1-19. 前途
先生がやっているのにならってみかんを口に入れようとしていると、
「ときにサーキィさん」
「もぐもぐ?」
「サーラさんから、サーキィさんが女性の体であることに意味はないと聞いたのですが」
「もんぐにゅ」
「となると、生殖はどうするのですか?」
究極の味が雷撃の速さでのどを通り過ぎていった。
「そなた何を言っているんだ! 乙女だぞ!」
「さっき人格に関係ないって言ったじゃないですか」
「してよい話とよくない話があるものだ! サーキィ、答えなくていいからな!」
「余はきにしない」
「わたしが気にする!」
「おっ。いい横暴」
「話を変える! これからの旅程はどうなんだ!」
「しかたないですねぇ。えーと、まず。現在向かっているのは隣の洲のシュルーカル。そこで乗りかえます。そのあとは――に行って次に――、それから――経由して――まで、あとは――を通って、そこからヤックムという町へ向かいます。ヤックムというのが、ぼくがバダルさんから手紙を預かったところです」
おぼえきれぬ。
カイがいくつも地名を並べ立てるあいだ、頭の中でみやびな鐘の音が鳴っていたような気分であり、つまりはそれら地名はわたしの耳をさわやかに通り過ぎた。まるで残らぬ。
「……ええっとそれはなんだ。とても遠い、ということか?」
自分で自分の言っていることがたいへんまぬけに聞こえ、遺憾である。
「七日ぐらいで着くかなというところでしょうか」
「七日! そうなると……ええと……手紙が届くまでの日数も考えると……、父は次の行き先どころか、現時点でも次の次ぐらいには行ってるのではないか?」
「そうですね。バダルさんはぼくと違ってひとところに長居することが多いので、次の次の次までは行ってないかもしれませんね」
「なぐさめにならんわっ」
口汚くなってしまった。危なくみかんをカイに投げつけるところだった。
ああ、前途多難が嘲笑の面をかぶってわたしのまわりを回っている。
ああ、黒雲がけたたましく楽器を鳴らしながら大雨を降らしている。
要するに、わたしの気持ちは暗くなった。
「サーラさま みかんでげんき だす」
「うう、ありがとう。そなたが来てくれてよかった……ほんとうに」
サーキィに促され、みかん色としか表現しようのない色の、その尊き果実を、今度はゆっくりと口に入れた。
口内にほとばしる果汁。
先ほどまともに味わえなかった究極の味は、まこと究極であった。
不穏な旅立ちとなったこの日、精霊風を浴びながら感じた酸っぱさと甘さ、忘れまいぞ。
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