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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
第1章  父を殴りに三千里
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1-12. 地霊

 わたしは船着き場――飛空船発着所へ向かっていた。

 もう夕方だ。家々からは明かりが漏れ、晴れやかな赤茶色の屋根が多いこの街も、闇に沈みつつある。最終便が近いはずだ。急がねばならぬ。

 が、知り合いに見つかってもまずいので、普段は通らない道を行きながらの、遠回りをせざるをえない。

「て、あれ?」

 わたしは自分の足取りがあまりに軽いことに違和感を覚え、立ち止まった。いや意気揚々と出かけているのはまちがいないことであるが、そういう精神的な話ではない。物理的な話だ。

「そうか」

 剣を持っていないんだ。剣は大事なものだから、衣装箱でなくいつも私室に置いていたのだった。なんたる手抜かり。

 しかし取りに行っている暇はない。暇はないどころか、確実に誰かに見つかる。サーキィに見つかりでもしたらどれだけ時間を取られるかわからない。

 残念至極だが、しかたあるまい。このまま行って、どこかで調達しよう。手になじむ物が見つかるといいのだが……。不幸中の幸いで、金はたっぷりとある。こういうときは生まれに感謝だ。引き返したい気持ちを振り切って、わたしはまた早足で歩き出した。

 この一歩一歩が、この洲との別れの歩みになるのだなと思うと、ふわふわとして地に足がつかない感じがしてくる。普段なら気に留めないだろう雑貨屋の白壁も、旅館の軒先の角灯(かくとう)も、苔の生えた噴水も、どれもが後ろ髪を引くやさしい美しさを放っている。

 胸のあたりがもやもやとしてざわつく。

 空気が今日はやけに恋しい味がする。

 夕餉(ゆうげ)のにおいは格別な引力を持っている。

 しかしもはや引き返すことあたわず!

 さあもう少し。あの十字路を右に曲がって、あとはまっすぐだ。

 と――。

 曲がってすぐに視界に飛び込んできたのは、見覚えのある赤い三角帽子に、土色の長衣(ちょうい)精霊人(スプライト)特有の、青銅色の髪と赤銅色の肌。

 サーキィだ。

 先回りされていたか。

 大きな帽子をかぶっていてもわたしの背丈に届かない地霊人(ノーム)

 にもかかわらず、圧倒的な存在感でわたしを待ち受けていた。


次回 >>> 「 欲 求 」

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