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十名瀑「平乃の滝」

「さっきの子、大樹君。かわいかったね」

「そう。自分もあんなんだったんだって考えると5年ってすごいんだね」

「私は別に5年前の隼人を知ってるわけじゃないけど」

「そうだね、確かに」

「で、行かないの。付いていくからさ~」

「じゃ、行こっか。また電車ちょっと乗るからね」

「分かった。なんか最近は長く乗ってもいらいらしなくなったかも」

「そう。良かった」

そう言い俺は結音の手を引き今から乗る初穂(はつほ)線が発着する1・2番線に向かう。

この路線は今いる東風谷から温泉で有名な初穂湯本を経由して、山あいの小さな町「初穂」を目指すローカル線で、乗客が少ないためそれに比例して本数もイルカ鉄道のほかの路線と比べてもだいぶ少ない。

「10時30分だって。次の電車」

指を指して俺に言う。

「じゃあ今からまだ30分あるね。改札出て朝ごはん食べる」

「うん。そうしよっか」

「じゃあまた上行くよ」

「また~」

不満そうにそういう彼女の顔は笑っていた。

改札をでた。

今回は前と違って結音も無事改札を通過できた。

「今回はいけたじゃん」

俺が冗談交じりで言うと

「だってお母さんに駅まで着いてきてもらったんだもん。そこでチャージしてもらったからね」

「とにかく、朝ご飯どこにしよっか」

「うーん。コンビニとかでいい気がする」

「そうするか」

てっきり地元のパン屋さんに行くとか、そういう答えを予想していた俺にとってその答えは意外だったけれど。

左の東風谷口(こちやぐち)方面に歩き、階段を下る。

目の前はバスターミナルで多くの客とバスの姿、そしてその真ん中でひときわ目立つ7分咲きの桜の木があった。

ここ東風谷は地方都市の駅前らしく公共施設が駅前に密集していた。

そして左側にあったファミリーマート東風谷駅(こちやえき)東風谷口(こちやぐち)店に入る。

俺はおにぎり2つとゆで卵、そしてのどが渇いていたためミルクティー。

そして結音はサンドイッチとレモンティー。

最近どこでもICカードが使えるようになってきたので、支払いはIrucaを使う。


外のベンチで食べ終わると急いで駅へ戻る。

さっき一度来た1・2番線ホームに着くとさっきはいなかったキハ170系200番台の姿があった。

もう出発時刻の5分前だったので急いで乗り込む。

なかは4人がけのボックスシートだった。

「なんかさっきと音が違うね」

「お、よく気づいたね。これはディーゼルカーって言ってエンジンで動くんだよ。ほら、車と同じだよ。けどさっきまで乗ってきた黄色と青のヤツはモーターで動くんだよ」

「へえ、だからこんな音がするんだ。でも私こっちの方が力がありそうで好きかな」

「だよね。低い音ってかっこいいよね」

うん、と結音はうなずいた。

「あ、2つ目の駅で降りるからね。由別よしべつって駅で」

「了解。数えとくね」

ドアが閉まり俺たちの乗るこの列車は低いエンジン音を響かせ東風谷駅を出発した。お客さんは俺たちを含めて10人いるかいないかってところ。

何度かポイントを渡り東風谷線の線路にいったん合流した後すぐ離れ進路を西へと変える。

「わすごい」

結音が声を上げたとき、列車は一級河川平乃川(ひらのがわ)を渡る鉄橋に差し掛かった。すぐ向かうのは兄は2000m級の山々が連なる平春ひらばる連山の姿がある。

両岸には桜が連なり、とても絵になる風景だ。まだ7分咲きといったところだろうが、俺はすかさずカバンからスマホを取り出し撮影する。

川を渡りきるともうそこは一つ目の駅、平乃川だった。

数人が下車し、1分もしない内に俺たちを含めても数えるほどしか乗っていない列車は動き出した。

それから3分、のんびり走り続けた。

自動放送で俺たちの降りる由別よしべつに着くと流れてきたので降りる準備を始める。

10時37分、ホームに停まった。

この列車はワンマン運転なので、無人駅で降りるときは運転士さんの所に行って、そこで精算をしないといけない。なので一番前のドアまで行き、ICカードをかざすための青い機械にカードを触れた。

