中間地点へ
列車が動き出した。
いくつかのポイントを越えて右急カーブを曲がり列車は進路を西に変えた。
右側には主にイルカ線の車両を受け持つ葉野車両センター南岸町支部がある。
「わあ。めっちゃ電車いんじゃん」
「ね。すごいよね」
俺は大樹君に向かってそう話す。
窓側に座っている結音が
「ねえあれ、私たちが乗ってきたやつじゃない」
「そうだね。あれだよ」
俺たち2人が乗ってきた7000系3000番台が今日の運用を終えて車庫に入るところだった。このように朝と夜の混雑して、列車の本数が増える時間帯しか運用(仕事)が無い車両も多くいる。
右手の車両基地が過ぎると住宅地帯を経て畑作地帯へとでる。
しばらく走ると再び住宅が列車の両側に広がるようになり岸乃駅がある。ここは最近になって造成された新興住宅街で、駅前には生活に必要な施設、例えばスーパーや公共施設が一通りは揃っている。
「きれいな駅だね。建物とかすごいピカピカ」
大樹君が言った。
「本当だ。ホームもピカピカだね」
結音は窓に額をくっつけ首を左右に振り、きれいな駅舎を見渡す。駅の周りの発展に伴い2016年に開業した新しい駅だから、何もかもが新しい。
「そうなんだ。それにしても岸乃ってなんかかわいい名前だね」
俺は結音って名前のほうがかわいいよ、と言おうとしたが結局言えなかったのは事実である。
だから俺は
「そうだね。他にも名萌、とか恋の浜なんて言う駅もあるよ」
「名萌、は分からなくもないけど恋の浜、ってかわいいのかな」
いきなり結音に言われて俺は固まってしまった。
「いいんじゃないですか、恋の浜。いかにも青春って気がします」
「小学生が青春って言ってるの初めて聞いたわ」
結音は不思議そうにそう言い大樹君の顔を覗き込む。
「Instagramとかのストーリーでいろいろ見て、なんかうらやましいなって」
「それと、高2の兄がいて、部活めっちゃ楽しいっていつも言ってて」
「大樹君、お兄ちゃんいるんだ!」
「じゃあ私たちより2歳年上だね」
俺が驚くと結音も続ける。
「そう、ですね」
大樹君のいろいろな事情を聞いているうちに列車は進み、もう車内放送でさっきの駅の3駅先の葉野ヶ谷駅に到着することを次げている。
放送が終わると車内はもう終点なんじゃないか、と思ってしまうほど多くの乗客が慌しく降りる準備を始めた。
駅が近くなり列車は減速をはじめ、止まった。
ドアが開きどっと人が吐き出る。
ほとんどのお客さんがこの葉野ヶ谷で降りたため、車内は閑散としている。さっきまで立客も見受けられた車内だったが今は簡易リクライニング向かい合わせシートの半分も埋まっていない。このお客さんの数の格差もこの路線の面白さかもしれない。
少々突っ走りすぎたためか車掌から3分ほど停車することが放送された。
イルカ鉄道、特にこの東風谷線では駅間が長く制限速度が時速130kmと速く、多くの運転士が飛ばす。にもかかわらず本数が少ないため時刻表にも余裕があり、早着になることも多々ある。
「けっこう空いたね」
結音が言った。
「やっぱりここ過ぎると減っちゃうんだね」
「そうみたい」
ちょっと困ったような顔をしている結音がとてもかわいく見えた。
「あの・・・トイレに行きたいんですけど」
「じゃあ次の列車にする」
大樹君の要望を聞いた結音が俺に話しかけてくる。
「大丈夫。ここにトイレあるから」
「あ、あんの」
「あるんだよ。ここ走ってる電車はみんなトイレ付きだから。じゃ大樹君行こっか」
「はい」
短く大樹君はそう言い立ち上がった。
「じゃあ結音、荷物見といて」
「分かった」
そう言うのを俺は確認し大樹君と2人トイレに向かった。
「ただいま~」
俺と大樹君は口を揃えて言う。
「おかえり」
と結音は返す。
そして車掌から発車の放送が掛かりドアが閉まった。
列車は全座席の半分に満たない客を乗せて葉野ヶ谷駅を後にした。
「本当に減っちゃったね」
結音が言う。
「ね!やっぱりこの先は東風谷と風音ヶ丘と星川以外あんまり人いないし。平日のお湯の森なんて言ったらほんとに人いないよ」
「そう考えるとこの路線って儲かってんのかな」
「一応発表によると黒字らしいよ」
俺は昨日東風谷市のホームページで観光名所を探す際に新着ニュースで東風谷線が黒字であると知った。
「へえ。なら大丈夫か。うちの従兄弟が葉野ヶ谷に住んでるから」
「結音の従兄弟は葉野ヶ谷なんだ」
「そうだよ。毎年年末家族と車で遊びに行くんだ」
「へえ。そうなんだ。俺は伊北に4人と南岸町に2人だわ。結構近いからたまに1人で行ったりするよ」
「1人でか~。私1人で電車乗るとこの間みたいになるから無理かな」
「あれはひどかったな」
俺と結音はあの時を思い出し笑ってしまう。
ちなみに伊北は俺の家のある北イルカから電車で北に1時間弱のところにある市だ。
気がつくと大樹君は眠っていた。さっきまで元気に俺たちと話してたと思ったら。
列車は高速で走り、そして止まる、を繰り返した。
結構な駅数に停まったはずだが乗客数は増えるどころか減り、もう残りは俺たち3人だけになっていた。
お馴染みの伊藤萌祈さんの声で終点の東風谷到着が告げられた。
「大樹君。起きて。もう着いたよ」
「え。あ。え。あっ。すいません。寝ちゃった」
「やっぱ電車の中だと眠くなっちゃうよね」
結音は同意する。
列車は、信号で頻繁に加減速を繰り返す車と違って揺れが等間隔だから、絶妙に眠気を誘う。
実は俺も寝かかってた。
「じゃあ準備しようね」
「はい」
大樹君はそう答えカバンの中から出していた荷物をしまった。
俺や結音もカバンをひざに抱え列車が停まるのを待った。
スピーカーから『ピンポン』と鳴りドアが音を立てずに静かに左右によける。
9時51分、定刻での到着した。
「あったか~い」
それが大樹君の到着後の第一声だった。
「本当だね。やっぱり軽装でよかった」
結音はいかにも涼しそうな格好をしていた。
俺たちは改札のある2階へと階段を上がる。
東風谷駅の改札フロアは天井がとても高く、開放感がある。
「じゃあ、ここまでだね」
「はい。ありがとうございました!あの時話しかけてくれなかったらどうなってたか」
「話しかけるって決めたのは私だからね!」
「ありがとうございます」
「じゃあ、楽しんでね!あ、暖かいからって半袖半ズボンで寝ちゃだめだからね!風邪ひいちゃう」
最後は結音も加わりお別れの挨拶を済ませた。
「はい」
そう大樹君は答え改札のほうへと走っていった。
やがて姿が見えなくなると結音が
「で、今日はどこ行くのよ」
「秘密、って答えちゃだめ?」
「いいけど、何系かだけは教えてよ?!絶景系、おいしい系、、、色々あるじゃん」
「多分、、、絶景系。結音がきれいと思うかは分からないけど」
「じゃあ、期待してるよ」
「おう」
結音は期待してますよ、といわんばかりに頬を膨らませた。