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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
第1章  父を殴りに三千里
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1-15. 離陸

 どうにか最終便に駆け込んだのだが、飛空船に乗るのは初めてだし、乗船時刻はぎりぎりだったしで、どこ行きの船に乗ったかもろくに把握していない。

 カイに導かれるまま、だ。

 本当は、旅券の受付がどうなっているのかとか、船が荷物を積み込む様子とか、いろいろ興味深く眺めたかったのだが、何もできなかった。

 とりあえず、サーキィはわたしの保護下という扱いで渡航できるそうだ。係の者の説明をよく覚えていないけれど。

 何はともあれ、飛空船。乗るのは今回が人生初だが、飛んでいるところは何度も見たことがある。空を駆ける船は雄大で、見ているだけで胸のすく思いがしたものだった。

 すすけたこがね色の躯体(くたい)が夕闇に飛ぶ。

 人の手によって天をゆるやかに(はし)る流れ星だ。

 残念ながらその雄姿を中から見ることはできないが、宵を滑る姿も壮観であろうな。

 飛空船は、外見上は海路を行く帆船とさしたる違いはない。しかし、中は案外広くない。というのも、われらの乗った船が比較的小型であったということもあろうが、「漕ぎ手」の入るスペースが大きいからだ。

 飛空船の「漕ぎ手」、それは精霊人(スプライト)のひとつ、風霊人(シルフ)が担う仕事だ。

 彼らが複数集まり、協力して風を操る術を使う。それによって船は浮いて、風に乗って別の町、別の洲へ行くというわけだ。

 飛空船は、よほどの高峰(こうほう)を越えようと思わない限りどこでも飛んでいけるので便利だが、風霊人(シルフ)のゆったりとした風乗りのため、意外に時間がかかる。道路がちゃんと整備されている場所へ行く場合は、陸路のほうが早いといわれるぐらいだ。

 いわば機関員たる風霊人(シルフ)だが、彼らは気まぐれな性格といわれ、彼らのためのスペースを潤沢(じゅんたく)に取らないと、へそを曲げるらしいのである。

 ゆえに、見た目ほど多くは荷物も人も積み込めない。

 そういったわけで、われらのような貿易目的でもなければ到着時刻にこだわりもない旅人には、うってつけということになる。

 うってつけだったはずであるが。

「ううう」

 甲板から船室に入り、離陸開始となるところなのだが――サーキィがしゃがみこんでうめいている。ぷるぷる震えている。赤い三角帽子をぎゅっと引っ張って、顔まで帽子に埋まってしまいそうだ。

「じめん はなれる こわい こわい」

 …………どうやら、大地に根ざして生きる地霊人(ノーム)たる身としては、頼もしき地面の加護がないのはなんとも恐ろしいことのようである。

 そなたも飛空船は初めてだったのだな。

 わたしは、どうにかならぬものかと思案する一方で、そうしてまでついてきてくれたことに内心絶大なる感謝をささげた。

「大丈夫だと思いますよ。ほら、離陸します」

 カイが言うのと同時に、船がゆらりと揺れはじめた。

 いったい何が大丈夫なのかわからぬが、とりあえずわたしはうずくまるサーキィの肩を抱いてやり、そばで様子を見守った。

 やがて、ふっと内臓が沈むような感覚をおぼえた。

 体の中が、上へ下へ、左へ右へと揺さぶられるようだ。

 飛んだ……のか?

 地震のような震動とはまた少し違い、あえて例えるなら、ジャンプしている最中に突然足下でつむじ風が発生したような――震動があったが、次第に収まっていった。


次回 >>> 「 銀 光 」

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