持ち悪いとまでは思いませんけどね」
「ふーむ」
わたしにはどうなったという感じもしない。
少し鞘から刃を出して見てみても、なんの変わりもないように思える。
じっと見ていたら、この剣身の輝きの向こうに、数年前に見たきりの父の顔が小憎らしく浮かんでくるように感じてしまった。どうも父に煙に巻かれているような気がしてくる。
わたしは頭から父の影を振り払い、腰に剣を戻した。
「まあいいさ。大事なのは次の行き先のほうだ。カイ、ソニヤーとはどんなところなんだ?」
「ここから西に進んで、高原と山を越えたところです。乾燥した土地で、ヤックムとは大きく異なる文化をもつといいます」
「われらのような外の者が入れるところなのか?」
「交易路に近いので、旅人には慣れているらしいですよ。ああ、ソニヤーといえば、行く途中に温泉があるそうです」
「温泉。地中から湯が湧き出すというあれか」
「はい。あまり人の立ち入る場所ではないらしいですが、ソニヤーに向かう山道にあると聞いたことがあります」
「一度温泉には入ってみたいと思っていた。さまざまな効能があるというしな。詳しい場所がわかる者を知らないか?」
「ヤックムの人たちはソニヤーとあまり交流がありませんからねぇ。知っている人が見つかるかどうか」
「そうか。まあ、しかたあるまい。重要なのは父を追うことだからな、温泉が見つかるかは運を天に任すとしよう。さあ、宿に戻ろう。明日には出発だ」
次回 >>> 「 輪 郭 」