「「ありがとうございました」」

2人同時にお礼を言った。

「はーいいってらっしゃ〜い!」

そう言い運転士さんは笑顔で手を振ってくれた。多分俺たちが観光客なのは分かるのだろう。

俺は軽くお辞儀をし結音は小さく手を振った。

駅舎はさっきの平乃川駅よりも小さかった。

ホームのほぼ中央にある階段を下った先にある6畳程の部屋がそれらしい。中に入ると

「ちょっと休んでから行く?」

「べつに私は疲れてないから、そのままいこうよ」

ということで、待合室のドアを開けた。外に出て駅を振り返るといるてつの社紋と「由 別 駅」という文字が書かれた看板がある。

ちなみにいるてつの社紋は、英訳社名"Iruka Railway Company"の頭文字であるIとRを組み合わせたような形をしているが、言葉で説明するのは少し難しい。

駅の前には片側1車線の車通りの少なそうな道路と地図と観光案内板、公衆電話、赤い郵便ポストくらいしかなかった。

俺はその地図を確認し目的地の方角に体の向きを変えた。

「なんか田舎の駅って感じがする〜」

結音がいう。

「記念に写真でも撮る??」

「そうしよっか。この駅背景にね!」

ということでスマホの自撮りアプリを開いて駅が見えるような向きで2人並んで写真を撮る。

「後で送ってね!」

「もちろん!じゃあ行こっか」

俺が手を出し、彼女が手を載せる。


道路沿いに歩き出して約5分、道端に『十名瀑平乃の滝入り口』の文字があった。

「もしかして、あれに行くの?!」

「ばれた。そう。あれに行くつもり」

「なんかすごそう。私普段そういうところ行ったことないからめっちゃ期待しとくね」

「やめて!過度な期待は本当にマジでやめて」

「わかったわかった。けど十名瀑って多いのか少ないのか微妙だよね」

「いやそこは多分ツっこんじゃいけないところ!」

結音が笑う。

日本三名瀑は、華厳の滝、袋田の滝、那智の滝の3つだが、それは広い日本の中でも特に厳選された3つだ。しかしこちらは十名瀑。範囲がわからないから凄さの検討のしようもない。


看板の通り今までの道路を外れちょっとランクダウンした道に入る。

でも舗装されているし、もちろん車も通れるくらいの幅がある。

しばらく行くと右側に平乃の滝駐車場があったが車は一台も停まっていなかった。

それからは森の中を進む。

舗装はされていなかったが幅も適度にあり、草も刈られていた。

地元の方が草刈をしているのだろう。

5分くらい歩いただろう。ゴオーという音が聞こえてきた。

「近づいてるね。滝に」

「そうだね。もう少しだよ」

その瞬間目の前に高さは20mはあるであろう大きな滝が姿を現した。この滝は、地面にはいながら流れてくる滝というよりかは本当に20m上にシャワーヘッドを置いたかのようなタイプで、音と水飛沫が俺たちを襲う。

道はその下まで続いていたため2人はいけるところまで行ってみる。

「おっきいね。これが十名瀑か」

「そうだね。おっきいね。思ってた以上だったわ」

「俺こんな所来た事ないよ」

「私も」

滝の音がうるさすぎて普段しゃべっているような声より大きめに話す。

そして駅からずっと握っていた手を離す。


滝を後ろに俺と結音は向かい合う。

互いに数秒黙って見つめ合う。

結音が笑った。俺もつられて笑った。

「隼人、今日はありがとね」

「こちらこそ。なんか無理させてない?」

「そんなことないよ!私ね、話すのが下手であんまり人付き合いがうまくできなくて。だから隼人と付き合えて、こういうところに来れて嬉しい、本当に」

「そっか、ありがとう。俺も結音と付き合えて幸せだよ」

それが俺の心からの本心だ。結音は目をうるっとさせて言う。

「これからもよろしくね」

「もちろん。よろしくね、結音」

俺も結音は静かにハグをする。幸い見る限り周りには人がいない。そしてもしいたとしても、ここで話したことは滝の音にかき消され、届かないだろう。

ここは、今この瞬間は、間違えなく俺と結音だけの空間だった。

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