いざ、旅へ
『ピンポン』と言う音と共にドアが左右に開く。
いったん端によけて降りる人を待ち、乗り込む。
今日の列車はさっき乗って来たやつと同じ7000系の3000番台だった。
車内は混んでいて俺と結音は乗ったドアの反対側の隅に固まって立ち、手すりに掴った。
発車してしばらくすると上り勾配になり地上へと上がる。
しかしそれだけでは終わらず列車はさらに上へと進み、高架の上に出た。
「わあきれいだね」
結音はそう言った。
「ね。すごいきれい」
大きな一枚窓の向こうにはイルカのビル群とイルカ最大の港である穂の果港が見えた。
最近発表された4Kテレビでさえも映し出すことが出来ないであろうこの景色に、俺はここを通るたびうっとりとするのだった。
「あ、ほら向こう」
結音の指差す先を見ると丁度イルカ空港から飛び立った飛行機の姿があった。
「本当だ。青だからIARだね」
「隼人君そんな事分かるんだ。すごいね。そう言えば前鉄道好きって言ってたけど飛行機も好きなの」
「あんまり。でも前お父さんが飛行機ファンで度々空港に連れて来られてたから勝手に覚えたんだと思う」
「そうなんだ。お父さんのお陰なんだね」
そう話す結音は感心したように口をぽかーんと開けていた。
そんな事を話している内に列車は既に空港線との分岐駅である南イルカを過ぎた。
やがて列車は西イルカに着いた。
西イルカは2面4線のイルカ線の中では中くらいの規模の駅だ。
「あれ。あそこ前来た事あるよ」
いきなり結音はそう言って来た。
「なんで来たの」
俺が自然に聞き返すと
「何で来たんだろうね。自分でも覚えてないや」
ズコッと俺は倒れそうになる。
「そこ一番肝心なとこじゃん。なんで忘れんのや」
「なんでだろう」
「いやいやなんではコッチのセリフだから」
2人はおかしくなって笑い出してしまった。
しかしここは列車の中。
そこは2人とも考えて控えめに。
列車は西イルカを発車した。
この駅を過ぎると客の数は今までの半分くらいまで減る。
「席だいぶ空いたから座ろっか」
「そうだね。そこにする」
「うん」
結音は空いてる席を見つけ俺の手をぐいぐい引っ張る。
まったくこの女は良くぞこんな所で堂々と男を引っ張っていけるもんだ、と感心してしまう。
ま、良いんだけど。
こうみると今まで散々リア充を嫌ってきた自分が嘘みたいだった。
「こうやって2人並んで座ったのもあの時ぶりだね」
俺は特に意図したわけでもなく自然とその言葉が出た。
「そうだね。あの時。初めてあったとき以来だね。今でもく~っきり覚えてるからね~」
「そ、そう」
「うん。そうだよ」
俺にとってあの日は単に彼女、つまり結音と初めて会った日。
別に運命の日、というわけでもない。
けど、結音にとってみれば単なる出会いの日ではなく初恋の日だったのだろう。
だからそうやって覚えているのだ、と心の中でそう思った。
列車は新イルカを発車した。
新イルカのマンション群を抜けると右も左も畑が広がった。
そして遠くに南岸町の街影が見えてくると例の伊藤萌祈さんの自動放送が掛かる。
『まもなく、南岸町です。出口は左側です。お乗換えのご案内です。イルカ鉄道東風谷線、本原鉄道佐紀線と、斗内海岸鉄道線はお乗換えください。どなた様もお忘れ物なさいませんよう身の回りを良くお確かめください。本日も、イルカ鉄道イルカ線をご利用いただきまして、ありがとうございました』
この後マイク・スイッシャーさんの英語放送が掛かり、続いて車掌から乗り換え列車の案内がされた。
「結音、乗り換え。ここで」
「どこまで連れてくっていうのよ」
「誘っとくだけ誘ってどこに行くかは俺が決めて良いって言ってたじゃん」
「あ。そうだったね」
「おいおいわすれてんんかいな」
やれやれ、と思ったが決して口にはしなかった。
列車は8時51分、定刻で南岸町駅の3番線に到着した。
『ピンポン』という今まで飽きるほど、よく言えば耳に刻まれた電子音、が鳴ると同時にドアが開く。
「あったかいね」
「うん。16℃はあるんじゃね」
「あるかもね。今日天気予報でイルカの最高気温21℃って言ってたからね」
列車から降りると辺りは暖かい春の空気に包まれていた。
誰かにくっついて連れてこられたであろう淡い桃色の桜の花が黒いホームに華を添えていた。
ここ南岸町はさっき結音と会ったイルカ駅と同じ5面10線の大きな駅。3社4路線が乗り入れる構内は広く、常に色とりどりの車両たちで埋まっていた。
ここから俺は東風谷線に乗り換えて東風谷に行きさらにそこで初穂線に乗り換えて佳別と言う所に行くつもりである。
「じゃ行こっか」
「うん」
俺はそう言う結音の手を引きホームの中ほどにあるエスカレーターへ向かった。
さすがにエスカレーターで手を繋ぐのは危ないので放して乗った。
2階にあるコンコースに出た。
休日の朝だというのに人は思ったより少なくて家族連れでさえもあまり見られなかった。