1-11. 奮起
見覚えのない紙片だった。こんなもの入れたっけか。
拾い上げて中を見てみると、
<命をかけて臨みなさい>
短く、それだけ書かれていた。まぎれもない母の筆跡だった。
いったいこれはどういう意味か。瞬間、不敵に笑う母の顔が脳裏をよぎった。
母は、このような成人の儀式になることを予想していて、達成してみせよ、それぐらい達成できなければ成人と認めない、後は継がせられないぞ、と言いたいのか。
それとも、単に母の厄介な奇骨が炸裂したのか。つまりは一種の嫌がらせ?
――――いずれにせよ、母はわたしが旅にほのかな憧憬を持っていることを見抜いていて、もし外に出るならば相応の覚悟をしろと要求している。それだけは確かだ。
紙を持つ手がぷるぷると震えた。それは、恐怖の震えか、武者震いか。
母の真意がどうであれ、この様子だと、母に儀式の無茶を訴えたところで、また別個の無理難題を突きつけられることは十分想像できた。旅に出るならば命をかけよ、家に留まるなら甘く遇してやる――なぁんてことを言う人ではないのは、わたしはよーくわかっているのである。同じレベルの覚悟を別の形で求めてくる。そういう人だ。
――いいだろう。かえって奮い立ったぞわたしは。
母には会わずにこの洲を出る!
降って湧いた旅の誘いに乗ってやろうじゃないか!
考えてみれば、「題材」を読んで広げてきた想像の世界が、いま形をなそうとしているってことだ。それは楽しいことに違いない。
わたしは人の気配がないのを確認して、ひらひらした服を脱ぎ捨て、取り出した旅装を急いで着始めた。
視界の一角を占拠する赤い髪をまとめ上げ。
財布に路銀が詰まっているのを確認し。
荷物を雑嚢に詰めて。
実は母への書き置きもあらかじめ書いておいたのだ。
それは「旅に出ます」とまあそのような内容が書いてあるだけのそっけない手紙だ。置き手紙を残して颯爽と旅に出たらかっこいいじゃないか――という、かつての妄想の産物だが、まさか本当に使う時が来るとは。
父からの手紙も一緒にしておけば事情はわかるだろう。倉庫を出たわたしは、誰にも見つからないよう周囲を気にしながら、題材屋の郵便受けに書き置きと父の手紙をそぉーっと突っ込み、一目散に駆け出した。
カイとは船着き場で落ち合う手はずだ。
誕生日だというのに、わたしはこんなことをしている。
自分の向こう見ずぶりが笑えてきて、顔がにやけてしまうぞ。
さあ、冒険が待っている!!
次回 >>> 「 地 霊 」




