第三話 取引
とある町に、泣かず飛ばずの道化師がいました。
道化師は言いました。「私には向いていないのではないか」と。
そこに、ふらりと一人の人影が現れました。
『どうしたの?』と人影は道化師に問います。
道化師は「私は、道化師に向いていないのかもしれない」と答えます。
それを聞いて、人影は笑いました。笑って、手を道化師に差し伸べました。
『ならば、自分が夢を叶えてやろう。只し、それは決して安くはないぞ?』と人影は言います。
道化師は考える素振りなど無くその手を取りました。
そして道化師の魂は黒く染まったのでした。
死神界の隅、そこでロゼは何時ものように人間界を眺めていた。
真っ白なローブ、真新しい大鎌、血のように鮮やかな朱の瞳。その全てが一つに集約されていた。
ぼんやりと眺めていると、視界の端に妙な物を見つけた。人間の魂のようだが、本来有る筈の寿命が見えないのである。
ロゼはすぐさまその不可思議な魂の所に降りていった。
降り立ったのは大きな町の大通りだった。多くの人が行き交い、活気に溢れているようでその喧騒は中々のものだった。
その中に、一ヶ所に人の塊が出来ていた。見る限りどれも寿命が有るのだが、その人の塊の中心にその不可思議な魂があった。
「さぁさぁ皆様!沢山のお運び有難うございます!よろしければ、私のショーをご覧下さい!」
その魂の持ち主はとある道化師だった。寿命が無い筈なのに、その道化師は次々と手品や奇術を繰り広げている。
ロゼは不思議に思いながらも、そのショーに見居っていた。
日が暮れショーが終わり、人が次第に散って行く。見物人は皆道化師にチップを渡していた。
「ふぅ… 今日はこんなもんか。上場だな」
道化師がチップの山を見て一言漏らすと、誰も居なくなった筈の広場から人影が拍手をしながら近づいてきた。
「いやぁ絶好調じゃないか。やはり、自分の目に狂いはなかったな」
「お、先生。見てたんですか?」
「あぁ、見ていたとも。何せ自分が手を差し伸べた相手だからね。気にならないわけがないだろう?」
「いやはや、お恥ずかしい限りで…」
二人は知り合いのようで談笑している。しかし、ロゼにはその光景が異質なものにしか見えなかった。何せ道化師の方は寿命が無い上に、人影の方は寿命はおろか魂自体が存在していなかった。
ロゼが何が起こっているのか解らず困惑していると、道化師を見送った人影がロゼに向かって近づいてきた。
「やぁ、君は… 死神なのか。驚いているのかい?それもそうか。白いローブと言うことは新人。悪魔を見るのは初めてだろう」
悪魔。その言葉で、ロゼはそこで何が起きていたのか理解した。
「成る程、あの道化師は悪魔である貴女に魂を売ったのね。道理であの道化師の寿命は無くなっていて、貴女の魂が存在しないはずだわ」
ロゼが一通り説明すると、悪魔はにやつきながら笑って答えた。
「ご名答‼ 自分はシャロン、人間界を旅しながら愚かな人間の魂を買って歩いている悪魔さ‼」
悪魔は人間の魂を取引によって集める。理由は悪魔でそれぞれだが、中には魂を弄くって弄んだり、只々集めているだけだったり、食料にしたりする。
「あの道化師は輪をかけて愚かでね。"道化師としての素質"とやらを得る為だけに魂を売りさばいたのさ。滑稽で深夜だと言うのに大声で嗤っちゃいそうだよ」
シャロンはさらににやける。その顔は『まさに悪魔』と言ったような風貌だった。(まぁ、実際に悪魔なのだが)
「それじゃあ、あの道化師は殺してもいいの?」
「変なことを聞くねぇ、勿論じゃないか。魂が手に入るなら早いに越したことは無いからねぇ」
ロゼはその答えを聞くと、道化師の所へ足を向けた。
道化師はその夜眠っていなかった。どうやら悪魔との契約で得た"道化師としての素質"を反芻して咀嚼することで万能間に浸っていたようだ。
ロゼは道化師が居る部屋の扉をゆっくりと開く。古びた扉はキィと独特な音を響かせ開いていく。
道化師はそれに気付きバッと扉に目を向ける。その目は悪魔に取り付かれたように血走っていた。(現に取り付かれているようなものだが、比喩として表現しておく)
「だ、誰だ手前ェ‼ ここは大道化師様の部屋だぞ!」
悪魔に取り付かれた為か、万能間に浸っていた為か、はたまたそのどちら共なのか、道化師は驚いたように仰け反りながら三流以下のような口上を述べる。
「私は死神。貴方の魂を回収しに来たの」
「し、死神!? なな、何故だ‼私はこれから、世界に名を轟かせる為に生きなきゃいけないのに‼」
死神、と聞いた途端道化師の顔色が真っ青になっていった。その上、身体がガタガタと震えている。と思いきや、その震えがピタリと止まった。
「……そうか、アンタをここで殺っちまえば、私は死なずに済む‼」
道化師はそう叫ぶと、ジャグリングに使っていたサーベルをどこからともなく取り出し、ロゼの小さな体に深々と突き立てた。その刃は容易にロゼの体を貫通し、傷口から血が溢れて…いる訳でもなく、只々突き刺さっていただけだった。
「あの、気が済みましたか?」
ロゼは何気無しに訪ねると、道化師はこの世の物ではない物を見たような顔をした。(何度も申し訳ないが、ロゼは死神故この世の物ではないのである)
突き立てられたサーベルを引き抜くと、腰を抜かしてその場に座り込んでいる道化師に振りかぶった大鎌を降り下ろした。
部屋を後にすると、すぐそこにシャロンの姿があった。
「用件は…言わなくても判るよね?」
「……これでしょ?」
ロゼはため息混じりに真っ黒に染まった魂を差し出した。シャロンはそれを見ると心踊ると言ったように喜びだした。
「そうそうこれこれ!やっぱり愚かな人間ほど鮮やかな黒に染まるね!いや綺麗だなぁ~」
どうやらシャロンは魂を収集している悪魔のようだった。
「これまで黒いと、すっごく美味しいだろうね‼」
失礼、魂を食べる悪魔のようだ。
「ま、協力感謝するよ。早々に魂が手に入って良かった」
「別に?私は只死神としての役目を果たしただけだから」
ロゼはそう吐き捨てると、死神界へと帰っていった。地上に残ったシャロンは「また会おうな」と手を振っていた。




