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かくも心地よきさすらい  作者: 北条三蔵
第1章  父を殴りに三千里
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1-10. 準備

 カイとは一時別れ、わたしはさっそく旅じたくをすることにした。わたしは思い立ったらすぐに行動したいタチなのだ。

 すぐに行動どころではない。実はすでに用意がしてある。

 といっても、まさか父からあのような儀式を課されると予想していたわけではない。なんだったら、あんな風来坊でも十八の誕生日にはきっと帰ってきてくれて、祝福の中で大人と認めてくれるんだろうとぼんやり想像していた。

 全然まったく一から十まで違ったわけだけれども。

 さておき。

 まじめとはいいがたい店主だったわたしだが、「題材」を読むのは好きだった。

 各地の風聞も怪談もうさんくさい話でさえも、みなわたしの中に種としてまかれ、あこがれ色の根を張っている。

 放蕩者の父をさげすんだ回数は限りがないが、その一方で、父の自由な振る舞いへの憧憬も多分にあった。

 どことも知れぬ土地に出かけていき、人を見、建物を見、食べ物を見、大地を踏みしめ、風のにおいを感じてみることに、無限の想像力を費やしてきた。

 馬鹿げた儀式と思いながらも、父を追いかけるのもいいかもしれないなと思えるのはそういうわけである。

 題材屋の倉庫。ほこりっぽいその中に、こっそりと旅装や旅の道具を集めておいたのだ。

 それは、自分が旅に出たならという空想の延長に過ぎない、ささやかな楽しみだったが、図らずも本当に使う時が来たというわけだ。

 わたしは、店員たち、特にサーキィには見つからないよう忍び足で倉庫に入り、しまっておいた大きな衣装箱を引っ張り出した。錆びかかった金具、薄汚れた布張り。まさかこんな箱にあれこれ隠してあるとは誰も思うまい。

 箱を開けると、入念に準備してきた成果が横たわっていた。丈夫なズボン、無骨なブーツ、胸当て、肩当て、マント、等々。お金だって貯めておいたし、旅券もちゃんとある。

 うきうきしながらそれらを取り出していたのだが――――だんだん頭が冷静になってきた。

 勢いでカイに依頼したものの、本当によかったのだろうか?

 剣術道場に通っていた時のことが思い出された。隣町で武芸大会が行われることになり、道場では敵無しだったわたしは優勝を期待されていたが、知らない場所に来た緊張で、ろくな結果を残せなかった。そんなわたしが洲の外に出る? しかもどこにいるかもわからぬ父を探して回るなど、できるだろうか?

 まったく安全に事が進むなんてことはないだろう。途中で怪我を負うことがあるかもしれない。命を落とすことだってあるかもしれない。そこまでのことじゃなくても、例えば道に迷ったら? 財布を盗まれたら?

 都合のよい想像をしてみる。父が帰ってこなかったのが悪いのだから、母に切々と相談すれば何とかしてくれるかもしれない。例えば、一大商家たるサファル商会の地位を使い、父になりかわって無理にでも成人として承認させる――なんて、言ってくれはしまいか。

 母は優しい人だ。たまに素っ頓狂なだけだ。そうさ、落ち着いて考えてみれば、そうしたほうがずっといいじゃないか。

 と、納得しかかったところで、衣装箱の底に折りたたまれた小さな紙が一枚、ぽつんと置かれていたのに気づいた。


次回 >>> 「 奮 起 」

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