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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
第2章  はじめての死威
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2-6. 初陣

 高速で怒りが頂点に達したわたしは、無造作にカイの左隣へ移動し、そのまま槍のすぐ横へ、おもむろに踏み出した。

「あん?」

 男がわたしの動きにようやく疑問の声をあげたその瞬間には、すでにわたしの右足は大きく振り上げられていた。

 足を勢いよく下ろし、槍の()を思いっきり踏みつけてやった。にぎりの甘い槍はあっさりと男の手から離れ、がらんと音を立てて地面に落ちる。

「……て、てめっ」

 一瞬呆気(あっけ)にとられた男が叫ぶ。

 無論わたしはとっくに次の行動を起こしていた。

 剣を逆手に抜いて踏み込み、突き出されていた男の右手前腕へためらいなく突き刺す。

「あばぁあああっ!?」

 男の悲鳴。噴き出す鮮血。

 わたしはすぐに剣を腕から引き抜き、さらに接近して、切っ先を男の(つら)に突きつけた。

「ひっ、ひいっ」

 男は腕を押さえながら飛びすさる。

「わたしは今、非常に、非常に機嫌が悪い。さらに言えば、礼儀知らずは嫌いだ」

 そう言うわたしの顔には大いに憤怒が表現されていたに違いない。

「ううっ。くっ、くそぉっ」

 男はうめいて、血をぽたぽた落としながら逃げていった。

「ふんっ。こけおどしめ」

 わたしは軽く鼻で笑って、剣を鞘におさめた。

「おおおー。すごい。すばらしい手際でしたねえ! やっ、天下一! やんややんや」

 カイの緊張感のない拍手に、わたしは小さく嘆息した。狙われていたのはそなただったというのに。

 緊張といえば、昔は武芸大会に出ても緊張して勝てなかったが、今日は怒りと旅慣れも手伝って開き直った感じだ。うん、わたしの技量は洲の外でも通じるぞ。

「さすが サーラさま おみごと」サーキィが近づいてきて気遣わしげに言った。「でも また くるかも」

「なあに、あの怪我ならしばらく武器は持てまい。槍も置いて行ってしまったしな」

 わたしは槍を拾い上げ、付いた砂ぼこりを払った。

「サーラさん、その槍どうします?」

「売る」

 即答である。

「ははは。さすがサファル商会の娘さんだ」

「当たり前だ。損ばかりしてたまるか」わたしはぼろの来た槍の穂先をにらんだ。「どうせ二束三文だろうがな」

「でも、もったいないことしたかもですねぇ」

「? 何がだ?」

「さっきの人に大猿退治してもらって、ぼくらは別の仕事を請ければ、もっと簡単に革袋をもらえたかもしれないじゃないですか」

「ああーっ!」

 そ、その手があったかぁ! 確かに、父が課したのは「いちばん面倒な仕事」であって大猿退治じゃなかった!

 ………………って、待て待て。

「あ、あんな腕前じゃとうてい相手にならないに決まってる。すぐやられるのがオチだ。だから問題ない問題ない」

 わたしは胸を張って言い返した。

 ……。しかし、あの男が化け物にやられるのをこっそり観察しておけば、退治の方策が立てやすかったかもしれんな……。

 ぐむむむむむ…………。

「はぁー……」

 今さっき張った胸もむなしく、わたしは槍にもたれかかってため息をついた。

「まあまあサーラさん。なんとかなりますって」

 ぽんぽんとわたしの肩を叩くカイ。()らぬことに気づかせておいて気軽に言いよって。

 確かに一戦こなしたことで自信はついたのだけれども。なんだこの失敗してないのに失敗した感じは。

「サーラさま げんきだして ごはんたべに いこう」

 サーキィがまたわたしの太ももを揉み揉みした。やめろというに。

 くそう。せめてこの槍が高く売れますように!


次回 >>> 「 滋 味 」

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