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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
第1章  父を殴りに三千里
11/79

1-11. 奮起

 見覚えのない紙片だった。こんなもの入れたっけか。

 拾い上げて中を見てみると、


<命をかけて臨みなさい>


 短く、それだけ書かれていた。まぎれもない母の筆跡だった。

 いったいこれはどういう意味か。瞬間、不敵に笑う母の顔が脳裏をよぎった。

 母は、このような成人の儀式になることを予想していて、達成してみせよ、それぐらい達成できなければ成人と認めない、後は継がせられないぞ、と言いたいのか。

 それとも、単に母の厄介な奇骨(きこつ)が炸裂したのか。つまりは一種の嫌がらせ?

 ――――いずれにせよ、母はわたしが旅にほのかな憧憬を持っていることを見抜いていて、もし外に出るならば相応の覚悟をしろと要求している。それだけは確かだ。

 紙を持つ手がぷるぷると震えた。それは、恐怖の震えか、武者震いか。

 母の真意がどうであれ、この様子だと、母に儀式の無茶を訴えたところで、また別個の無理難題を突きつけられることは十分想像できた。旅に出るならば命をかけよ、家に留まるなら甘く(ぐう)してやる――なぁんてことを言う人ではないのは、わたしはよーくわかっているのである。同じレベルの覚悟を別の形で求めてくる。そういう人だ。

 ――いいだろう。かえって奮い立ったぞわたしは。

 母には会わずにこの洲を出る!

 降って湧いた旅の誘いに乗ってやろうじゃないか!

 考えてみれば、「題材」を読んで広げてきた想像の世界が、いま形をなそうとしているってことだ。それは楽しいことに違いない。

 わたしは人の気配がないのを確認して、ひらひらした服を脱ぎ捨て、取り出した旅装を急いで着始めた。

 視界の一角を占拠する赤い髪をまとめ上げ。

 財布に路銀が詰まっているのを確認し。

 荷物を雑嚢(ざつのう)に詰めて。

 実は母への書き置きもあらかじめ書いておいたのだ。

 それは「旅に出ます」とまあそのような内容が書いてあるだけのそっけない手紙だ。置き手紙を残して颯爽と旅に出たらかっこいいじゃないか――という、かつての妄想の産物だが、まさか本当に使う時が来るとは。

 父からの手紙も一緒にしておけば事情はわかるだろう。倉庫を出たわたしは、誰にも見つからないよう周囲を気にしながら、題材屋の郵便受けに書き置きと父の手紙をそぉーっと突っ込み、一目散に駆け出した。

 カイとは船着き場で落ち合う手はずだ。

 誕生日だというのに、わたしはこんなことをしている。

 自分の向こう見ずぶりが笑えてきて、顔がにやけてしまうぞ。

 さあ、冒険が待っている!!


次回 >>> 「 地 霊 」

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