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氷点下の物語

 思い出したことがある。

 あの目を見た瞬間、嫌な汗が噴き出してきた。

 あいつは、佐久間虚空は、同類なんかじゃない。僕にあんなに冷たい目はできない。

 あいつは万音を見て何を考えていた?

 どうしてあんなに冷たい目ができる?

 氷点下なんてもんじゃない。もっと、もっと低い温度の目。

 その奥に、何か、もっと恐ろしいものが見えた気がして。

 でも、それが何かはわからない。わからない。わからない。


「…………くん?」

「……くん!」


 わからないわからない……どうしてあんなに怖い、冷たい、怖い目を。


「たいくつ、くん?」

「臨くんってば!」


 気づくと、僕は見知らぬ公園で立ち止まっていて、万音と莉央が僕の顔を覗き込んでいた。

 何も言われなくてもわかる。だいぶ、心配されてる。


「たいくつくん、どうしたの?」

「ごめん、ただ、僕も、あいつがやだった、だけ」


 万音は僕の目を真っ直ぐ見て、数回瞬きをすると「おそろい」とだけ呟いた。


「まあ、一回息整えようよ。……僕らだいぶ走ったよぉ……どこなわけ? この公園」


 莉央はいつもの調子でそう言うけれど、思うところはあるらしく、いつもよりも少し声のトーンが低かった。


 ……万音とあいつが会ったことあるんじゃないか。万音が最後に見た「人間」は佐久間虚空なんじゃないか。さっきからずっとその考えが頭の中を駆け巡る。もしそうなら、辻褄は合う。万音が一番怖いのは佐久間虚空であれば、他の人よりも「やだ」という理由になる。


「臨くん」


 莉央に名前を呼ばれた。

 いつもの無駄にぶりっこした呼び方ではない。莉央にしては珍しい、真面目なトーンだった。

 だからだろうか、少しばかり体が強張った。


「なに?」

「臨くんと万音ちゃんさえ良ければなんだけど……いや、大和さんもいたほうがいいかな……」

「なんだよ」


 莉央は少し気が進まない様子ではあったけれど、ようやく決心がついたようで僕の目を真っ直ぐ見つめて言った。


「今から僕の家に泊まりに来ない?」

「………………は?」


 なんだったんだろうかさっきまでの緊張感は。万音さえもポカンとしている。


「真面目な話だよぉ!?」

「真面目にお泊まり会する奴がどこにいるんだよ」

「ごめんごめん! 言葉足らずだった!」


 莉央は焦って説明し始める。

 なんでも、少し調べ物を手伝って欲しいのだという。その内容に関してはおいおい説明するし、今晩と明日の朝はご馳走を出そう。そう言われたら断れない。一家総出で行かせていただこう。


「一家総出は困るかな! 臨くん、万音ちゃん、大和さん……まあ、美紅さんもいいか」

「美春は?」

「美春ちゃんはぁ……うん、僕がみんなを直々に誘いに行こう!」


 莉央がなにをしたいのかは大体わかった。どうせ美春が莉央の家には泊まりたくないが、ご馳走は食べたいという葛藤をしているところを眺めたいんだろう。


 家に着いたのは午後6時。樹さんがお茶を飲んでいた。


「うへぇ……樹さんなんでいるの?」

「なんでもなにも……あなたたち、佐久間のところに着くなり走り帰ったんでしょ? 佐久間から連絡きたわよ。検査できてないから明日にでももう一回来てって」


 樹さんが「まったく……」とため息をつく。

 まあでも、いくら怖くても、万音が怖がっても、検査をしないわけにはいかない。明日は大変な日になるな……。よく考えれば明日は土曜日。僕の土曜日が……。


「それと……一応、稲仁さんのここでの様子も見たくて来たんだけど……」

「みんな仲良しです〜!」


 樹さんの問いに元気に答えたのは美香さんだ。正直、まだ慣れてないから仲良しとは言えないのだけれど……反論する間もなく、樹さんはそれはよかったと美香さんと楽しそうに話し始めてしまった。

 そして、反論する機会を一度も与えないまま帰っていった。


「はぁ……樹さんのせいで時間がなくなってきちゃった! みんなちゅうもーく!」

「おお、なんだ?」


 莉央の声に大和さん、美紅、美春、美香さんが集まってくる。3人が楽しそうなのに比べ、美春だけが心底迷惑そうな顔をしている。


「今日、僕の家に泊まりにくる人、手あげて〜!」


 僕と万音、美紅さんが手をあげた。大和さんはというと「光熱費出してくれるなら!」と笑い、美春は「行かない」と自室の扉に手をかけた。


「大和さんがくるなら光熱費は負担するよ! そしてぇ……くる人にはなんと夜朝とご馳走を!」

「美香さんもいく!」


 美香さんが食いつくが、莉央が「それはちょっと……」と首を横に振った。


「そうだよねぇ……若い子達だけで楽しんで……」


 わかりやすく落ち込んでいる。


 そして、美春はというと、フリーズしていた。どちらにすべきか迷っているのだろう。プライドとご馳走を天秤にかけているのだろう。しばらくすると、美春はたった一言「いく」とつぶやいた。


 こうして、野宮家へのお泊まり会が始まった。

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