第九十七話 マクゥラちゃんを投げるなんて酷いこと、俺にはできない!
聖堂内の床いっぱいにオフトゥンを敷き詰めて作られた会場に、準備を整えた俺たちは集合していた。
第一回安息神教会主催枕投げ大会。
ルールは基本的に競技枕投げに則るが、人数の関係で一部を変更している。
一チーム三人で構成し、大将・リベロ・サポート役に分かれる。リベロってのは前衛で掛布団を盾にして仲間を守る重要なポジションだ。
本来の競技枕投げなら内野に五人の外野に三人で合計八人態勢なんだが、ラティーシャたちが三人しかいないからこうなった。
指定されたエリア外に飛んでいった枕は教会のスタッフが拾って適当に戻してくれる手筈になっている。もちろん公正にな。んで、最終的に敵を全滅させた方の勝ち。
敵チームは大将・ラティーシャ、リベロ・サイラス将軍、サポートがヘクター。妥当な配役だな。
俺たちはネムリアを大将にして、俺はサポートを担う。
肝心のリベロ役はというと――
「ちょ、なにがどうしてこんなことになってるし!?」
教会の食堂でおやつのパフェを食べていたオフトゥニアスが暇そうだったんで捕まえてきた。
「オフトゥヌス! 説明しろし!」
「なんども言ってるだろ。寝具店に行ったら脳筋王女とエンカウントして教会に監査を入れられそうになったから枕投げで決着をつけることになったんだ」
「だから意味わかんないし!? あと脳筋王女ってラティーシャ様のことだし!? 失礼だし!?」
失礼もなにも本人にとっては褒め言葉だぞ。
まあ、俺とてやりたくない奴に無理強いさせるほどブラックじゃない。というか俺がやりたくない。帰ってもいいですか?
「……嫌なら他の人に交代なの」
「べ、べべべ別に嫌じゃありませんしネムリア様! ネムリア様と遊べてとても光栄ですし。あ、あとオフトゥヌスも一緒だし……」
競技用枕――あれから教会の資金とラティーシャのポケットマネーで大量購入した――を抱いたネムリアに上目遣いでそう言われ、オフトゥニアスは慌てたように取り繕った。最後の方は掛布団で顔を隠してぼそぼそなんか言ってたけど、まあ愚痴なら今夜の勉強会で俺が聞いてやるよ。帰りたくならない程度に。
ネムリアがぐっとサムズアップする。
「……なら頑張ってなの」
「は、はい!」
オフトゥニアスはネムリアに鼓舞されてやる気を出したようだな。ちょろい。笑顔になって俺の方を向いたよ。
「オフトゥヌス、正直よくわかんないままだけど、一緒に頑張るし」
「そうだな。ぶっちゃけ帰りたいけど、お前にリベロを任せたからには――」
ピー! と審判役の司祭が試合開始の笛を鳴らす。
「頼むから、三秒は持ってくれよ」
言うや否や、俺とネムリアはその場からバッと横に飛んだ。
「へ?」
反応できなかったオフトゥニアスは――ビュゥン! 高速で飛来したなにかが顔の横を掠めて青褪める。
「えっ、なに、アレ、枕? 砲弾じゃなくて!?」
当然、ラティーシャが開幕一番にぶん投げてきた枕だ。それはエリア外で枕回収のために待機していた女司祭に直撃。彼女は悲鳴もなくぶっ飛んで仰向けに倒れたままピクリとも動かなくなった。
「ちょ、アレ大丈――」
「問題ありません! 眠っているだけです!」
心配しかけたオフトゥニアスに別の司祭が状態を告げる。どうやらしっかりと細工は機能しているようだな。
「安心しろ。この枕には安息魔法がかけられている。どんなに強く当たっても安息するだけだ」
「永遠に安息しそうだし!?」
そうならないための処置だよ。相手はあのラティーシャだぞ。
「ほら次が来るぞしっかり守れ」
俺は余所見しているオフトゥニアスに注意し、さっさとその場を離れる。
大量の枕がガトリング砲よろしく連続で飛んできた。
「わぎゃああああああああああああああああああああああッ!?」
オフトゥニアスの悲鳴が聖堂内に木霊する。だが、ラティーシャの枕は一つたりとも掠ってすらいない。あいつだって伊達に〈安息の四護聖天〉に名を連ねているわけじゃないからな。簡単にはやられないと踏んで引き入れたけど正解だった。
「オフトゥニアス殿と言ったか、上手く避けるではないか。だが、盾役が避けていたのでは意味がないぞ」
「無茶言わないでくださいし!?」
楽しそうに笑うラティーシャに対し、オフトゥニアスは涙目だった。
