奇病の物語
階段を上がる。その作業は何度目で、今からする話は何度めだろう。僕は何をしているんだろう。なぜだろう。
__なぜ生きていて、いつまで生きているのだろう。
「……ご紹介に預かりました。佐久間です」
髪はボサボサでダルそうにしている男。どう考えても「偉い大人」とは程遠い男。
……でも、僕だけじゃなくて世界中の誰もがきっと知ってる。奇病の研究者達に鬼才と呼ばれる佐久間虚空は奇病をアイデンティティにした人間で正真正銘「偉い大人」だ。
昔……僕らが生まれる前。約100年前の2090年頃。それまでは稀にしか発病しなかったという、その名の通りの『奇病』が流行り病になったらしい。発病しない方が稀になり、奇病は奇ではなくなった。もはや当たり前になったのだ。
専門病院や研究所ができ、さまざまな研究の末に、仕組みは知らないけれど患った奇病を変化させる技術が編み出された。それこそ国立奇病研究所の佐久間虚空の偉業だ。
どんな変化をするのかというと、例えば僕の『重度興奮欲求』という体質だ。
常に心も体も興奮を求めてしまう欲求を持つ体質。欲求が満たされたときには身体能力や学習能力が一時的に大きく向上する。壁を駆けあがったり、難しい問題も瞬時に理解できる。かなり地味だが役に立つ体質だ。
人によっては能力に変化する。炎を操るような派手なものとか。僕らはそれらを上手く使っている。ときに煩わしく思いながら。
今、僕はまさに自分の奇病を煩わしく思っている。これは常に興奮を求めている。つまり、この非常につまらない佐久間の話は僕にとって死ぬほど苦痛なのだ。比喩表現ではなく、本当に。今この場にいる僕と似たような体質の人は全員そうだ。
そして、そんなつまらない話をする佐久間虚空。奇病も年齢も公表されていない佐久間は100年以上前から生きている。見た目も変わらずに。だから「不老不死」とかそこら辺の奇病なんだろうと噂だ。
「ええっと……変化した奇病がアイデンティティと呼ばれるようになったのは、人間の性格に反映され変化するからです……」
佐久間の説明がが耳に入ってくる。
じゃあなんだ。お前の性格はどういう風に反映して『不老不死』なんだ。わけがわからない。
隣には頭に装置を付け、すやすやと寝息を立てるクラスメイト。『睡眠欲求』の曙優衣。1日約16時間とほとんどの時間を寝なければ治まらない欲求。装置は夢に現実を反映させているらしい。煩わしいに決まっているが、目覚めているあいだは僕と同じように能力の向上がある。
いっそのこと僕も寝たい。なんで欲求系体質の中で行動に出るものだけが解消させてもらえるんだ。なんで精神的なものは解消させてもらえないんだ。不公平だ!
『うるさいよぉ? 遠山臨くん!』
男にしては高めの弾んだ声が頭の中で響く。僕のよく知る声だ。
親友の野宮莉央。しかし、席は学年の中で端と端。彼の声が聞こえるはずがない。それでも、遠く離れているのに彼の声が聞こえるということは……
『『以心伝心』か。ごめん』
莉央の持つ『以心伝心』は簡単に言えばテレパシー。勝手に人の心の声を聞くことができるし、逆に心の声を聞かせることもできる。僕の考えていたことが莉央には全部だだ漏れだったってこと。
『っていうか使わなきゃいいだけだろ? なんで使ってるんだよ』
『それは~もっちろん! 臨クンにちょっかいをだすためだよぉ』
嫌な奴だ。知ってはいたけど、本当に嫌な奴だ。
『おい。今、嫌な奴って思ったでしょぉ! しかも二回も!失礼だなぁ~』
『『おい』だけ地声だったよ? 作ってないとバレるよ?』
『あ~やっちゃたぁ! 誰にも聞こえてないだろうけどねぇ~』
莉央がかわいい系猫かぶり腹黒男だって知っているのは同学年では僕しかいない。なんで知っているかは置いといて、人にバラしたら殺す、とも言われている。実際殺されそうだから黙っている。
嫌な奴で、猫かぶりで、腹黒で、怖い奴ではあるものの、彼との会話は退屈しのぎにはなるのでありがたい。
会話するうちに佐久間虚空の話は終わり、13時30分。昼食の時間だ。
「じゃあ、行こう」
「お昼だー!」
講義が終わり、声をかけると黒いショートカットの髪が動き、飛びついてくる。
「のぞみ~んっ! りおちゃ~んっ!」
「うわっ」
「あぎゃっ」
廊下を歩き、食堂へ向かう僕と莉央に真正面から腹パンをかましてきた。美紅だ。一つ上の従姉の杉谷美紅。実際は同じ家にいるため姉のような存在ではあるけど……ただ、なんというか、馬鹿である。
僕らの通う学校は国内屈指のエリート校・鈴蘭学園高校であり、特待生は学費、授業料が無料で就職率が100%を超えている。それに惹かれた貧乏一家が僕の家である。亡き祖父母の残した借金のせいだ。
そして、とても危なかったのが美紅だ。なんとか運動面で特待生になった。
「いや~おはようっ」
「なんでだよ。今朝も会っただろ? こんにちはだろ」
「お、美紅、臨、莉央。食堂行くぞ」
桜木大和さん。文武両道、才色兼備の従兄だ。僕の憧れの人であり、みんなの憧れの人。特に女子からの人気は高い。なんてったて、かっこいいのだ。それでいてなんでもできるのだ。憧れない人などいないだろう!
