莉央の物語
僕は僕であって僕じゃない。
莉央の家は大きい。
だからだろうか、僕ら一家は本当に……場違い感に緊張してしまう。実際場違いなのだけれど。
美春以外は全員居心地の悪そうな顔で中にはいる。
「はーい!みんなこちらへどうぞぉ〜!」
「お、お邪魔します……」
元気な莉央の声と対照的に居心地の悪そうな声しか出すことができなかった。
「で、まずは……夜ご飯だよね!」
「ご馳走、はやくしなさいよ」
「随分傲慢なお客さんだぁ……」
美春の態度に、莉央はやれやれとでも言いたげに肩をすくめるが、その顔は楽しそうにニコニコと笑顔を浮かべていた。
数分の後、莉央は言った通りご馳走を振る舞ってくれた。普段の僕なら、それを存分に楽しむところなのだけれど。……今はそうはいかない。莉央の「調べ物」がなんなのか。それがどうしても気になって、僕の心に引っかかるのだ。
「臨?」
おそらく、顔に出ていたのだろう。大和さんが心配そうに声をかけてくる。なんか、今日は人に心配かけてばっかりだな。気をつけないと。
「ちょっと考え事してただけ。大丈夫だよ、大和さん」
「そうか、ならよかった」
そのとき、莉央がニコニコしながら話し始める。
「臨くんと万音ちゃんにはもう言ってあるんだけど、今日のお泊まり会にはちゃんと大事な理由があってね〜。僕の調べ物を手伝って欲しいんだ!」
「は? 聞いてないんだけど」
「ああ、いいよ」
美春と大和さんは兄妹でも全く逆の反応を示していた。もちろん、それは予想通りって感じだけど。
とにかく、この流れで「調べ物」が一体なんなのかを把握しよう。じゃないと、不安だ。
「その、調べ物ってさ……」
「あ! でもでも、そ・の・ま・え・に〜」
莉央の言葉が僕のことを遮る。
そして、莉央はそのまま万音に近づくと「よいしょー!」と叫びながら俵担ぎし、走り去っていった。
「え?」
莉央に万音を誘拐された。幸い、万音が悲鳴をあげているのでなんとなくの場所はわかりそうだ。
いざ救出へ、そう思ったところで僕の横を走り抜けていく影がある。美紅と美春だ。
美紅の足が速いのはわかるけれど、美春は?
美春は昔から変わらない。そして、僕には奇病が一体どんなものなのか教えてくれていない。だから、正直美春が美紅と共に走る理由が本当にわからない。だって、美春は「勝てない勝負は意地でもしない」と僕に言ったことがある。だから、走りではまだ誰にも負けたことがない美紅と走り出すはずがない。いくら万音と仲良くなりたいといえど。
「臨、不思議に思うだろ」
そう言って、大和さんが楽しそうに笑った。
「そりゃ不思議ですよ。美春が美紅と一緒に走り出すなんて」
「だろ? お前はあいつの体質知らないもんな」
「……どんなやつなんですか?」
「美春の体質は『女王体質』だよ。周囲の人からの好感度を上げる。周囲の人の能力の何%だったかを使える。さらに、家族と認識する相手のものであれば能力の全てが使える」
「強く……ないですか?」
「強いよ。使いようによってはチートだからね。能力って言っても別に奇病だけじゃなくてその人の元々の学力とか運動神経とかも使えるから」
つまり、今の美春は美紅と同じ。勝てないということもない可能性があるってことだ。
「ま、そんなことより、万音ちゃんがお前に助けを求める声が聞こえてるぞ」
そう言われると、確かに「たいくつくん」となんとか聞きとれる程度の悲鳴が聞こえてくる。
そろそろ、急いで助けに行こう。
結論から言うと、万音は無事だ。
フリフリのワンピースを着せられ、莉央、美春、美紅の三人に囲まれて撮影されていた。
莉央の家の二階の奥の方の部屋。莉央の部屋のはずだけれど、前回にされたクローゼットの中にはかわいらしいワンピースやスカートが入っていた。僕の知る限り、莉央はスカートを履かない。となると……家で履くのが好きなんだろうか。
「た、たいくつくん!」
僕が部屋に入ってきたのに気づいた万音が駆け寄ってくる。
「これは……なに?」
「ん? ああ、ちょっと着せてみたいなぁって思ったからさぁ〜かわいいし!」
悪びれもせずに莉央は笑う。確かにかわいいのかもしれないけれど。
「そもそも……この服なんだよ」
「私も気になってた、なんなの?」
「ああ、野宮莉央の物だよ」
僕含め、全員が首を捻る。答えになっていないからだ。
「いや、僕が聞きたいのはお前スカートもワンピースも着ないのになんで……」
「それはね〜こういうことだよ」
莉央のすぐ近くの棚の上で倒れている写真立てを起こす。
そこには幸せそうに笑う莉央の家族の写真があった。
莉央の父親、莉央の母親、それから莉央。でも、莉央だけに少し違和感があった。
その野宮莉央は、成人式という看板の前で振袖を着ていた。
その野宮莉央は、胸の膨らみがあった。
その野宮莉央は、身長が高かった。
その野宮莉央は、髪が長かった。
その野宮莉央は、明らかに女性だった。
「この服はね、“野宮莉央“の物であって、“野宮莉央“の物じゃないんだ」
「この服はね、死んだ僕の姉“野宮莉央“の物だったんだよ」