「ん? 待てよ、君の顔はどこかで見たことあるような……」
ラティーシャがまじまじとオフトゥニアスの顔を見詰める。オフトゥニアスは一瞬顔を引き攣らせたが――
「……ネムの英雄、今なの!」
「了解」
それを好機と捉えて俺が枕を拾って前へと走る。
「させませぬぞ!」
掛布団を広げたサイラス将軍が立ち塞がる。悪いが、今の俺は古竜モード。その筋力パラメータから繰り出される枕の弾丸を防げるとおも……思わ……
「……」
そのことに気づいた俺は、どうしようもなく立ち止まってしまった。
「――や」
皆が注目する中、俺は枕を抱き締めてその場に崩れ落ちる。
「やっぱりダメだぁあッ! マクゥラちゃんを投げるなんて酷いこと、俺にはできない!」
だって古竜のパワーで投げちゃったら一投でダメになるだろ! そうじゃなくたってオフトゥンたちを愛する俺にはそんな真似はとてもじゃないが無理! これは競技用枕だって? 投げられるためだけに生まれてきたなんて可哀想!
寝具愛護委員会をここに発足したいと思います。
「今ですラティーシャ様! 先に兄貴を落としましょう!」
ヘクターが崩れた俺を指差す。ラティーシャがすかさず枕を投擲。
「なにやってるしオフトゥヌス!?」
間一髪、オフトゥニアスが俺を引っ張ってくれたおかげで難を逃れた。もう帰りたい。
「……だったら、ネムが戦うしかない、なの」
ネムリアが果敢にも枕を抱えてたたたたっと走る。
枕を掴んだ手を勢いよく振りかぶり――
ぽふっ。
投げられた枕は、前方三十センチほどの距離にふんわり着地した。
「ネムリア様力よわっ!?」
愕然とするオフトゥニアス。俺もまさかここまでとは思っていませんでした。
「サイラス、ヘクター殿、一気に畳みかけるぞ!」
ラティーシャの号令で敵の攻勢が激しくなる。
ラティーシャとヘクターが自陣の枕リソースを顧みることなく投げて投げて投げまくる。剛速球に隠れて平凡な速度が混じっていてただ速いだけよりやりにくさが上がっているな。
狙いはもちろん、俺だ。
だが――
「なんだと?」
「兄貴、さっきまで戦意喪失してたんじゃ……」
俺は飛んでくる枕の雨を全て紙一重でかわしたんだ。
「ふ、俺はマクゥラちゃんを投げられないだけで、避けられないわけじゃない」
本当はキャッチしてあげたいけど、ドッジボールと違って枕投げはそれでもアウトになるから解せない。解せないから帰りたい。
「ねえなんでオフトゥヌスがリベロやらなかったし!? 攻撃できないんじゃ役立たずだし!?」
「え? ラティーシャの砲弾を掛けオフトゥン一枚で防ぐとか、安息魔法があるとはいえ死にそうで帰りたいから」
「やっぱ砲弾って認めてるし!?」
嫌だよわざと攻撃受けるタンク役とか帰りたくなるもん。
「……反撃なの」
一瞬の隙を突いてネムリアが枕を投げる。
足下に落ちた。
「こっちのチーム攻撃力皆無だし!?」
リベロのオフトゥニアスは攻撃に参加できない。俺はマクゥラちゃんを投げられない。ネムリアは投げても相手まで届かない。うん、確かにいろいろミスった気がする。
「ハハハ、ネムリア殿には筋力が足りないようだ」
「ふむ、なんだか知らないが一方的な試合になりそうですな」
「子供が混じっているチーム相手に大人げない気もしますが……」
流石に敵チームも憐れみ始めたぞ。
「……」
と、項垂れたネムリアが耳まで顔を真っ赤にさせていた。悔しそうに両の拳をぎゅっと握り締めている。
「……本気を出す、なの」
目尻に涙を滲ませ、キッ! とネムリアは敵を睨みつける。
その瞬間――
「こ、これは!?」
「なんと」
ヘクターとサイラス将軍がたじろぐ。自陣に落ちていた枕たちが勝手に浮遊し、ネムリアを中心にぐるぐると大きく円運動を始めたんだ。
これはあの時、買った寝具をネムリアが謎の力で浮かばせていたやつだ。
「……神通力なの」
一つ二つと枕が追加されていく。回転が速度を上げ、室内なのに空気の流れが渦を巻く。
神通力。安息魔法とは違うようだ。たぶん、神様にデフォルトで備わっているスキルかなんかだろう。
それはいいとして――
「マクゥラちゃんが!? マクゥラちゃんが竜巻に!?」
「いいからここはネムリア様に任せるしオフトゥヌス!?」
行かせてくれオフトゥニアス! あんな乱暴な扱いをされているマクゥラちゃんを、俺は助けなければならないんだ!