「大和さん! お昼一緒に食べませんか?」
さて、ここからは毎日同じ流れである。
「ごめんな。こいつらと食べるから……」
「ぼく、大和せんぱいと一緒にお昼ごはんたべたいからぁ……ごめんねぇ?」
莉央による上目づかいの涙目で「ごめんね、莉央くん泣かないで」と逆に謝りながら退散していく。本性を知らなければ泣き虫のかわいい男の子な莉央だからできることだ。
「莉央はさすがだな。こういうとき、一番便利だ。でもそろそろ本性出したらどうだ?」
187cmが160cmを撫でている図から最後に聞こえてきたのはドスのきいた「死んどけ」の一言だった。
食堂へ着くと、僕らは弁当箱を開いた。豆苗ともやしがふんだんに使われている。……あと食べられる雑草。そして、久しぶり! 魚と肉!
「わあ~今日も緑がいっぱい!」
「お前は今日もステーキか」
学食はかなりのお金がかかるため僕らは弁当だが、さすが一流企業の社長の息子は違う。美味しそうなステーキ定食を持って席についている。野宮莉央は御曹司なのだ。というか、この学校はそういう人間がとにかく多い。お金持ちな上に頭が良かったり、運動神経が良かったり、何か抜きん出た才能があったり。野宮莉央はお金持ちな上に頭が良い。そういう奴だ。
「ん? 一口食べる?」
「ありがとう、莉央」
莉央は僕ら三人の弁当箱に一切れずつ肉を置いていく。
もちろんおいしい。僕らには手の出せないほど高い肉だから。これを食べる度、いつもの安い肉には戻れないかとも思うけど、案外大丈夫だ。もう舌が貧乏なのだ。仕方がない。
「そうだ! 今日ねぇ、『喪失少女』が転校してきたんだよ!」
「へぇ」
「興味無いの!? 久しぶりにゲーム以外で興奮してくれると思ったのにぃ!」
そんなことで興奮するかよ。誰かも知らないし、第一興味が無い。
「つまんないなぁ。って、あ」
「なんだよ」
突然莉央が僕を指さす。
『後ろだよバカ』
『急に能力使うなよ!』と心の中で叫びつつ、後ろを向いて「喪失少女」らしき人物を探す。
すると、たくさんのの生徒に囲まれた一人の少女がいた。真っ白な制服に対称な黒くて長い髪。ひどく怯えている。その子はあの子に似ていた。名前も知らないあの子に。
「あの子の恐怖は人間に対してだってさ~……ねえ、興味無いのぉ?」
「……無いわけじゃない」
莉央はガッツポーズをかわいくしてから、または話し始める。
「裏社会の子だったらしくて、奇病もわからないんだってさ。気を失ってるところを見つけられて、病院に担ぎ込まれたんだって」
「ふ~ん」
「むっ! 興味無くなったでしょぉ! いいもん。僕は喪失少女ちゃんにちょっかい出すから」
人間に恐怖抱いてるのに『以心伝心』を使うなんてかなり鬼畜だ。少女は酷く怯えた様子でキョロキョロと声の主を必死に探している。ただ、頭の中に直接話しかけているのだ。見た目じゃわからない。
「たっぷり遊んだし、そろそろどこにいるか教えてあげようかな~」
莉央はご満悦だ。性根の腐ったこいつのことだ。どれほど少女を怯えさせるようなことをひたすら言っていたに違いない。
しばらくすると、学食のトレーを手に少女はこちらへと歩いてきた。周りを囲んでいた人の壁は彼女が歩き始めると一斉に退き始める。……モーゼが海を割ったときってこんなだったのかな。
ともかく、少女は僕らのすぐ目の前まで来た。
そして、僕は確信した。少女があの子に似ているんじゃない。
「喪失少女」はあの子だ。
「たいくつくん……?」
でも、なんで喪失していないんだ……?
「まだ、たいくつしてたんだね」
「喪失」が完全じゃないのはどうしてなんだ……?
お久しぶりです。胡桃野子りすです。
やっと、自分の中での一話目を出せました。次はいつ出せるのでしょう……。
今回は主要キャラクターを出しましたが、個人的にお気に入りなのは莉央くんです。今度、臨くんとの出会いを書きたいと思ってます。
それから、名前や奇病が出てきていないキャラについては次回あたりに出てくると信じていてください……。(特に美紅さんと大和さん)
忙しい時期ですのでなかなか投稿はできませんが、それでも見捨てず読んでいただけると嬉しいです。アクセス解析を見て、「あ、誰かが読んでくれてる……」とそれを生きるためのエネルギーに変えていますので……。感想やブクマはさらに私に元気を与えてくれますので、そちらも待っています。
それでは、また!