いや、違う。
これをやっているのはネムリアだ。乱暴なように見えて、マクゥラちゃんたちには傷一つつかないように不思議な力――神通力とやらで保護もしている。
アレなら大丈夫だ。
「しまった、もうこちらの陣地に枕がない!?」
反撃しようとしたラティーシャが、足下にオフトゥンしかないことに気づく。あれだけ遠慮せず投げまくってたからね。
「……一気に殲滅なの」
円運動していた枕たちがピタリと止まる。照準を敵陣地に合わせ、一斉に射出を――
「先生が来たぞォーッ!」
その直前、ヘクターが大きな声で叫んだ。枕たちは動きを止め、その場にぼとぼとと落下を始める。
「まずい!? 『先生が来たぞーコール』だ!?」
しまった。ここで使ってきたか、ヘクターの奴!
「ネムリア、早く自陣のオフトゥンに入って寝た振りをするんだ!」
俺が言うや否や、ネムリアは慌ててその辺のオフトゥンに潜り込む。
「待ってオフトゥヌス、どういうことだし?」
意味がわからないと言った様子でオフトゥニアスが訊ねてくる。
「今のは『先生が来たぞーコール』だ。試合中に両チーム合わせて一度だけ使える技だとでも思っとけ。コールされた側の大将は自陣のオフトゥンで寝た振りをしないと敗北することになる。大将以外はその場で正座な。んで、十秒間だけコールした側の大将はこっちの陣地に侵入して枕を回収し放題だが、十秒以内に自陣に戻れなければ負けってルール」
「ふざけすぎだし!?」
でも実際にあるんだからしょうがない。
「てかウチ事前になんも聞かされてなかったし!? ただ枕を投げ合うだけだと思ってたし!?」
それはすんまそん。
その場に正座をする俺たちの周りを、ラティーシャがうろうろして枕を回収していく。
やがて審判が十秒のカウントを終えた時、俺たちの陣地にある枕は一つ残らず持って行かれていた。
「枕は全て回収させてもらったぞ、勇者殿」
ラティーシャがドヤ顔でそう言ってくる。くっ、あわよくば失格になってくれたらよかったのに、ラティーシャにとって十秒なんて余裕すぎたんだ。
「くっ、立て直すぞネムリア!」
ネムリアの神通力があれば触れずに枕をキャッチしたり叩き落としたりできる。それなら俺たちのチームにだって勝機はあるんだ。
「……」
が、ネムリアはいつまで経っても返事をしなかった。
「ネムリア?」
俺は恐る恐るネムリアが潜ったオフトゥンを捲る。
そこには――
「……スヤァ」
赤ちゃんのように丸くなったネムリア様が幸せそうな寝顔を見せていた。うそん……。
「寝た振りがガチ寝になってるし!?」
「ネムリア起きろ! 負けたら面倒なことになって帰りたくなるぞ! 寝てても起きてる設定どこ行った!?」
やっぱり嘘だったの? それとも意識だけ周囲を認識できるけど動けないってこと?
「どうやら終わりのようだな、勇者殿!」
ラティーシャたちが枕を構える。
万事休すか。
「そこまでです!」
「その勝負、ちょっと待ってもらおうかの!」
ドバン! と
聖堂の扉が開け放たれたかと思えば、何者かが神聖なる安息神教会へと土足で足を踏み入れてきたのだった。




